第一章エピローグ 始まりの町にさよならバイバイ

「ん……眩しい……」


 怠い、身体が軋むように痛い、お腹が減った。

 目覚めたミースは最初にそう感じた。

 自然と光の方に視線をやると、知らない窓から陽光が差し込んでいた。

 それから一秒ほどボーッとしてから、気を失う前のことを思い出していく。


「レドナを生き返らせる方法!!」

「開口一番、それかよ。まったく呆れるぜ」

「き、キミは……」


 ミースはベッドに寝ているのだが、窓とは反対側にルインと呼ばれた少女が立っていた。

 室内なのに相変わらずローブを目深にして顔を隠している。

 よく見るとローブの頭頂部に二つの三角が見えるので、耳の大きな獣人かもしれない。


「一週間寝ていたんだぞ、ミース」

「一週間も……。その……治療をしてくれてありがとう……!」


 ルインはクルッと反対側を向いた。


「バーカ、ハインリヒ様がやれって言ったからやっただけだ。別にお前を助けたわけじゃない」

「それでも……ルインは俺の恩人だ」

「恩人ならハインリヒ様だ。それと……一週間も慣れない看病をしていた、そこの小娘もな」


 そう言うとルインは部屋から出て行ってしまった。

 ミースは気が付いた。

 ベッドに倒れかかるように寝ているプラムの姿に。


「プラム……」


 こんなときだが、一週間も看病してくれたというのは嬉しく感じてしまう。

 ミースとルインの話し声で起きたプラムは寝ぼけながら挨拶をしてきた。


「んん……おはよう、ミース……。目が覚めてよかったわ……。すごく心配したんだから……」

「ごめん」

「ううん、いいの。私にはこれくらいしかできないから……。ミースたちが大変なときも、震えて声も出なくて、ただ見てるだけしか……」

「仕方がないよ」


 ダンジョンで経験を積んだミースたちでさえ、悪魔王に対しては圧倒的な差を見せつけられた。

 それを普通の生活をしてきただけのプラムがどうこうできるわけでもない。

 下手に何かしていたら、逆に足を引っ張っていたかもしれない。

 プラムもそれをわかっていたので、これ以上は何も言わなかった。

 しばらく無言が続いたあと、騒がしい少年が病室に入ってきた。


「うぉぉおお!! ミースはん、起きたんやな!! ほんま心配したでぇー!!」

「ゼニガー、ちょっ、痛い死ぬ死ぬ!!」


 いきなり感極まって抱きついてきた親友――ゼニガーは、いつも通りの力強さだった。

 すまんすまんと離れてくれた。


「いやぁ~、一時はどうなることかと思ったでぇ。よかったよかった!」

「ゼニガー……その……俺……」


 ゼニガーが気を失っている内に、レドナは死んでしまったのだ。

 そのことを話そうとしたのだが、上手く言葉が出てこない。

 そうしている内に気が付いた。

 ゼニガーの目が赤く腫れている。


「さて、腹でも減ったんとちゃうか? 来る途中、サンドイッチをもらってきたから食べるとええでぇ!」


 元気に振る舞っているゼニガーだが、それは空元気なのかもしれない。

 レドナと一番仲が良かったのは彼なのだから。


「うん……食べるよ……お腹いっぱい食べないと力が出ないからね……」


 ゼニガーからサンドイッチを受け取ったミースは、無理やりに口に押し込んだ。

 一週間ぶりで胃が受け付けないのだが、強引に飲み込む。

 ふと、いつも腹ぺこだったレドナの顔が浮かんできて、涙が出てくる。


「うまい……うまいよ……」

「あほ……ゆっくり食えや……」


 ゼニガーのこんなに辛そうな声は初めて聞いたかもしれない。


「んだよ、この湿っぽい空気は……」


 ルインが部屋に戻ってきた。

 ハインリヒの手を引っ張りながらだ。


「こら、ルイン。もう少し気持ちを汲んであげるんだ」

「はい! ハインリヒ様が仰るのなら!」

「そうじゃなくて……まぁ、いいや。おはよう、ミース。それに丁度ゼニガーもいるね」


 名前を呼ばれたゼニガーは、ハインリヒに向かって怒りの形相を見せていた。


「ハインリヒはん……! なんでもっと早く助けにきぃひんかったんや! 悪魔王とやらを圧倒するくらいの力があったのなら――」

「理由は二つある。一つはまだキミたちには知る権利がない。もう一つは……僕が直前までスタンピードの処理をしていたからだ」


 ゼニガーの怒りを放置して、ハインリヒはミースの近くに歩いて行く。


