リザルト

 夕暮れ前――ゴロストンのダンジョンを攻略した三人は、大した怪我もなかったので冒険者ギルドへ直行することにした。

 別に報酬は受け取らなくてもいい程度の額だが、報告しないとエアーデに怒られるのと――この依頼を出した人間のことが気になっているのだ。


「おっと、すまぬな……」

「い、いえ! こちらこそ考え事をしながら歩いていて、気付くのが遅れました!」


 ミースは冒険者ギルドの出入り口で、杖を突いた老人と真正面からぶつかりそうな進路だったために道を譲った。

 老人は会釈をしてから、去って行った。

 どこか虚ろな目をしていて、深い孤独を感じさせるというのがやけに印象に残る。


「ん? なんやミースはん、知り合いなんか?」

「いや、違うけど、歩くのが辛そうだったから……」

「ほんま、よう気が付くなぁ。ワイやったら飴ちゃんの一つでも、せびってまうかもしれんな~」

「ゼニガー、サイテーであります」

「じょ、冗談やて!」


 そんなやり取りをしながら、三人はギルドの中にあるカウンターへと向かった。

 そこには午前中ぶりに再会する受付嬢のエアーデが座っていた。


「あ、ミース君たちじゃない。どうしたの? 今からゴロストンのダンジョンに行くの?」

「いえ、ダンジョンを攻略して依頼を達成したので、報告をしに来ました」

「ん? んん?」


 エアーデは聞こえていたのだが、その意味を理解できなかった。

 なぜなら、普通はゴロストンのダンジョンというのは、もう少し多いPT人数で、数日かけて行うものだからだ。

 それを午前中出会った三人PTが、日帰りで戻ってきて達成したと言ってきているのだ。


「あ、もしかして、初心者用のダンジョンでもクリアしてきたのかな~? 私、何か変なことを考えちゃって――」

「いえ、ゴロストンのダンジョンです」

「……」


 三人が差し出した冒険者カードを受け取るエアーデ。

 そこに記録されている冒険内容を見て押し黙り、しばらくしてゴソゴソと机の引き出しから小さなメダルを取りだした。


「……おめでとうございます、ダンジョン最速攻略の記念メダルを贈呈させていただきます」

「うわ~、ありがとうございます! 嬉しいな~!」


 さて――と事務的なやり取りを終えたエアーデは、訝しげに質問をしてくる。


「あの、ミース君。いったいどうやってこんなに早く攻略したの? ボスフロアへ辿り着くまでも、かなりの距離があるし……」

「敵と戦う以外はずっと走っていました!」

「ず、ずっと!?」


 ミースはスタミナオバケで、レドナも自動人形なので魔力分だけ走れる。

 ゼニガーに関しては、移動になったら予備の布の服+99を着て、スタミナアップスキルで強引に突き進んでいたのだ。

 普通なら鎧の装着に時間がかかるのだが、ダンジョン装備は簡単に付け外しができるのを利用して、大収納からの座標調整で着せ替えをしていた。

 たまに失敗してゼニガーが全裸になっていたのは秘密だ。


「ゼニガーがゼンラー……傑作であります」

「急に何を言い出すっちゅうねん、このポンコツは」


 ゼニガーはパシッとツッコミを入れる。

 それを華麗にスルーして、エアーデの質問攻めが続く。


「じゃ、じゃあ! ボスの討伐時間も異常に短かったのは!? ダイヤゴロストンは硬いし再生能力もあるし、ジワジワと削っていくしか……。しかも冒険者カードの記録によると初見らしいし……」

「行動1ループ目を観察に徹して、2ループ目を全力で殴って撃って投げて倒しました」

「2ループでって……うっそぉ~……」


 エアーデは呆然としてしまっていた。

 今までの常識的なボス攻略を、ごり押しで最速記録更新してしまったのだ。

 しかも、冒険者なりたて+少人数三人PT+初見で。

 もしこの最速記録のことを上司に聞かれたらと思うと頭が痛い。


「……ったことにしよう」

「え、エアーデさん?」

「聞かなかったことにしよう! そうしよう! イエス定時! ノー残業! はい本日終了ガラガラ~!」

「……エアーデさんが壊れた」


 ミースは彼女を憐れそうな目で眺めた。


(大人って色々と大変なんだろうなぁ……)


