第一章(4) 失敗者は始まりの英雄となる

届く想い

「ふふふ……プラムミント。あと二日でキミは……このウィルのモノとなるのですよ」

「……わかってるわ、そんなこと」


 プラムは朝のとても清々しい道を歩く。

 横にいる、背が高く、容姿端麗で、育ちも良く、金も名誉もあるサイテーな婚約者を見ないように。


(どうしてこんなことになっちゃったのかしらね……ミース……)


 プラムは、ミースを影ながら助けたことは正しいことだと思っている。

 そして、その結果がこれだとしても後悔はしていない。

 父は自由に生きろと言ってくれたが、あの母はそんなことを許してはくれない。

 母が贅沢三昧を続けられるように、聖杯を持ち込んだウィルと引き合わせたのも恨んではいない。クズだとは思うが。

 しかし、婚約相手として最低限の男性であってほしかった。

 ウィルは初めて二人きりになったとき、15歳のプラムに言ったのだ。


『このウィルが欲しいのは、貴女の美しい身体です。心はいりません』


 両親に借りを返すためとはいえ、こんな男とは結婚をしたくない。

 吐き気がする。


「どうしたのですか、プラムミント? 貴女の可愛らしい顔が台無しだ」

「私の顔が可愛らしいと仰るのなら、ナイフで傷を付けてやろうかしら」

「冗談でもそういうことを言うものではありませんよ。このウィルの手には聖杯があるのですから……」

「っ! わかってるわよ!」


 どうしようもできない。

 二日後から始まる身体だけの結婚生活を想像すると絶望してしまいそうになる。

 誰か助けてと言いたい。

 でも、それはミースに迷惑をかけてしまうだろう。

 それに比べれば、自分が汚され続ける未来なんてどうってことはない。


(そう……どうってことはない……はずよ……)


 つい弱気になり、先日会いに来てくれたミースのことを思い出してしまう。

 必死に名前を呼んでくれた。

 話をしたいと言ってくれた。

 ありがとうと言ってくれた。

 あんなに感謝をしてくれた。


 嬉しかった。


 でも――プラムは知らないフリをした。

 ミースは傷付いてしまっただろうか。

 傷付いてくれただろうか。

 そんな矛盾した気持ちがわき上がる。


(そうよね、このウィルからすら求められない汚い心だもの。でも、そんな私なのに……ミースは……)


『今度は俺が――プラムを助ける! 絶対に!』


 そう言ったのだ。

 プラムは笑ってしまう。

 何も分からずに言っただけなんだろうと。


(強引に私を助けたらミースが大変なことになるというのをわかっていない。私が助けるに値しない汚い心の持ち主だとわかっていない。ミースは何もわかっていないわ……)


 ――互いの心は伝わらなかった。

 しかし、それでも諦めていない彼がいた。


「プラム!!」

「……!?」


 彼は――ミースは諦めていなかった。

 5年前のあの日から研鑽を続け、スキルチケットで当たりを引き当て、仲間を得て、ダンジョンに潜り、必死に今まで準備をしてきたのだ。

 諦められるはずがない。


 偶然にも再び町でプラムを見つけてきて、名前を呼んできている。

 プラムも彼の名前を呼びたい。

 しかし、呼ばない。


「誰かしら? また知らない方と間違えたの?」

「ふふふ……二度までならず三度まで。どうやらプラムミントとは因縁ある少年のようだ。名前は?」

「っウィル! 彼は関係ないでしょ!」


 プラムは、ウィルに今まで見せた事の無い顔で怒りを露わにした。

 本気で殺してやろうと思ったからだ。

 しかし、男二人は会話を進める。


「ミースだ。ミース・ミースリー……」

「ウィル・コンスタギオン。以後お見知りおきを……無謀で無駄で無意味なナイトのミース君。……キミの頑張る姿は喜ばしいねぇ」

「ウィル・コンスタギオン……! お前からプラムを取り返す!」

「どうぞどうぞ、ご自由に。ただし、彼女本人が良ければ――ですがね」


 プラムは黙っているしかない。

 ここで何か反応してしまっても、ミースに迷惑をかけるだけだ。

 ミースの顔すら見ることができない。


「ああ、プラムに頷かせてみせる。だから――もう少しだけ待ってて、プラム」


 そしてミースは、ウィルをキッと睨み付ける。


「結婚式は2日後だったな」

「ええ、今日が運命神の月21日で、その2日後――つまり23日の正午に式を挙げます……。ふふふ、そんな目で見られても困りますねぇ」


 ウィルはどこか底知れなさを感じさせる。

 まるで透明な仮面を付けているようだ。


「ああ、安心してください。初夜までは手を出さない〝契約〟ですから。私は〝契約〟を何よりも重視しますので、実はまだ彼女の肌には指一本触れていません。今から汚し尽くすのが楽しみですねぇ……」


 下卑た笑い、明らかな挑発だ。

 貴族という立場で、平民から寝取って楽しんでいるのだ。

 同時に、それはプラムにもおぞましい想像を再びさせた。

 それも大好きなミースの前で――だ。


(こんなことを彼に聞かれてしまった。恥ずかしい、苦しい、悔しい、辛い、死にたい――)


 プラムは膝を突き、胃の中のモノを吐いてしまう。

 ミースが心配そうに近寄ってきて、手を差し伸べてきた。

 助けてくれる、ミースが助けてくれる――助けて――


(…………助けてなんて、そんなこと死んでも言えるわけないじゃない。今のミースは堂々としている。きっとキラキラ輝く素敵な何か見つけたんだわ。あの臭くて汚かった10歳が、本当に格好良くなっちゃって……)


 プラムは様々な意味を込めて言った。


「私は一人で立てるわ! バカにしないで!」

「うん、わかった」


 ミースの手を払いのける。

 手は少し痛んだが、心はその何百倍も痛んだ。

 それでも顔には出さない。

 ウィルに対して隙を見せない、気丈に振る舞うのが今のミースのためになるのだ。

 ミースは安心した様な顔で去って行った。


 もうこれで屋敷から一生出られずに、二度と会うことができないかもしれない。

 それでも、プラムは後悔しない。

 あの素晴らしい少年を助けることができたのだから。

 これ以上望むのは贅沢だ。


「行こうか、プラムミント」

「ええ、行きましょう……ウィル」


 互いに今は振り返らず、正反対へと向かう。

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