「キミたち三人と、大量の住人――天秤にかけるのならどちらだと思う?」

「くっ、そないな言い方……!!」

「キミたちが子どもなだけだ。……だが、それはそれで正しい。一つの大切なモノのために、他をすべて捨てられる覚悟があるのならね」


 ハインリヒはベッドに半身を乗り出してきて、ミースに顔を近づける。

 金色の瞳は少年を映す。


「キミはどうだい、ミース」

「俺は――」


 他のすべてを捨てて、レドナを生き返らせる覚悟があるかということだろう。


「レドナを生き返らせるためなら、何でもする」

「ハインリヒはんは気にいらへん。せやかて、ワイもミースはんと同じ気持ちや」


 ミースとゼニガーは、強い意志を秘めた視線をハインリヒに向ける。


「わかった。では、ここから知るには資格が必要となる。プラムミント嬢は御退出願おうと思――」

「いえ、私も聞くわ」

「ほう?」

「レドナって子とは少ししか話せなかった。だけど、私を助けるためにすごく頑張ってくれたっていうのはゼニガーから聞いているわ」

「もうアインツェルネ家のご令嬢としての生活には戻れなくなるよ?」

「そんなのお構いなくよ。あのミースが冒険者になったんだもの。私だって同じようになってやるわ!」


 引き下がらないプラムを目にして、ハインリヒはやれやれというお手上げのポーズをした。


「では、ミース、ゼニガー、プラムミントの三名に告げる」

「い、いったいどんなヤバい条件なんや……!?」

「なに、気軽に構えてくれ。ちょっと――世界の命運を左右するギルド、神殺しの団ラグナレクに入ってもらうだけさ」




 ***




 ハインリヒと神殺しの団ラグナレクの本拠地がある場所まで出発するのにまだ時間があった。

 その間、ミースは始まりの町アインシアを見て回ることにした。

 まだ身体全体が痛むが、歩く程度は問題ないと言われている。


「ところどころ、壊れているな……」


 聖杯のダンジョンに近い位置の家屋の壁が崩れているのがわかる。

 どうやら激しい戦いがあったようだ。

 そこから町の中央にある冒険者ギルドの方へ向かって行くと、被害はなくなっていた。

 冒険者ギルドの中に入ると、慌ただしく走り回るエアーデの姿が見えた。


「あっ、ミース君じゃないですか! もう起きて平気なんですか?」

「はい、まだ少し痛みますが……」

「そう、よかった……。あなたは始まりの町を救ってくれた英雄ですもの……」

「俺が、ですか……?」


 ミースは実感がないために聞き返してしまう。


「そうよ、スタンピードがもう少し長く続いていたら、住民の死者が0だなんてありえなかっただろうし……。手が足りないところにハインリヒ様がやって来てくれたけど、対処できる範囲も限られていたから」

「そっか……守ったんだ……」


 ミースは自らの手でスタンピードを止められたということと同時に、ゼニガー……それと――レドナのおかげだと感じることができた。

 無駄ではなかったのだ。

 人々のためになったのだ。


「ミース君、泣いてるの……?」

「なんでも……ないです……!」


 次はもう誰も死なせない。

 そのために強くなりたい。

 心からそう思った。




 荷造りを終えたミースたち――といっても、大収納があるために手荷物は無い。

 彼らは、町の人たちに見送られるところだった。

 そんなに目立ちたくなかったのだが、冒険者ギルドで顔が利くエアーデが集めてしまったらしい。

 その中にはスタンピード対策の依頼をしてきた老人もいた。


「ありがとう、お主のような若者がいれば未来は明るい……」

「いえ、そんな……」

「謙遜するな。その道が、後の者たちの礎となる。誇れ、そして、名乗れ。始まりの町の――いや、始まりの英雄ミース・ミースリーよ」


 老人は握手を求めてきた。

 ミースはそれをしっかりと握り返す。


「……はい!」


 わぁっ――と町の人達が歓声を上げる。


「始まりの英雄!」

「ありがとう! ミース!」

「あなたがいなければ死んでいたわ!」

「グッドラック! ガチャンダナ神の祝福あれ!」


 大勢の町の人たちに見送られながら、ミースたちは始まりの町を旅立った。

 今日は心地よい風が吹き、入道雲が緩やかに流れていた。

 絶好の旅日和だ。

 ミースの冒険はまだまだ続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る