第三章 《目指す場所へ》-1
食堂の二階。ミクトルはテーレとともに彼女の部屋にいた。
「わたしが、古代式ゼミウルギアを探していたことについて、話しておくわ」
「お前の話を、聞く約束だったからな」
ミクトルが出された椅子に座ると、テーレは口を開いた。妙に改まった態度は、彼女の真剣さを伝えてくる。
「古代式ゼミウルギアの技術とデータを探してるっていうところまでは、話したよね」
少し、低くなった声が部屋に響く。彼女の問いかけに、ミクトルは肯いた。
「じゃあわたしが最初に名乗った時、〈流星の魔女〉って名乗ったこと、覚えてる?」
「そういえば、言っていたな。あの写真にも載っていたが?」
彼の視線は、窓際の写真立てへ向かう。そちらをちらりと見たテーレは一瞬眉を顰めるが、すぐに戻して彼を見る。
「同じ目的を持っている人たちが集まって、仕事を分配したり、情報を交換したりする仲間――ギルドっていうがあって、〈流星の魔女〉は、その名前なの」
彼女にどうして古代式ゼミウルギアを探すかと問いかけたとき、確かに自らを〈魔女〉と自称した。それは、このギルド名が由来だったのだと、ミクトルは理解する。
「俺の時代だと、
「どうだろう。わたしたちの一族が運営していた〈流星の魔女〉は、長い間同じ血族の者たちで成り立ってきたギルドだったわ。発掘師としては結構名が知れてて、マーケットエリアの人たちがよくしてくれるのも、その名残なの」
だが、このような言い方をするということは、そのギルドがどうなっているのか。ミクトルは口には出さないが、なんとなく予想はついていた。
「今から七年前、わたしがまだ八歳の時。突然わたしたちは襲撃されたわ」
その話に至った瞬間、テーレの声の調子がさらに下がる。ここからが話の本番だとミクトルにもわかる。
「当時、古代式ゼミウルギアを発掘目標にしていた〈流星の魔女〉は、他にも多くの業績を上げて、確かに嫉妬や羨望を向けられてはいた。でも殺されるほどじゃなかったわ」
優秀な者が集まるギルドだから、発掘できるものも多かった。
ただそれだけが理由で、一族郎党皆殺しという状況になるとは思えないのだ。
「襲撃者の正体もわからなければ、目的も不明。ただみんなが攻撃されていく中で、わたしだけは逃げ切った」
どうやって逃げたのか、誰に逃がされたのか、それもわからないほどに混乱した状況の中で、一人だけ、テーレは生き残った。そんな彼女に残されたものは、パリカーの名前だけだった。
「その後、すぐにわたしは兄さんたちに拾われて、これまで生きてこられた」
大きな不幸に見舞われたが、同時に優しい人にも出会えたのだ。もしそうでなければ、自分を襲ってきた相手の心配をするような、優しい心は彼女の中に残らなかっただろう。何より育てた人物の徳があってこそ、テーレの心は廃れることがなかった。
ミクトルは内心、フェリンとアナイを賞賛した。
「去年からは〈流星の魔女〉を名乗って活動するようになったの。けど、襲撃者の正体は一向に見えてこない」
つまり、生き残りがいたというのに敵は襲撃してこない。
ではギルドに所属する誰か個人への攻撃だったのかと、彼女は考えた。
そうなると、今度はどうしてギルド全体が攻撃されたのかという疑問が浮かぶ。
その謎を今も探っている彼女に、ミクトルは話の中で思ったことを告げる。
「お前が発掘師を続ける目的は、復讐なのか?」
「それは違う! 発掘師は誇りある仕事よ。発掘師は、古代に埋もれてしまった文明を呼び覚まし、人々の生活を発展させ、人のためになる仕事よ」
強烈な否定。ぐっ、と握った拳はどちらを示すのか。発掘師として誇りある姿を貫き通す決意か。その心中に隠された怒りを面に出さぬようにとの自制か。
「復讐なんて未来のために貢献できないことに囚われていたら、過去の偉人たちが残してくれた遺物を扱う資格なんてない!」
それが、握った拳の意味を示す彼女自身の言葉であった。
「わたしはただ、〈流星の魔女〉が探していたものを、探しに行きたいだけなの!」
力強く言い放った宣言に、ミクトルは反論をしない。
その言葉が嘘ではないと、彼は信じるからだ。だからこそ、告げるべきことを告げる。
「……その目標とやらを目指したことが、狙われた原因かもしれんぞ?」
今はまだ、阻まれた目標に挑戦していない。だから見逃されているのかもしれない。その考えに、彼女も至らないわけではない。
