鉄壁の門

 ミースはまだ聞きたい事があったのだが、先頭を行くハインリヒの足がピタリと止まったのに気が付いた。


「到着だ」

「え?」


 ハインリヒの言葉からして、ここが目的地のようだが――何もない山の中だった。

 地下に何かあるのかもしれないと下を見たり、もしかして空に……と上を見たりしているのだが本当に何もない。

 ルインがフフンと笑う。


「はぁ~あ。これだから田舎者は……」

「な、なんやとぉ~……」


 勝ち誇った顔のルインと、挑発されてぐぬぬとなっているゼニガー。

 それをハインリヒが止めに入る。


「止めないか、ルイン。初めは誰だって同じようなリアクションさ」

「ハインリヒさん、もしかして転移で移動するんですか?」

「お、ミース。正解だよ」


 普通なら考えつかないかもしれないが、ダンジョンからの脱出や、ウィルが逃げるときに転移をしていたのを思い出したのだ。

 それなら何もないところを目的地としていてもおかしくはない。


「ここから神殺しの団ラグナレクの入り口に跳べるようになっている」

「危なくないんですか? ウィルのような奴が侵入してくる可能性も……」

「そこはご心配なく。完璧とまでは言えないが、特定の周期によって座標は変化するし、登録された団員と一緒じゃないと作動しないようになっているからね」


 ミースは『なるほど』と思った。

 この場所を知っているだけでは時間が経てば変化してしまうし、すぐに登録された団員を脅したりして一緒に跳ばなければ乗り込めない。

 一つずつならまだしも、二つの条件をタイミング良く満たすのはなかなか難しそうだ。

 それに転移した先に何があるのか気になっている。


「さて、そろそろ転移するから僕かルインに掴まってくれ」


 ハインリヒがそう言ったのだが――見事なまでに偏った。


「……あれ? なんで僕にばかりしがみ付いているんだい?」

「アタシはハインリヒ様以外に触れられたくありません!」

「ちゅうわけでワイは噛み付かれたからや……」

「俺は女の子に触るのは失礼かなって……」

「私はミースがしがみ付いている相手にしがみ付いているだけよ」


 ルイン、ゼニガー、ミース、プラムが四方からしがみ付いている。

 ハインリヒはいつものマイペースな表情が崩れ、珍しく困り顔になっていた。


「ハハハ……。まぁ、問題はないかな……。僕から手を離さないようにね、置いていったら大変だから」


 そう言うと、周囲が光に包まれた。

 それは普通の転移とは違った気がした。

 普通は気が付いたら一瞬にして移動しているのだが、今回は黄金の光のようなモノに身体が変換されているような感覚がある。

 金属を擦り合わせるような音と、レドナが発していた電子音のようなものが聞こえてくる。




 ***




 ミースは船酔いのような気分にフラつきながら、場所が変わっていることに気が付いた。


「こ、ここは……」


 人工的な岩の壁に四方を囲まれた部屋だった。

 雰囲気としてはダンジョンに近いかもしれない。

 かなり天井が高く、どうやら四角形のサイコロ状の作りらしい。

 そして、異常なところがあった。


「あれ、出口が無い」

「その通りだ、ミース。これもセキュリティでね。悪魔などが入ってきた場合は、ここに仕掛けられている魔道具で爆破することになっている」


 一度密室に転移させ、設置してある罠で処理をする。

 かなりエグいやり方だ。

 それだけで神殺しの団ラグナレクがどんなギルドか伝わってくる。


「で――なんでキミがいるんだい?」

「え?」


 ハインリヒが声をかけた方向に一人の青年が立っていた。

 完全に気配を消していて、ミースはスキル【音感知】でもわからなかった。

 なぜかというと〝心音〟すらしていなかったのだ。


「ミース……貴様が我が妹KSX-999の再び死ぬ原因を作ったミースか……」


 澄んだ声に怒気を混ぜた青年。

 金属の鎧を着込んでいると思ったが、それ自体が人間の筋肉を模した機械の身体だった。