「ミースはん、そんなことより依頼者のことを聞かなくてええんか? あと報酬受け取りも忘れとるでぇ……」

「あ、そっか。エアーデさん、何やら忙しそうですが依頼の成功報酬をお願いします。それと、もしよかったらこの依頼をした方について話を聞きたく……」

「はい、依頼達成おめでとうございます。こちらが報酬となります」


 急にスイッチが入って、事務的な対応をする悲しきエアーデ。

 渡してきたのは銀貨数枚だ。

 報酬としては少なく見えるが、ついでにこなせるので――そういう意味では破格とも言える。


「依頼者の方は~……特に口止めもされていませんし、私の知る限りでよければ」

「ありがとうございます。不思議だったんです……なんで、素材を求めるわけでもなく、ただダンジョンをクリアしてくるだけの依頼なんてあるのかが……」

「あ~、なるほど。ミース君はまだ知らないのね」


 エアーデは事務的な報酬受け渡しが終わり、少しフランクな口調になった。


「――スタンピードを」

「スタンピード……?」


 ミースは聞いたことの無い単語に首を傾げる。

 きっと、これも先生が面白がってわざと教えていなかったのだろう。


「スタンピードでありますか」

「なるほどなぁ、スタンピードなら依頼内容も納得や」

「二人とも知っているの?」

「当たり前や。スタンピードっちゅーんはな――」


 スタンピード。

 それはモンスター大量発生による災害だ。

 どこからともなくモンスターが湧き出て、数百、数千という物量ですべてを破壊し尽くす。

 以前は後手に回るしかなく、スタンピードで滅びた国すらあるという。

 しかし、近年とある女性学者が原因を特定した。

 スタンピードの発生源の付近には、すべてダンジョンがあったのだ。

 それらは冒険者たちが直前に潜った際に、モンスターの数や挙動がおかしいというデータも取れている。

 今では定説として、ダンジョンが異常を起こしてモンスターを無尽蔵に吐き出すとされているのだ。


「――っちゅうわけで、あまり人気の無いダンジョンに報酬を出して調査をしている……という感じやろ?」

「ゼニガー君、正解。この依頼を出した方は、ずっと昔にスタンピードでご家族を……故郷を失ったご老人でね……たまにこうやって調査を兼ねた依頼をしてくるの。少し前に冒険者ギルドにやってきていたんだけど――」

「あ、もしかして……」


 ミースは思い出していた。

 冒険者ギルドの入り口付近で道を譲った老人を。


「たぶん会いました。どこか虚ろな目をしていて、孤独を感じさせる方でした……」

「ミース君……」


 ミースは想像してしまっていたのかもしれない。

 もし、スタンピードというものが起きたら、ゼニガーも、レドナも、プラムも、エアーデも――始まりの町アインシアごと消えてしまうのだ。

 あんな〝目〟になってしまうくらいの大変な災害。


「顔色が悪いわよ? 大丈夫?」

「あ、はい。平気です……全然平気です……」

「ダ~メ! さすがに疲れただろうし、今日は宿に帰って休みなさい。冒険者は身体が資本、体調管理も立派なお仕事だからね!」


 エアーデは本気で心配してくれているのか、強めの口調で言ってきた。

 ミースは、大人がそんな風に怒ってくれるのが嬉しくて、大きな声で真っ直ぐ返事をした。


「はい!」

「うん、よろしい」


 こうして、ゴロストンのダンジョン攻略はリザルトを含めて終了したのであった。

 エアーデは三人を見送り、無事に定時で帰れそうだ。

 そこで何か思いだしたようにポツリと呟く。


「――そういえば、聖杯のダンジョンも最近は奥まで進んだ人がいないわね」

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