「そうね。だからあなたの力を貸してほしい。わたしが目指す場所へ行くために、妨害を跳ね除ける力を借りたいの」
真っ直ぐにミクトルを見つめる眼は、視線を返してもぶれることはない。強い決意とともに発せられた言葉だ。彼女の意思がぶれないことは、その目が証明している。
「用心棒になれということか。この覇王に」
「そうでなくても、今日みたいに横から全部奪おうとする危ないやつらもいるの」
下手に名が売れてくると、やはり狙われやすくはなる。どちらにしろ移動手段を失っている彼女には、強い助っ人とゼミウルギアが必要だった。
「あなたには、だいぶ負担になると思うけど……」
「まぁそれは後でいい。それで、古代式ゼミウルギアを発掘した先で、何を探す」
「――星征都市への、手がかり」
ミクトルの問いかけに、テーレ噛み締めるようにその一言を呟いた。
「確かに言っていたな。その、星征都市とやらを」
「そう。わたしたち〈流星の魔女〉の、ご先祖様の故郷でもある、伝説の都市のことよ」
彼女の言葉に、ミクトルはわずかに眉をひそめた。
「一族の中だけの伝えられる話なんだけどね。わたしたちの家は、何千年も前に星征都市から追放された巫女の子孫なんだっていう話があるの」
〝星を征する都市より堕とされた巫女の子孫〟
〝我らはいつか都市へ戻るために生き続け――〟
〝――古き力を手にして、約束された空へと舞い上がる〟
歌うように告げたそれが、彼女の祖父、当時のギルド長が掲げた目標だったという。
窓際のミクトルが手に取らなかった写真には、赤ん坊の少女と、それを抱き上げる老齢の男性が写っている。それがテーレ
と、彼女の祖父の写真だった。
「おじいちゃん、伝説の発掘師って言われてたの。だからみんなおじいちゃんの言葉に期待して、頑張って、前に、進もうとしていたのに……」
次第に小さくなる声。すべては、一夜の襲撃に消えた。それから七年。
どのような心境で、彼女が今も発掘師を続けているのかと考えるが、ミクトルに推し量ることのできるものではなかった。
「その目標を、誰か他に知っているものは?」
「誰にも言ってないわ。あなただけが、わたしが諦めてないことを知っている」
突発的に叫んでしまった以上、他にも何かの勢いで口にしている可能性はなくはないが、テーレ本人として他に知っていると思える人物はいない。少なくとも。かつて〈流星の魔女〉が星征都市へ向かおうとしたことを知っていなければ、想像もできないだろう。
強く、鋭い視線で語りかけてくる。諦めることを知らないテーレは、ミクトルへ決断を迫る。彼女の視線と言葉に、彼はなるほどと返した。
「お前の道の過程に、復讐はないか」
かつての、一万年前の時代なら、どんな崇高な目的も復讐や仇討に行き着くことは多かった。それが悪いかと言われれば、士気高揚に繋がれば問題なかった。
不毛だとしても、原動力としてこれほど強いものはない。
だが彼女の意思は、かつての争乱の時代とは違う。だから改めて問う。
「わたしは、おじいちゃんやみんなの残した思いを、成し遂げたい」
真っ直ぐにミクトル目を見つめて言葉を返した。迷いのない答えに、ミクトルはしっかりと肯いた。
「一族のみんなを、故郷に帰してあげたいの」
ミクトルにとって、その言葉は戦場にいる兵士たちのものにどこか似ていたような気がした。戦いを終えて、ただ大切なものたちの腕の中に帰りたいという願いに。
「なら、その道から努々外れるなよ。つまらんことに手を貸すつもりはない」
「もちろん。おもしろい旅になるはずよ。だって誰も歩いたことのない道なんだもの!」
弾んだように告げる彼女の次の言葉は、何よりはっきりと告げられる。
「発掘師にとって、未踏の遺跡調査なんてロマンの塊なんだから!」
心底楽しそうに語るテーレの言葉に――
「――くっ、くっくっくっ……」
と、ミクトルの喉から笑いが漏れる。
「な、なに笑ってるのよ! 何かおかしかった!?」
次第に笑いは強く、そして声も一緒に溢れる。
「故郷がどうのとか、祖父の想いがどうのとか、ただのきっかけにすぎんのだろう」
「え……それは……」
彼女も少なからず自覚があるらしい。全ては、今発した言葉の中に詰まっていた。死者への弔いや、受け継いだ願いの成就は、確かに強い心の原動力となる。
だが何より、自らの心を滾らせる理由があるほど、諦めない想いは強くなる。
