創克の願紡機・Δημιουργία-ゼミウルギア-

セラー・ウィステリア

プロローグ 《一万年前の覇王》-1


 その日オレたちの――いつか神話と呼ばれる時代は、終わりを迎えようとしていた。


 神々の率いる神選軍しんせんぐん


 そして――それに反逆した覇循軍はじゅんぐん


 星の九割以上の命をすり潰してもなお、終わることのなかった戦いがあった。

 抗い続けた命を無駄にしないために戦場に立つ、その鎧の名は――



 ――《ゼミウルギア》――



 ――ヒトが運命に打ち克つために創造した機械巨人。そのうちの一機は、恐ろしくも美しい獣を人型に落とし込んだような、破壊神とも称された我が漆黒の巨人。

 我が愛機にして最後の希望。

 胸部の後方操縦席に乗り込み、操縦桿を握りしめる。

 ありったけの力を機体へ流し込み、全身の魔怪晶は金に染まり輝く粒子を放つ。

 基地の中央射出口へと固定アームごと移動。カタパルトに乗ると同時に、アームが外れる。戦場と同じように吹きつける、乾いた風が機体を撫でた。

 法力の充填により機体各所から甲高い音を発し、背部に畳まれた翼を広げる。

 死を告げる翼、全ての敵より恐れられた力を見せよう。



「ミクトル=シバルバ、アスラトル・Mark-5ラモール――出陣する!」



 鋼の擦れる音を立てながら、〈アスラトル〉は戦場へと飛び出す。黄金に輝く粒子を翼から放出しながら、羽ばたきとともに音速を超えた。

 荒涼とした風の吹く大地。憎らしいほどに晴れ渡った空に体が浮かぶ。

 戦場で戦う幾隻もの空中戦艦の内、旗艦と映像通信が繋がっていた。視界の端に映る部下の顔が憂鬱そうな顔でこちらを見る。自然と、操縦桿に力が入った。


「戦況は?」

『現在、損害は我が軍八割減、神選軍七割半減。双方ともに、残存戦力での防衛線維持は困難を――いえ、これ以上は不可能です……!』

『予測では全軍殲滅まで四時間、そこから三十二時間後には全市民の、生存率は……』


 空響伝声テレパスシステム越しに、彼らの声が聞こえる。

 管制官らの言葉は、通信越しでもわかる重苦しさに打ち震えていた。これ以上は血反吐で吐きかねないと思い、遮るようにオレは大きなため息をつく。


「オレが辿り着くまでの間に、もうそこまで攻め込まれたか」

『我々の力及ばず、申し訳ございません』

『陛下、今作戦を遂行したとしても、すでに手遅れです。陛下は撤退するべきかと』


 艦隊の指揮を預けた艦長も言う。参謀長も苦しげな表情で伝えてくる。

 オレに対し不敬かと気にしたのだろうが、その心配は無用だ。


「そなたらが気に病む必要はない。最初から分かっていたことだ。我が軍に、どうやって戦っとしても、奴らから逃げ延びる術も、民を守る力もない、と」


 もう後数時間と経たず、防衛線は突破される。そして敵の蹂躙と殲滅が始まる。


「お前たちに無理をさせたのだ。オレが死ねと命じておきながら、痛みを覚えるなど傲慢な行いだったと、自省しただけだ」


 通信の感受領域を広げると、部下たちの隠し事などない声が響いてくる。


『防衛線を死守せよ! 一撃たりとも通すな!』

『踏ん張れ! 一隻でも多く敵を引き付け、陛下の負担を減らすんだ!』


 砲火はオレに向いていない。代わりに彼らが民の盾として、矛として、敵に立ち向かい次々と砕け散っていく。この光景に対し、オレに眉一つ動かす権利はない。

 彼らの王であるオレが、揺らいではならない。戦えばこうなることは、最初からわかっていた。それでもなお戦わなければならない。

 臣下全てを犠牲にすることを承知で、戦端を開かなくてはならなかった。オレの機体の修復を完了させ、敵中央への奇襲攻撃のための時間を稼がせなくてはならなかった。



 