 体型は背の高い中量級の格闘家のようだ。

 刺々しい短めの黒髪だが、顔はレドナと似ているために中性的な美しさでもあり、人形特有の冷たさと鋭さがある。


「我が妹……? ということは、あなたがレドナのお兄さんですか?」

「貴様が――レッドナインの名を呼ぶな!」


 青年は人間ではあり得ない速度とパワーで殴りかかってきた。

 レドナとは違った金属の拳。

 それがミースの顔面――その直前でピタリと止まった。

 風圧だけで乱気流が巻き起こる。


「……人間、なぜ避けない?」

「殴られても仕方がないからです」


 巨大なバリスタにも均しい鉄拳を食らえば、軽い怪我では済まないだろう。

 いくらミースでも死んでしまう危険性すらある。

 それでも責任を感じ、覚悟を決めて避けなかったのだ。


「それは戦士であるこの当機――KSX-888 レッドエイトを侮辱する行為だ。武器を持って無様に抗え。それが貴様のすべき事だ」

「わかりました」


 ミースは腰にぶら下げていたひのきの棒+99を手に持って構えた。

 普通なら笑われるところなのだろうが、機械の青年――レッドエイトも真剣な表情で拳を構え直した。

 それを見ていた外野のゼニガーたちは気が気では無かった。


「お、おいハインリヒはん! アレは止めんでえぇんか!?」

「そうよ……! あのレッドエイトっていうの、十剣人とかいうヤバい奴なんでしょ!?」

「うーん、たしかに彼は十剣人で〝鉄腕伯レッドエイト〟とも呼ばれる凄まじい実力者だ。でも、良い機会かもしれない。肩を貸してもらおう――鋼鉄のね」


 そうしている内に、ミースとレッドエイトの戦いの火蓋が切って落とされた。

 初手は圧倒的な闘争心を滾らせるレッドエイトからだ。


「今度は手を止めない! 食らえば魔力防御を突き破り、簡単に骨が砕けるぞ!」

「……わかっています!」


 ミースが見たレッドエイトの鉄拳は、今まで見たモンスターの比では無い。

 巨大さだけなら大青銅のゴーレムの方が強そうに見えるのだが、実際は質量や筋肉量に加えて、そこに身体強化の魔力がブーストされる。

 それ故にレッドエイトの最終的な攻撃力は恐ろしいものになっている。


「シッ!」


 フットワークの軽い拳闘士スタイルのジャブだ。

 ミースは一瞬だけひのきの棒+99で防ぐか迷ったが、嫌な予感がして横へ回避。

 ジャブが背後にあった壁を簡単に砕く。

 五メートルほどの亀裂が入り、その威力を物語る。


「これは一発でも受けたら戦闘不能になる……!」

「仕方がない、ハンデをやろう。オレに一撃でも入れられたら、門を開けてここから先に通してやる」

「おいおい、レッドエイト……。いつからそんな条件の門番になったんだい……」


 苦笑いしながら突っ込むハインリヒを無視しつつ、レッドエイトは指でクイッと挑発をした。

 攻撃をしてこいということなのだろう。

 ミースとしてはまともに戦っては一撃も入れることができないとわかっている。

 しかし――あの【創世神の右手】という怪しいスキルに頼ることもできない。

 あの時は運良く一週間寝込むだけで済んだが、次もそうだとは限らないからだ。

 それでも強くなるためには立ち向かわなければならない。


「強者との戦い、経験させていただきます……!」


 ミースは得意の身軽さを活かすように、レッドエイトに向かって軽快に走り出す。


「正面からの真っ向勝負で来ようというのか、人間」

「いえ!」


 ミースはひのきの棒+99を投擲。


「なに!?」


 レッドエイトはそれを鉄拳で叩き落とそうとするのだが――


「レッドエイトさん、一撃という条件は全身ですよね?」

「チッ!」


 レッドエイトは鉄拳を引っ込めて、無理な姿勢で回避した。

 レドナから、遠距離攻撃というのはけん制にも使えると学んでおいたかいがあった。

 ミースはその隙に、更に取り出しておいた石つぶてを連続で投げる。


「姑息な!」

「強くなるためなら何でも試します!」


 普通なら投擲物を連続で避けるというのは至難の業だが、レッドエイトは怒りを見せながらも軽々と避けていく。

