ガチャンダナ神殿の特別祝祭
五年でミースは知った。
ただ父親に従っているだけでは知る事ができなかったことが沢山あると。
自ら知識を得ようとしなければならなかったのだ。
学校で他の子どもたちは『説教臭い』と言っていたが、それは子どもたちにとって当たり前のことだったからだろう。
親ガチャに失敗したミースにとっては、勉強というのは新鮮だった。
村に学べる場所を作ってくれた領主様に感謝だ。
そんなミースは十五歳になり、村に別れを告げた。
プラムとの約束を果たすために、ガチャンダナ神殿へと赴くためだ。
定期的に行商にやってくる馬車に乗せてもらい、神殿のある町〝アインシア〟へと向かう。
別名、始まりの町とも呼ばれる賑やかなところだ。
「これが……町……」
人がいっぱいいる。
それが最初の感想だった。
人が多いということは、そのための建物も多い。
宿屋もあるし、鍛冶屋もある。
細々とした良く分からない素材や魔道具を売っている雑貨屋にも目を惹かれた。
「って、いけない。神殿へ向かわないと」
村にはなかったものを色々と見て回りたい気持ちを抑え、神殿があるというメインストリートを進む。
この町は行商の馬車も盛んで、そのために道も整備されていて歩きやすい。
思わず踵を鳴らしながら歩くと、履き古した靴も新品に思えるくらいだ。
「ここが神殿……こんな大きな物を人が作ったのか……」
巨大な石の柱で等間隔に支えられている荘厳なる建築物。
勉強して知識はあったのだが、絵ですら見たことがなかったので実物にとても感動してしまう。
これもずっと眺めていたい気持ちがあるのだが、今は中に入ることにした。
入り口の受付で記入し、手持ち無沙汰で周囲を見回す。
「わぁ……思ってたよりも広い……」
すでに同じような年頃の少年少女たちが集まっているようだ。
誰もが身なり良く、大抵は貴族や商人の子だろう。
なるべく良い服を着てきたミースだったが、その差は歴然だ。
かなり蔑んだ目で見られ、クスクスと笑われたり、陰口を叩かれたりしているのが聞こえてきた。
「井の中の蛙……だなぁ。俺」
「おっ、ええことを言うやん。きちんと大海を意識できる
神殿の中でミースに話しかけてきた男がいた。
年齢は同年代。
髪は金色のオールバックで、鼻筋が通っているハンサム顔。
スッと背筋を伸ばしていて身長も高い。
立ち振る舞いは貴族のようなのだが、平民の格好と、妙な訛り、柔和そうな笑みで何か親しみを持てる。
「ワイはゼニガー・エンマルクいうねん。なんや落ち着かへんところやけど、似た物同士よろしゅうな!」
「俺はミース。……珍しい名前と訛りだね?」
「ワイは世界一の商人を目指しとってな、とある大商人の口調をマネてんねん。だからテキトーや、テキトー」
「テキトー……」
「そうや、人生は何事もテキトーが一番や。まぁ、神さんのスキルガチャの結果はテキトーじゃ困るんやけどな!」
アレ見てみぃ、とゼニガーが指差した。
その先にあったのは、肩を落として絶望の表情を見せる貴族だった。
「スキルガチャにはアタリとハズレがあるんや。アルファベットでランクが付けられていて、それが低いとあんなリアクションになるっちゅうことやな」
「ガチャか……また失敗はしたくないなぁ……」
「そうやなぁ。15歳以上で一度きりの権利やし、しかもチケットも値が張る」
「え、チケットって高いの?」
「ミースはんは誰からかもらったん? かなり高額で、しかも入手困難や。ワイも投資ってことで、あとでチケット代を返却せなあかん……。良いスキルなら、すぐに稼げるから問題はないんやけどな」
ミースは、チケットを譲ってくれたプラムに感謝した。
たぶん普通なら一生、手に入らなかっただろう。
「そういえば、スキルってどんなのがあるんだろう?」
「そうやなぁ、メジャーなところが職業系の複合スキルやな。レア度R〝戦士〟は力が強くなり、武器の扱いが上手くなったりする。魔術師とか、狩人もそんな感じや」
ちなみに職業系のスキルが手に入らなくても、自称で戦士などを名乗っている冒険者は多い。
要は自分の立ち回りを明確にするための名乗りなのだ。
「あとはSR〝察知〟とか〝高速移動〟やな。複合系と違って一種なんやけど、効果が高いから一芸で引く手あまたや」