「そうよ! ロマンよ! 悪い!?」
そのたった三文字が、彼女を突き動かす燃料――諦めない理由だった。
「構わん!」
だから、彼も肯定する。テーレは紛れもなく魂の底まで発掘師なのだから。
無駄に綺麗ごとや御託を並べられるより、圧倒的に理解が及ぶ。ただおもしろい、ただ楽しい、それだけヒトは頑張れる。
「立派だと思っただけだ。オレの時代、誰も持ち合わせていないものが、この時代にはあるのだと確信できたのだ。それが、僥倖だっただけだ」
願いのままに動くこと。それがミクトルには無性に素晴らしく思えたのだ。
手放しに誉められたことがこそばゆかったのか、テーレは咳払いを一つする。
「とりあえず話を戻すわよ。当時、ギルドは古代式ゼミウルギアの発掘を優先していた。そこに星征都市に行くためのヒントがあるって考えていたから」
ミクトルは何か知らないかと問いかけてくるが、彼は首を横に振る。テーレは少し残念そうにするが、それにも理由がある。
「おじいちゃんは、あなたが眠っている場所に何かがあるってこのアベスタに残したの。だからあなたのゼミウルギアを見つけた時は、すごく嬉しかった」
「それはぬか喜びさせたな。残念だが、オレにも星征都市というのが何のことかわからん。だが古いものだというのなら、確かに調べる手立ては、オレのいた遺跡にあるだろう」
その言葉に、テーレの表情は目に見えて明るくなる。
「外見からでも、あの基地はそれなりの規模があるとわかる。記録装置の一つや二つ、あってもおかしくはない」
「なら、さっそく行動しましょう!」
「ああ、だが少々待て」
今すぐにでも飛び出して行ってしまいそうなテーレをミクトルは呼び止めた。
そして彼は掌を合わせると、その間に法力を集中する。銀色の光を放つそれは鋼の力を持っており、腕を広げていくとそこに一本の装飾華美な剣が出来上がる。
「いい出来だ」
ヒュンヒュンと空気を切り裂いて振るわれる剣に、急に何をするのかとテーレは退く。
「テーレ、そこに片膝をつけ」
「…………なんで?」
「いいから」
疑問を頭に浮かべるテーレに片膝をつかせると、彼はその前に立つ。
そして剣の刃を横にして、平の部分で一回ずつ触れる。まるで古い儀式のようだった。
「発掘師テーレ=パリカー。我を目覚めさせし者よ。そなたをこの時代における第一の臣下として迎えることを、ここに宣言する。汝は我が民にして配下であり、力である。ならば汝、これを受けるか?」
急に始まった行為に、困惑しつつ彼女は答えた。
「………………謹んで、お受けします?」
「そこに疑問を持つな」
形式的なことをやりたかった、ということなのだろう。
いうなれば――ロマンだ。
彼自身、案外不安だったのかもしれない。
ミクトルは受け継いだものを守るために戦ってきた。そこにはきっと仲間も部下もいて、頼れるものたちが多くいたのだろう。
だが何も知らないこの現代に、彼は仲間の誰一人いない状態で放り出されたのだ。
その強さとは裏腹に、ずいぶんと繊細なのかもしれない、とテーレは思う。
「これで正式にあなたの配下になったわけだけど――」
と言いつつ、彼女に畏まる気は一切なかった。むろん、されても困るのだが。
それでも、これでたった一人の覇循軍は、たった二人の覇循軍となったのだ。
「わたしの目的優先でいいのね?」
「ああ。一万年の眠りから目覚め、やることは特にない。誰かの目的に付き合うというのも、悪くはない。お前のロマンも気に入った」
彼自身、どうしてこのタイミングで目覚めたのかもわかっていない。
ならば、しばらくは自由気ままに過ごすのもいいだろう。
「あ、でも気になってたんだけどさ」
「ふむ、なんだ?」
今なら何でも答えられる気がする――それほどにまで彼は気分がよかった。
「なんであなた、冷凍睡眠してたわけ?」
テーレからの問いに、ミクトルの動きが止まった。顎に手を添え、あちらこちらへ首を捻る。そしてそれを数度行ったと、彼は真っ直ぐテーレを見ながら告げた。
「オレ、なんで冷凍睡眠していたんだ?」
どうやら、本人も気づいていなかったらしい。
ミクトルは、自分がどうして眠っていたのかすら、知らなかったのだ。
カラーンと音を立てて落ちた剣は、霧のように消滅していった。
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