 どうやら独特な拳闘士のフットワークによるものらしい。

 華麗な足さばきで蝶のように舞っている。

 それでも僅かなほころびが見えた。

 ミースは左右の手で別々の物体を手繰り寄せる。


「ごめんなさい、いきます!」


 左手にはグニュッとした感覚。

 それをレッドエイトに散蒔ばらまきながら突進した。


「これは釣り餌ワーム!?」


 意外にもレッドエイトがそれを知っているのは驚きだった。

 とにかくそれを顔面に食らわせたので、右手で取り寄せていた本命の銀の剣+99で攻撃スキルを発動させる。


「ホーリークルス!」


 聖なる炎を纏った十字がレッドエイトを斬り割く――はずだった。

 レッドエイトは強引に鉄拳を押し進めてきて、聖なる炎を散らしながら殴ってきたのだ。

 よく見たら肘の所に噴射機構ブースターが付いていて火を噴いている。


「くっ!?」


 ミースは銀の剣+99でギリギリのガードするも大きく吹き飛ばされた。

 凄まじい勢いで転がる。

 背を壁に強く打ち付け、フラついて尻餅を付いてしまう。

 その間にレッドエイトが悠然と歩いてきて、ミースは身構えようとしたのだが――


「釣り餌を顔面に一発食らったところでオレの……負けではないが、条件を満たしたので門を開けてやる。いいか、オレの負けではないぞ」


 レッドエイトは、ミースの手を一方的に掴んで立ち上がらせた。


「あ、はい……」

「ところで人間、この釣り餌ワームはどうするんだ?」

「え、ええと……それは今のところ使い道がなくて……いりますか?」


 そう言ったところで『しまった』と思った。

 顔面にミミズのようなものを投げつけておいて、それをやると言ってしまったのだ。

 激怒させてもおかしくはない。


「そうか、もらっておく。代わりにハインリヒからあとで例の情報でも聞け」


 どこからか小さな金属製の箱を取り出し、レッドエイトは釣り餌ワームをヒョイヒョイとつまんで入れて行く。

 そうしている間に部屋の頑丈な扉が開いた。

 レッドエイトは何も言わずに去って行った。


「な、なんやったん……アレは……」


 残された中でゼニガーがポカンとしながら疑問を言ってくれた。

 ミースやプラムも同じ気持ちだ。


「僕もレッドエイトが何を考えているかはわからないけど、たまに釣りをしているのを見かけるかな。もしかして、釣り餌に気を取られたんじゃないか?」


 ハインリヒが冗談めいて言うが、先ほどの行動からしてそれが正解かもしれない。

 もしくは、ミースの戦い方のどこかに妹の影を見た可能性もあるが。


「すごく強かったな……十剣人、鉄腕伯レッドエイトさん……」


 ミースは改めて戦闘を振り返ると、恐ろしい程の力量差があると感じていた。

 しかし、それも客観的に見ていたゼニガーからすると、そうでもない。


「やりようによっては一撃を入れられたやん。割と十剣人との差も小さいんちゃうんか?」

「見事な一撃というのは、団長の僕からしても認めよう。ただ、差については……まぁそれに関してはミースが一番よくわかっているだろう」


 ハインリヒの視線の先には、拳をギュッと握って何かを考えるミースだった。




 ***




 転送用の部屋テレポータールームから移動してきたレッドエイトは、自らの鉄腕を見つめていた。

 それはミースの一撃を粉砕しようとした方の右拳だ。


「……ヒビを入れられたか」


 壁を殴って破壊しても平気だった鉄腕は、ミースの一撃を受けたことによって損傷をしていた。

 近接戦用のボディは高難易度ダンジョンボスとソロで戦っても平気なくらい頑丈なはずなのに。


「我が妹――最後の赤龍の眷属に認められたマスター。いつか本気でやるのも面白いかもしれないな」


 レッドエイトが立っているのは格納庫だった。

 その横には赤い機械の巨人が、レッドエイトと同じ動きで拳を掲げていた。

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