「察知は普段の生活でも便利そうだね」
「小銭を落とした音を聞き分けて、拾いにいけそうやな! で、最高レアと言われているSSR〝ドロップ率アップ〟がワイの目当てや。これがあればダンジョンでアイテム拾いまくって、それを売れば商人として大成功や!」
「アイテムが出やすくなるのかな? たしかにすごい……」
と、そこまで話してゼニガーは真顔になり、続きをテンション低く語ってくる。
「……まぁ~、逆にハズレはレア度Cの〝耳栓〟とかやな。これは普通に耳栓を使えばええし。それにもっと下のやとDの〝力アップ極小〟や。コレほんまに極小で何の役にもたたへん……」
「つまり――SSRが一番レアと言われていて、逆にA、B、C、Dとレア度が下がっていく感じなのか」
「その通りや! ワイらはスキルガチャでレア度が高いのを引き当てて勝ち組になるんや……!」
「お互い、良いのが出るといいね。……おっと、行かなきゃ」
ミースはチケットを使う順番を呼ばれたので、ゼニガーに手を振りつつ別れた。
前の貴族がやっていたように、ガチャンダナ神像の前に跪いて、チケットを取り出す。
五年間も大切に取っておいたチケットだ。
とても感慨深いものがある。
「SSRの〝賢者〟だ! 〝賢者〟スキルが出たぞ!! アレは領主の娘様だ!」
ミースは一瞬ビクッとしたが、まだチケットは使っていない。
どうやら人だかりが出来ている別の場所で誰かがSSRスキルを入手したらしい。
気を取り直して、自らのチケットを運命の女神ガチャンダナに捧げる。
中性的な美しさを持つ女神像に虹色の後光が差し、微笑んだ気がした。
『ミース、ミースよ……今、あなただけに語りかけています』
「!?」
突然、脳内に声が響いてきた。
これがガチャンダナ神の声なのだろう。
必死に耳を傾ける。
『恵まれない環境の中でも善行を成したあなたは、
ミースの意識がガチャリと回転したと思うと、もう声は聞こえなくなっていた。
その代わりに、目の前に文字が浮かび上がっている。
【レア度F:装備成長】
「れ、レア度が……」
Fということは、Dよりも下ということに違いない。
ショックでスキル詳細を見る気も起きなかった。
ミースは立ち尽くし、呆然と呟く。
「こんな低いレア度のスキルだなんて……そんな……」
それを聞いた周囲の貴族たちは大笑いを始める。
「あっはっは! 所詮、平民の子どもが高レアのスキルなんて貰えるはずがないんだよ!」
「ざまぁねぇぜ! とっとと、小汚い格好でお家に帰んな!」
「そうですわ。領主の娘様――プラムミント様も同じ空間にいらっしゃるのですから、息もしないでほしいですわ」
その名前を聞いて、ミースは気が付いた。
プラムはSSRスキルを引いたという例の領主の娘だったのだ。
会いたい、そう思ってしまった。
丁度、特徴的な桃色の髪が見えたので人を掻き分け近付いて行く。
「……プラム!」
「ミース……」
五年経ったプラムは綺麗になっていた。
少女のあどけなさを残しつつ、誰もが見惚れてしまうような美しさを兼ね備えている。
成長し、均整のとれた体付きが白いドレスに包まれていた。
お互いに目が合ったのだが――
「どうしたんだい、プラムミント?」
「いえ、何でもないわ。行きましょう」
ミースを路傍の石のように扱い、貴族の男に手を引かれてどこかへ立ち去ってしまった。
「……え?」
ミースは呆然とした表情で固まってしまう。
五年前の約束を果たすというのは、こんなにも素っ気ないことだったのだろうか。
話したいこともいっぱいあった。
ずっと、会える時を楽しみにしていたのに。
それなのに、プラムはミースを避けるようにどこかへ行ってしまった。
「俺が……平民の子だから? 俺が……ランクの低いスキルを引いてしまったから?」
努力だけではどうにもならないことがある、と再び思い知って絶望するのであった。
「せめてスキルガチャで成功していれば……神様、どうして……」
――しかし、ミースは勘違いをしていた。
すでに神は最高の贈り物を与えていたのだ。
レア度
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