親ガチャ失敗したけどスキルガチャでフェス限定【装備成長】を引き当て大逆転

タック

第一章(1) 失敗者はチャンスを掴む

変われるキッカケ

『僕の家は七人家族で嫌になっちゃうよ、これってもしかして親ガチャ失敗?』

『えぇ、どうしてだい? カッツ君』

『姉さんが結婚して、その夫と子どもまで一緒に住んでるんだぜ? それに僕は長男だから、妹の面倒も見なきゃいけないし、父さんと母さんは厳しいしさ~。親ガチャ失敗だよね~』

『カッツ君は王都中央のお屋敷に住んでるし、パパとお義兄さんは商会の重役じゃないか』

『あ~、辛いわ~。親ガチャ失敗辛いわ~』


 小さな村――その酒場で吟遊詩人が定番の詩を歌っていた。

 それは数十年前に流行った〝親ガチャ〟という概念を面白可笑おもしろおかしく歌った内容だ。


 当時はある程度〝カッツ君〟という架空の少年にも共感されたらしい。

 しかし、父親から命令されて、酒場にエールを買いに来ている六歳の少年――ミース・ミースリーにとっては何一つ頭に入ってこない内容だ。


「おじちゃん、いつものお酒をちょうだい」

「あいよ、エールね」


 ミースは赤く腫れ上がった手の平で銅貨を差し出した。

 酒場の主人はギョッとした。


「手、大丈夫かい……?」

「うん、いつものことだから……」


 汚れた服、伸びきったボサボサ黒髪の小汚い格好。

 ミースは酒が入った小樽を受け取ると、寄り道もせずに急いで家へ帰った。




「ただいま」

「おせぇよミース! それで酒はどうした、酒はちゃんと買えたのか? なぁ?」

「うん」


 ほったて小屋としか呼べない家にいたのは、一人の中年男性だった。

 だらしのない下着の格好で寝そべって尻をボリボリ掻いていたのに、酒を見ると飛び上がるように近付いてきた。


「早く寄越せ、グズが!」

「ぎゃっ」


 中年男性は酒を取り上げると、熱された火かき棒でミースの頭を殴りつけた。

 食事量が少なくガリガリのミースは、火傷の激痛と殴られた衝撃で簡単に倒れ込んでしまう。

 その苦痛に喘ぐ顔面を、中年男性は汚い足の裏で踏み付ける。


「ったく、テメェがいるだけでイライラすんだよ。アイツが男じゃなくて、女でも産んでくれてりゃ少しは楽しめそうだったのによぉ」


 ここにいる中年男性はミースの父親である。

 このルゲン村が鉱山で栄えていた頃は立派だったらしいが、今は妻に逃げられてミースと二人暮らしだ。

 ミースには妹がいるのだが、そちらは母親に付いていった。


「目障りだ……! 水くみでもして金を稼いで来やがれ!」

「……はい」


 ミースは汚れた顔で文句一つ言わず、空の水桶を手に水場へと向かう。

 水場は村から三キロほど離れている。


 ルゲン村近くの井戸は鉱山が盛んな時期に毒水となり、使えなくなったためにこうしているのだ。

 一日にひたすら往復し続け、その水を売って金を稼いでいる。

 もちろん、その金はすべて父親に取られて酒代になる。


「脚が痛い……手が痛い……肩が痛い……」


 大量の水は六歳の子どもにとっては相当の重さだった。

 それを持って整備されていない道を素足で歩く。

 常識がある子どもならすぐにを上げて諦めてしまうだろう。


 しかし、ミースにとってはこれが普通のことであり、おかしいとすら気付くことが出来ない。

 子どもにとって親が世界の全てなのだ。

 実際、家出をしても、よっぽど運が良くなければ子どもが一人で生きることなど不可能だ。

 この世界には子どもを守る制度や組織などないのだから。




 ***




 四年が経ち、ミースは十歳になっていた。

 水くみを続けて少年特有の筋張った筋肉を形成し始めているのだが、食事量が少ないために相変わらず痩せ細っていた。

 髪は頭皮の火傷のせいで一部が白髪だ。


「あと30往復はいけるかな……」


 いつものように水場に行こうとしたところで、この寂れた村には似つかわしくない立派な馬車がやって来ているのを見つけた。

 自分には縁の無いことだし、近付いて汚したら怒られると思って気にしないでおいたのだが、馬車付近にいた執事らしき男が大慌てでやって来た。


「き、キミ! ちょっと良いかい!?」

「……なに?」

「うっ、臭い……」


 汚れた服で水くみを続けたせいだろう、ミースは浮浪児のような格好になっていた。

 もう鼻をつままれるのも慣れている。


「し、失礼。キミと同じくらいの年齢の女の子を見なかったかい? 綺麗な白のドレスを着ていて、とても愛らしい顔立ちで、珍しい桃色の髪に、紫の瞳だ……」

「いや、見てないよ」

「そ、そうか……見つけたら教えてくれ……」


 執事らしき男がどこかへ行くと、ミースは水場へ行こうとしたのだが、妙に女の子の事が心配になってしまった。


「知らない場所で一人……心細いだろうな……」


 どこかへ行ってしまった、顔すら覚えていない妹もそんな心細さだったかもしれないと思ってしまったのだ。

 しかし、この狭い村で小さな女の子を襲おうとする馬鹿はいないだろう――……。


