プロローグ 《一万年前の覇王》-2
ニ十隻に及ぶ敵艦が、一気に爆散した。
オレの攻撃ではない。オレに匹敵する、誰かの攻撃だった。
爆炎が視界を遮り、オレの姿が敵から隠れる。
同時に、目の前に白亜の機体が舞い降りた。
周りに浮かぶ部下たちが各々の武器を向ける中、オレが片腕を横に広げて制止する。相手に敵意はない。
その白亜のゼミウルギア――〈ラグニカーニ〉と言う機体から、映像通信が届いた。
『やぁ、君が出撃したって聞いて、慌てて飛んできたよ』
金色の短髪を携えた美丈夫が、眼前の
我が軍の中にも、容姿や精神、強さに惚れ込む者が絶えない男だ。神々より世界の救い手、運命に選ばれし者と呼ばれる者だ。
その名は、勇者フェリン。
オレと幾度も刃を、矛を、拳を、言葉を交えた宿敵でもあった。
「どうした。まさか勇者が戦場に赴く相手に撤退を促しに来たわけでもあるまい」
勇者の登場に、少しばかり気分が高揚する。
しかし、側面から追加の敵が来た。まだ味方は集結できていないうえ、通信中だというのに、無粋な。会話を続けながら、オレたちは機体を動かして敵を落とす。
『そんなことはしないさ。ただ、作戦前に君の顔を見ておこうとかと思ってね』
オレの言葉に、
覇王や陛下と呼ばれるオレに対して、強要しているわけではないのに皆畏まる。
敵ですら恐れて口調が固くなるところを、フェリンだけはいつだってこの調子だった。
どういうわけか、オレとフェリンの間には、悪友のような気安さがあったのだ。
『ミクトル、君にはすまないと思っている。
機体周辺に展開した防御結界が、一斉に向けられる攻撃から機体を守る。ついでにフェリンの機体も内側に匿えば、結界外の音も遮断するので通信はきれいに聞こえる。
「いまさら何を言う。我々は神に、世界に、運命に反逆した。それは紛れもない自分の意思だ。戦争を仕掛けたのも事実オレたちだ。勝手にお前のせいにするな」
結界を解除、同時に敵の群れに向けて跳び出す。
手近な敵の機体を掴み上げ、そのまま握り潰す。
この戦場に到達してから何十機、何百機と撃墜を重ねているはずなのに、敵の数はまったくもって減った様子がない。
その中で、オレとフェリンは気軽な会話を続けていた。
「この一戦、たとえ確実に負け戦になるとわかっていても、退きはしない。オレに従った者たちの希望――覇王は決して逃げないのだ」
無粋な輩の排除を確認すると、機体の速度を上げ、戦場の中心へと突入する。
『王様なのに、君はすごいね。僕らの王にも見習ってほしいくらいだ』
「後ろにいるはずの王が最前線に出なければならないほどに、この世界は疲弊している」
かつては、この男と何度も命を取り合った。否、勇者と覇王が戦うよりも前、ずっと長い間、ヒトは戦いを続けてきた。
その結果、こうして同じ大地に住まう民が手を取り合うのにも時間がかかり、星を蝕む敵が現れてからはより多くの命が失われた。
「何より、ここで前に出ねばオレの名は、一万年後まで臆病者の代名詞となるだろう」
こちらを狙って集まってきた敵性ゼミウルギアに向けて、翼、腕、腹、全ての砲撃システムを起動し、一斉掃射によって破壊する。一瞬敵の陣形に大穴が開くが、すぐに代わりの機体が埋め尽くしていく。
こんな戦い方ではいつ被弾し撃墜されるか、わかったものではない。
『大丈夫よ。この戦い、勝とうが負けようが、私たち全員バカには変わりないもの』
「そうか。勇者が来るのなら、お前も――女神も来るか」
後方から延びてくる熱閃が、撃ち漏らした敵を焼き尽くす。
それは、勇者の翼、女神アナイが駆る勝利の箱舟。勇者のゼミウルギアと同じ色をした、空中戦艦だ。
通信に、新緑色の長髪をなびかせた女が映る。
「最新型の高速戦艦まで出してきたか。最後の総力戦だな、これは」
他よりも小型だが、多数の砲塔を備えた女神の船がそこにあった。
『補給や整備が必要なら言ってちょうだい。すぐに対応するわ』
そういいながら、女神の戦艦から放たれた砲火が敵の戦艦を撃ち抜いた。
「相変わらず派手なことをする女だ。一番のバカはあの女神ではないか?」
『聞こえてるわよ、ミクトル。……あら、今日は彼女、一緒じゃないの?』
問いかけるその言葉に一瞬胸の奥に違和感を覚えたが、気にせず返事をする。
「こんなバカ騒ぎにあいつを付き合わせるつもりはない。気にしなくていい」
アナイの話を少々強引に終わらせると、フェリンのクスクスと笑う声が聞こえてきた。
『だったら、どうせなら最後までバカ騒ぎしよう。みんなして』
生きるために足掻きを続け、無謀な戦いに挑み続ける。確かにバカにしかできない。そう思うと、自然と口元が吊り上がった。
「ああ、そうだな。……死ぬなよ、二人とも」
『全てを終わらせた後で、君とは決着をつけないといけないしね』
それを最後に、勇者たちとの通信は切れる。二人そろって再集結を始めた敵集団へと飛んでいった。
オレも死ねない。だからこそ、この戦いは今日、ここで終わらせる。
ここから先、もう指揮を飛ばす暇もない。だから、最後の声を集結した部下に届ける。
「長い、長い戦いを続けてきた……」
前へ前へと加速する間に、戦場は熱閃が飛び交い、今も命が一つ、また一つと消える。
オレの背後に集まった者の中には、この戦で大切なものを失った者もいるだろう。これから失う者たちもいるだろう。
「我らに次代を託した者たちに報いるために、我々は今日ここで勝たねばならない!」
オレを狙って熱閃が集中する。出鼻を挫こうという魂胆だがそうはいかない。
両腕からエネルギーを放出。広範囲を部下ごと守る防御結界を創り出す。
「我らの後ろに、幾万の民、友、家族の命がある! そして己が命もまた、その中に含まれることを忘れるな!」
盾を払うと同時に、残る戦艦たちの支援砲撃が道を切り拓く。敵の数は、先ほどから一向に減らない。むしろ増え続けていると言っていいだろう。
それでも――
「皆の者、これが最後の戦いだ……。ゆえに生きて、明日を拝め!」
我らの眼前にあるのは敵の超巨大浮遊要塞。勝機はもう、ここにしかなかった。
ヒトの十倍を誇るゼミウルギアでさえ、ネズミのような大きさに思えてしまうほどの城、もしくは都市。これを落とさねば、この世界の皆に明日はない。
「目標、敵中枢要塞〈キボトウラノス〉! 全軍、我に続け!!」
〈アスラトル〉が翼を羽ばたかせ、それに続き何十機もの仲間が追従してくる。
ヒトの手によって、機械に勇気と知恵が与えられた。
神の手によって、絶望を焼き払う怒りが与えられた。
偽神の手によって、終焉を滅ぼす喜びが与えられた。
そうして、ただの機械は厄災すら屈服させる力を手に入れた。
それがゼミウルギア。
最後に覚えている光景は、同胞たちと共に数百万の敵へと挑んだことだった。
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