第一章 《初めまして新世界》-2

……!」


 テーレの驚愕と興奮の綯い交ぜになった言葉は、大物発掘の喜びの現れだった。

 歓喜に拳を握り、くしゃっ、と笑った。

 ゼミウルギアは椅子で寝ているような姿勢で固定されており、動かせそうにない。

 代わりに操縦席と思われる胸部周りは玉座から延びる機械群が取り巻いており確かな足場が確保できていた。

 強度を確かめながら登ったテーレは、操縦席ハッチに手を伸ばす。古代式だろうと現代式だろうと、操縦席の位置はさほど変わらない。

 さすがに開かないだろうと思いつつもその表面に手を触れた時――



takid認証 ramzコード altahaquq確認



「アベスタに反応してるっ!?」


 再び無機質な声が響く。それは、間違いなく目の前の機体から流れてきた。

 先ほどの呼びかけも基地からのものではなく、正確にはこの古代式ゼミウルギアからの呼びかけだったのだと、彼女は気づいた。


「これも古代言語? だいぶ古い奴だから……一旦離れた方がいいかな」


 ただ聴き取るのはやはり難しい。このままでは何が起きるかわからない。いかなる状況に対応できるようにと足場から降りようとした。

 だが、その後ろで空気の抜けるような音がする。振り返れば、古代式ゼミウルギアの胸部装甲が破損したかのように分割されていく。

 その隙間から大量の白い煙が噴き出し、彼女の視界を覆い尽くす。


「え!? 嘘、もしかして壊しちゃった!? ってか、寒ッ!」


 古代遺跡発掘に際して遺跡のものが壊れるのはよくあることだ。

 だから発掘師を毛嫌いするものたちはそれになりにいる。先祖への礼儀がなっていないとか、芸術的価値をわかっていないだとか。

 テーレはなるべく遺跡を傷つけないようにしてはいるのだが、不可抗力は発生する。

 今回もその一つ――というわけではない。大量の白煙は彼女を驚愕させた。

 だがこれは破損による放出ではない。

 待ち人の到来による、眠りし者の復活の合図だった。


「……なにこれ、操縦席が冷蔵庫か何かなの!?」


 突き刺さるような冷気が割れ目――操縦席ハッチの間から漏れ出してきた。白煙ではなく氷霧ひょうむが立ち込め、上から覗き込むものの中身はしばらく見えない。

 それが全て取り払われた時、見えてきたのは一人の人間、黒髪の青年だった。

 彼は手足を揃えて丸くなり、体の至る所が氷漬けになっていた。

 しかし、パキパキと音を立てて氷が割れ、もしくは溶けていく。


 冷凍睡眠コールドスリープ、いつかは再現できるヒトの夢、としてならテーレも知っている。

 単独飛行装備フライトユニット携帯型光学武装ビームアームズ自立式全体光学迷彩オプティカルカモフラージュなどと並ぶ、失われた技術ロストテクノロジーだ。

 一万年前、遥か古の時代では運用されたらしいが、現代では再現不可能だ。

 もしこの古代式ゼミウルギアが、その技術が失われるより前の機体なのだとしたら、操縦席そのものを冷凍睡眠装置とすることも可能ではないか。

 テーレはそう予測すると、内部にいた人物の観察を始めた。


「発掘品の中で、凍結された人間が見つかった話は聞いた事あるけど……」


 冷凍睡眠が実現――正確には再現できない理由は知っている。


「確か、溶かしてる最中に死亡が確認されたんだっけ……」


 凍らせ方はともかく溶かし方がわからないのだ。ただ氷を温めて溶かしていたら、その間に肉体がダメになってしまう。

 テーレは溶けかけのパイロットに近づく。少年と青年の中間。テーレには、自分と変わらないくらいと思えたが、少し年上のようにも見えた。

 そっと首元に手を当てると、すでに体から熱が発生していることがわかる。脈もはっきりと感じ取れる。

 少し尖り気味の長い耳に赤みが戻ってくるのも見て取れた。


「これが古代人の技術力。本当に起きるのかしら、この人……」


 未だに興奮冷めやらず、上から見える範囲だが、男のことをよく観察する。大きなコートに身を包み、妙に高そうな装飾が目立つ。

 冷凍睡眠をするにしたって、もっと別の格好がありそうなものだ。

 まるで――なんらかの事情があって、意識のない間にこの中へ無理やり押し込まれたかのようにも思えた。

 ひとまず操縦席から下ろそうと手を伸ばした時、逆に古代人の手が彼女の腕を掴んだ。そのわずかな動きの衝撃で、氷漬けだったコートが崩れていく。


