聖杯のダンジョン、第一階層

 第一階層に入るための門。

 そこにはこう書かれていた。


『立ち去れ、我は母なる神の秘密を隠した』


 ――と。


「なんだろう、これ?」

「うーん、たぶんやけど、母なる神といえば創世神マザーのことやろ」


 創世神マザーとは、この世界を創った女神とされている。

 そして、そのマザーから生まれたのが運命神ガチャンダナや、空間神インベスタなどだ。

 そのどれもが人間たちに恩恵を与えてくれるということで、世界中で信仰されている。


「なるほど。でも、創世神マザーの秘密を隠したってなんだろう……? あれ、レドナ、どうかしたの?」

「……集中力が必要とされる今話すことではありません。聖杯のダンジョンをクリアして、町に戻ってから話します」

「うん? わかった、今は進もう」


 分厚い扉を両手で押し開ける。

 すると、湿度の高い空気がブワッと押し寄せてきた。

 お香のようなニオイも混じっている。

 緊張しつつ階段を下りていくと、すぐ終わりが見えた。


「ここが聖杯のダンジョン――第一階層か」


 視界は薄暗く感じられる。

 光源はどこかにあるのだが、何か黒いスモークのようなものが常にかかっているのだ。

 普通だと、もうこの段階で敵がどこから襲ってくるかわからないだろう。

 視界を制限されて高難易度だというのも頷ける。

 しかし――


「俺が聴覚で敵の居場所を教える。進もう」


 ミースが大収納のチョーカーに付けた【聴覚感知】さえあれば、普通のPTよりもずっと安全に移動ができる。

 ミースとゼニガーが前衛、レドナが後衛という形で進んでいく。


「なんや、緊張感あるなぁ……」

「うん、さすがにゼニガーに着替えてもらって全力疾走してもらうわけにはいかないからね……」


 ゴロストンのダンジョンとは違い、視覚に頼れず、ゼニガーの防御力も常に落としたくない。そもそも前提に蘇生できないというのがある。

 緊張感を持ち、慎重に進むしかない。


「外で怖い話を聞いてしもうたというのもあるでぇ……いきなりモンスターに出られでもしたら――」

「いた! 前方! 近付いてくる!」

「ひぃっ!?」


 ゼニガーとレドナはビクッとしながら構える。

 ミースも音を立てないように、ゆっくりとひのきの棒+99を握る。

 ゴロゴロとした音と共に見えてきたのは――一見するとただのゴロストンだった。


「ご、ゴロストンやとぉ? ふぅ~、なんや。ザコやないかい」


 ゼニガーは笑いながら、持っていた青銅の槍+99でゴロストンを攻撃する。

 もう慣れたものでゴロストンはゴシャアと崩れ去った。


「さて、次や次――」

「待って、ゼニガー……」


 ミースが真剣な声で、ゼニガーに動かないように声をかける。

 ゼニガーも〝それ〟に気が付いた。


「なんやて!?」

「な、なななななな何か半透明のモノが見えるであります」


 倒したはずのゴロストンから、黒い人魂のようなものがフワリと浮き上がった。

 それはしばらく浮いていたあと、砕けたゴロストンの死骸へと向かう。


「ひえっ!?」


 ゴロストンは不思議な力によって再生され、元通りになっていた。


「これが聖杯のダンジョンが高難易度だと言われる最大の理由――邪霊モンスターか」


 邪霊モンスター――それは通常のモンスターに邪霊が取り憑くことによって、倒してもまた復活してしまう特性を得たモノだ。

 阻止するにはモンスターを倒したあと、すぐに邪霊を倒さなければならないのだが、物理攻撃は完全に効かない。

 魔術で辛うじてダメージを与えられるのだが、魔力の消耗や、倒しきるまでに何回か復活されてしまうことを考えると恐ろしく手間となる。

 こうして一体は倒すことはできたとしても、ダンジョンを踏破するまでにはかなりの数を倒さなければならないために、集中力や魔力がいくらあっても足りない。


「お、おぉ……これが情報にあった邪霊モンスターなんやな……めっちゃビビったわ……」

「星弓――!」


 戦闘モードに入ったレドナはマジメに矢を放つ。

 それはゴロストンを一撃で倒したあと、出てきた邪霊にも連続で当てる。

 邪霊のシルエットを多少削り取ったが、まだ消滅させることはできない。


「なるほど。魔力主体の矢なので一応の手応えはありましたが、これは倒すのに苦労しそうであります」

「じゃあ、本命を試そう――我流〝日ノ軌ひのき〟!」」


 ミースはひのきの棒+99で邪霊を横薙ぎにした。

 すると、パンッと風船が割れるような手応えがあり、邪霊は消え去っていた。

 ドロップで石つぶてが落ちたので消滅させられたのだろう。


「聖属性なら一撃だね」

「な、なるほどなぁ……これやから聖属性を付与できる聖騎士以外は、聖杯のダンジョンは難しいという話やったんか。ワイらのPTもミースはんがいなかったら無理やったな」

「トドメは俺に任せて!」

「了解、マスターミース。邪霊を追い出すまでは、レドナとクルーゼニガーもお手伝いするであります」


 先人たちの情報によると、この先の憑依しているモンスターはどんどんと手強くなっていくらしい。

 全五層で最後はボスが待ち構えている。

 ミースたちは気を引き締めて前に進んだ。

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