 降伏もなく、虜囚もなく、ただ散っていく。文字通り、全てが死に絶える。


『陛下、どうか民とともに撤退を。今ならばまだ、我らを囮にして――』

「撤退先などない。すでにこの世界は、神々ヤツら覇循軍オレたちの戦いによる傷で限界が迫っている。今逃げたとしてもすぐに滅びる。ならば、今戦うべきだ」


 弱気になる部下の言葉を斬り捨てる。なにより、これまでの犠牲を無駄にしないためにも止まれない。参謀長は理解してくれたのか、無言で頭を下げる。

 彼には迷惑ばかりかけてきたと、今更になって思う。


「民を頼む。オレもすぐに、作戦を開始する!」

『承知しました。どうか、ご武運を!』


 撃墜される味方。破壊される敵。全ての命が等しく砕け、消えていく。

 天空を舞う我が愛機と選び抜かれた部下たちは、閃光となって大気を裂き、最も敵の少ない場所を潜り抜ける。大多数の本体を囮に、敵の中枢を叩く用意ができた。


「ここで、全ての決着をつける」


 敵の本拠地を守るゼミウルギアはさすがに多い。

 だが、立ち止まるつもりはない。

 迫りくる敵性ゼミウルギアは、曇天のような灰色をしている。その形状は人型ではあるが妙に細く長い両手足に、近接格闘用のブレードを装備していた。歪な回転と共に突撃してくるが、見極めるのは容易い。振り回される四肢全てをこちらの右腕のブレードで斬り捨て、その胸部を左の砲撃で撃ち抜き破壊する。

 後ろから迫るものを尻尾で叩き落とす。だが敵性ゼミウルギアがわらわらと集まってくる。レーダーが敵で埋まり、視界の大半を景色より敵機の方が占めていた。


「さすがにこれだけ多いと……」


 右腕のブレードを格納し、拳を頭上に掲げる。四肢から溢れる黄金の色の粒子を集め、空中に巨大な光の拳を作り上げる。

 ぐるりと腕を大きく振って、構える。


「少しばかり時間がかかるな」


 無数に分裂した光の巨拳きょけん。右腕を突き出せば、レーダーに映る全ての敵性ゼミウルギアに向けて拳が飛んでいく。

 全方位一斉攻撃。眼前の景色は灰色から爆炎の赤へと変化し、その中から何機か飛び出す。どうも討ち漏らしたようだが、だいぶすっきりした。

 こちらで起こった爆発を観測したのか、通信に歓声が漏れ聞こえる。


『陛下が敵中枢にとりついた! 我らの勝利に、ゆるぎなし!』

『敵の一部が反転していくぞ! 逃がすな、追え追え!』


 オレの参戦に、部下たちは必死に答えてくれる。彼らもすでに限界間近であろうに。


「さて、この間にオレは中枢を落とさなければならんのだが……」


 それを許さぬと言わんばかりに、敵の戦艦団の一部が一斉にこちらを向く。その上部に備えられた砲口が旋回し、敵に照準されたことを肌で感じ取る。


「ゼミウルギア一機を落とすのに、戦艦二十隻を差し向けるか。上等――」


 砲撃のチャージを始める戦艦団。その景色に、白く輝く一筋の線が引かれた。大気を切り裂く金切り声のようなものが響き渡り、発射されるはずだった光が消えていく。

 ふと、通信に部下の声が聞こえた。


『陛下にご入電です。偵察隊より《勇者》の再出撃を確認したとのことです』

「そうか。やはり舞台のクライマックスは主役が揃わねば、幕を上げられぬか」



 直後、こちらに砲塔を向けていた戦艦ニ十隻が爆炎を上げて撃沈した。


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