「ひっ!?」


 そして、開かれた瞼の奥で緑と紫の二重の輪を作る虹彩が光る。その中心にある赤い瞳が、彼女の眼を射貫く。

 黒く垂れた髪の間から注がれる眼光に、彼女一瞬見入ってしまった。



min 'anatおまえは、だれだ?」



 半ば溶けかけの手は驚くほどに冷たく、それでありながら強靭だった。体を跳ねさせたテーレはすぐに飛び退こうとするが、古代人の体はびくともしない。

 逆に引き寄せられ、冷たい手が彼女の頭部を掴む。同時に電流が走ったような衝撃が響き、痛みに叫び声を挙げる。


「――ぐぅっ! あ、あんた、何すんのよ……!」


 古代語で問われては返事もできない。だが、次に聴こえてきたのは――


「再び汝に問おう。お前は、何者だ?」


 体の芯から凍りつきそうな寒気がする。

 それは操縦席から漏れた冷気のせいだけではない。目の前の存在に恐怖と驚愕を抱いたからこそ、テーレは声を発することもできない状態に陥っていた。


「声が出ぬか。小娘」


 だが、かけられた挑発の言葉が、彼女の心のエンジンに火を入れ直す。


「だれが小娘よ! わたしはテーレ=パリカー、〈流星の魔女ディアトン・アギネカ〉の発掘師よ!」


 なんとか絞り出した声に、古代人はそうか、と呟いて手を離す。尻餅をついた彼女に向けて、パイロットはおもむろに口を開く。


「冷凍休眠からの目覚めゆえに、無礼を許せ。如何せんオレの知らぬ者が眼前におれば、警戒せざるを得ぬ。改めて許せ。我が言語の理解に必要と納得せよ」

「え、いや、なんでそんなに上から目線なのよ……ていうか、古めかしい言い方過ぎてわかりづらいわよ。もっと普通に話せないの」


 ボケっとした目でテーレを見つめる男は、その眉を一瞬ひそめてから口を開く。


「……なら、これくらいなら分かりやすいか? オレは、お前の頭から言語を解読して、言葉を覚えたんだが」

「あ、ちょうどいい……けど、サラッとすごいことを言うわね、あなた……」


 ずいぶんと便利な言語野を持っているらしいと理解する。幸い意思疎通は問題ない。そんな姿に、テーレはこの古代人に人間染みたものを感じた。

 戸惑いつつ操縦席から放たれたテーレを追って、古代人はゆっくりと外に出る。その体表の氷はほとんど消えており、わずかに水が滴り落ちる。

 操縦席の開放からまだ数分。それだけの時間でもう歩けるまでに回復していることに、テーレは驚きを隠せない。


「あなたは何者なの。古代式ゼミウルギアの中で眠っていた、古代人でいいのよね?」

「今は、創地ジェネスれき何年だ。オレが覚えているのは四一四年だったが」

 質問に答えない代わりに質問してきた。確かに質問内容が相手にとっては突然すぎたとテーレは自省するが、ひとまず彼に言わなければならないことを言う。


「……今は、人治歴じんちれき一〇二四年よ」

「は?」

「まぁ、そうなるわよね……」


 目を点にした古代人は足元の操縦席ハッチの中に頭を戻すと、その中を睥睨する。

 そして何かを見つけたのか、突如としてその拳でゼミウルギアの装甲を殴り付けた。彼の腕に残っていた袖が、パラパラと落ちていく。


「なぜ…………」


 プルプルと震える古代人に、テーレは首を傾げながらも声をかける。


「ちょ、ちょっとどうしたの? 何が問題でもあった?」



!?」



 もう一度、拳が装甲を叩く。それは、行き場のない困惑がもたらした行動だった。

 彼のゼミウルギアの操縦席にある『冷凍睡眠経過時間』を示す時計には、四桁分の数字が上限値に到達していたのだ。

 冷凍睡眠中に時代が変わっていることなど、さしたる問題ではない。問題なのは、その期間の長さだ。今回は、それがあまりにも長すぎた。


「い、一万年って、なんのことよ……」


 一人騒ぎ立てる古代人の状況に、テーレの方も困惑してくる。ただ、彼が想定していた状況とは全く違う状況に陥っているのだろと言うことはわかる。

 テーレの肩に掴み掛かり、白い息を吐きながら問いかける。


「おいお前。覇循軍は、他の者たちは今どうなって――」


 それだけの年月氷漬けだった彼の服は、復元することも叶わず全て朽ちていた。


「お、落ち着いてっていうか、まずは服着なさいよ!!」


 テーレが殴りつける衝撃で、全て剥がれ落ちるほどに。

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