始まりの町、最後の晩餐
「さぁ、明日は聖杯のダンジョンへ潜るんや! 今日はパァッといくでぇ!」
「英気を養うであります」
三人はいつもの安宿に戻り、一階の酒場で食事を摂ることにした。
大きなテーブルを囲み、メニューを見ている。
ミースは一瞬、いつもの癖でお金のことを心配しそうになったのだが、今は手持ちがあることを思い出した。
「報酬でもらったお金もまだまだあるし、何でも好きな物を食べようか」
「何でもでありますか? それならマスターミースを注文したいであります」
「ぶはっ!? レドナはん、なんちゅうことを言うんや!?」
「あはは、俺はそんなに肉は付いてないから食べるところ少ないよ」
「ミースはん……そういう意味やなくて……いや、なんでもないでぇ。――って、レドナはんの手にワインの瓶を発見! なんや、まさか自動人形なのに酔ったんかい!?」
「肯定、肯定、肯定、当機は高性能れすのでありゃます!」
「高性能なのかポンコツなのかどっちやねん!」
そんな楽しげな会話をしつつ食事を頼んだ。
少々値が張るのを我慢すれば、ヴェルセー川が中央を横切っているこのアインシアは交易の要所でもあり、様々な土地の食材が手に入る。
〝成長の町ツヴォーデン〟の濃厚なサーモン、〝振り落としの町ドライクル〟の薫り高いフルーツ、果ては〝魔王城ゼクスェス〟付近のスパイスまであるのだ。
それらを使った料理は見た目も味も様々で、テーブルの上が華やかに飾られた。
「おぉ……こんな豪華な食事は見たことがないぞ……」
「なはは、ミースはんは可愛い反応をするなぁ。世の中は広い、もっともっと色んな商品が転がってるんや。人生これからやでぇ!」
「そうであります。そして、これからもずっと一緒に旅をするであります。食べ物も、もっと色んなモノも……あ、メニューの端から端まで全部頼むであります」
「うぉい、レドナはんはもうちょっと可愛い頼み方をせい! テーブルに乗り切らへんやろ!?」
その後、レドナは本当に酒場のメニューをすべて頼んだ。
そして片っ端から平らげていった。
ミースは気になって『その細い身体のどこへ?』と質問したら『乙女の秘密であります』と返された。
(女の子は別腹ってよく言うし、それなのかなぁ……)
そんな見当違いなことを考えつつ、二階に借りている部屋に戻る事にした。
「は~、食った食った……満腹や……」
二つあるベッドの内の一つに、ゼニガーが腹を押さえながら寝転がっていた。
もう片方にはミースが座っていて、ゼニガーに笑いかける。
「そうだね。こんなにお腹いっぱい美味しい物を食べたのは初めてかも。……それも、家族のような仲間たちと」
「おうおう、嬉しいことを言うてくれるやないかい」
「当機は姉ですからね」
「レドナはんは、まだその設定やっとったんかい……」
レドナはというと、ベッドが二つしかないために壁際に直立している。
ミースはベッドを譲ると言ったのだが、何やらスリープモードで立ってでも寝られるらしい。
「明日は聖杯のダンジョン……か……」
ミースは自ら確認するかのように呟いた。
本当にそれでいいのか、とまだ少し考えてしまう。
「……ねぇ、やっぱり二人は――」
「今更、ミースはんだけを行かせるとか言わへん」
「肯定、当機はマスターの所有物です」
「でも――」
ミースは口ごもってしまう。
その不吉な言葉を出してしまうと、実際に起こってしまう気がするのだ。
それでも、二人に聞いておきたかった。
「聖杯のダンジョンで死んだら――
聖杯のダンジョンの最大の特殊性――それは蘇生結界が張られていないことだ。
通常のダンジョンなら誰かが踏破したあとは、蘇生結界が張られることによって、ダンジョン内部で死んでも簡単に蘇生が可能となる。
そのためにフィールドよりも危険が多いダンジョンに潜る冒険者たちがいるのだ。
だが、その危険なダンジョン――いや、さらに想像を絶する高難易度の聖杯のダンジョンで蘇生が不可能だったらどうか。
平気な顔をして親友を誘えるか?
できるはずがない。
二人はそれを察していた。
「何度でも言うたる。ワイはミースはんに命を救われた身や。ミースはんに誘われたから行くんと違う。ワイから一緒に行きたいと言っとるんや」
「当機もマスターミースの所有物なので問題はないであります。……もっとも、所有権を解除されても、当機は自らの意思で付いていくであります。この命であるエーテル・コアを懸けても、大切な〝貴方〟を守るために」
「二人とも……」
聖杯のダンジョンをクリアして、聖杯を手に入れたいというのは自分のワガママだ――とミースは考えている。
それに無条件で付いてきてくれるというのだ。
感謝しても仕切れない。
「ありがとう」
真顔でそう言われたゼニガーは照れくさくなり、ベッドに潜り込んでしまった。
レドナは特に表情を変えなかったが、どこか満足そうにスリープモードに入った。
***
一方――夜も更けた時間、闇市の奥にある建物でハインリヒが薄く笑っていた。
その手には開かれた手紙。
「
人間ではない牙をギラリと見せて、手紙を優雅に食した。
手紙は消し炭になっていた。
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