「あっ」


 ミースの父親を除いては。

 嫌な予感がした。

 大切な水桶を投げ出してまで、ミースは家へ大急ぎで戻る。

 そこにいたのは――


「おら、大人しくしろ……」

「だ、誰か……助け……て……誰か……」


 白いドレスを着た女の子――桃色の髪で紫の瞳、愛らしい顔立ち――を抑え付け、縛り付けようとしている父親の姿だった。

 ミースは呆然と立ち尽くしていた。

 この状況になっても動けない。

 親のしていることは絶対だ。


「た、助けて……そこの人……」


 女の子と目が合った。

 助けを求められた。

 どうする?

 相手は絶対的な父親。

 どうしたらいい?

 女の子の紫の瞳が涙で歪む。

 心が揺れ動く。

 これはきっといけないことだ。

 決断しろ。

 決断しろ……!

 胸の奥に火が灯った。

 初めて親に反抗する。


「っや、めて、父さん!」


 極度の緊張で喉が痙攣して上手く声が出せない。

 それでも父親の腕を掴み、女の子を助けようとする。


「うるせぇ、クソガキが!!」

「うっ……あれ?」


 いつものように殴られたが、十歳に成長したミースにとってそこまでダメージはなかった。

 いつの間にか背も伸びていて、酔っている父親は強大でもないように思えてしまう。

 それでもまだ大人と子どもの差は大きい。

 女の子を助けるためには力だけではダメだ。


「父さん、その女の子の執事さんみたいなのが探していたよ。すぐこっちにも来る」

「なっ!? 良い服を着ていると思ったら、お付きまでいるのかよ……やべぇな」


 ようやく父親も事態を理解したのか、女の子から手を離した。

 女の子はゴホゴホと咳をしたあと、ミースの背中に隠れる。

 まだ危機が去っていないと思っているか、眼に涙を溜めながらも気丈な表情だ。


「俺がこの子を送り届けてくる」

「……ちっ、勝手にしやがれ」


 女の子の手が震えている。

 ミースはそれをギュッと握ってやり、家の外へと連れ出した。

 しばらく歩いたところで、いきなり女の子は抱きついてきた。


「うわあああああああああ怖かった、怖かった、殺されるんじゃないかって!!」


 女の子は大泣きしながら、ミースの胸に顔をうずめている。

 抱きつかれているミースとしてはどうしていいのかわからず、ただ立ち尽くすしかない。


「あの……俺汚いし臭いから離れた方が……」

「ええ! 汚いし臭いわよ! でも、命の恩人ですもの! 私にこうされる栄誉を与えてあげてるのよ!」

「あ、うん……そうなん……だ?」


 どうやら、とてつもなく勝ち気な女の子らしい。

 ミースは初めて会ったタイプなので混乱してしまう。

 この場は女の子が納得するまで動けないので、ミースは恥ずかしい思いをしながら待つ。

 しばらくして女の子は泣き止み、ようやく離れてくれた。


「私はプラムミント・アインツェルネ。特別にプラムと呼ぶことを許してあげるわ。ちなみに今年で十歳よ」

「プラム……? 同い年か。俺はミース・ミースリー」

「そう、ミース。助かったわ。何かお礼をしたいのだけれど……あのミースの父親らしき男をぶっ殺してもいいかしら?」

「え、あー……それは困るかも」

「そうよね……あんなのでも、父親だものね……」

「いや、父さんが死ぬと、俺はまだ子どもだから一人で生きていけない」

「なる……ほど……。親ガチャに失敗したのね」


 いつか吟遊詩人が歌っていた〝親ガチャ〟というやつだろう。

 プラムが哀れんでいるのを見て、初めてどういう概念がわかってきた気がする。


「いいわ、そういうことなら……このチケットをあげる」


 プラムから渡されたのは一枚の紙切れだ。

 とても上質な紙で作られており、精緻な図形や文字が書かれている。


「これは……?」

「十五歳になったら運命の女神〝ガチャンダナ〟を祭っている教会に行きなさい。そこで人生一度だけ授けられるという神からのスキルを引けるわ!」

「スキル……」


 スキルとは、15歳以上の人間が使えるようになる特殊な能力のことだ。

 それが良い物だと国の要職に就けたり、冒険者で一稼ぎできたりする。


「親ガチャが失敗でも、スキルガチャで大当たりすればいいのよ!」

「……スキルガチャで大当たり」

「それじゃあ、五年後にまた会いましょう。私のピンチを救ったヒーローなんだから、もっと格好良くなってないと許さないんだからね!」


 なぜかプラムは頬を赤らめながら走って行ってしまった。

 ミースはそのことに全く気付かず、チケットをただ呆然と眺めていた。


「親ガチャが失敗でも……変われるキッカケ……」


 その日から、なぜか父親は殴らなくなったし、マジメに働き始めた。

 水魔術が使える人間が領主により派遣され、水くみからも解放された。

 ミースはルゲン村に出来た小さな学校に通い、一般教養や剣術を学びながら健やかな五年間を過ごした。

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