ワールドスキル、創世神の右手

「勝利を創り出せ――創世神の右手」


 新たなスキルの使い方は自然と分かった。

 頭の中でカチリとスイッチが入り、すべてを凌駕する可能性を持つ効果が発動する。

 同時にその自死に繋がりそうなリスクも無意識に感じ取った。

 レドナの言葉を思い出す。


『リスクは高いですが、聖杯の力を――真なる神の力を使うであります』


「ありがとう、レドナ。教えてもらった力を使わせてもらうよ」


 立っているだけで心臓が早鐘のように鳴り、全身に恐ろしい程の血液を流し込んでいる。

 動けばさらに負荷が増すだろう。

 気を抜けば間違いなく死ぬと確信できる危険さだ。

 だが、その分――単純で強力なスキル効果を得られる。


「創世神の右手を銀の剣+99に適用――」


 その瞬間、鑑定で見えている銀の剣+99の効果が変化した。


【銀の剣+??? 攻撃力20+??? 炎属性??? 闇の種族特攻??? 攻撃スキルホーリークルス???:――鑑定不能――】


 銀の剣に白い揺らめきが宿り、刃を神々しく輝かせる。


「ミース・ミースリー、それはいったい……!?」

「レドナから託された、悪魔王おまえを倒す剣だ……!」


 銀の剣が恐ろしい程に強化された。

 瞳孔が開き、喉が渇いて、身体が焼けるように熱い。

 それと同時に普段のスタミナの百倍くらいは負荷がかかっている。

 そう何回も攻撃スキルを放てないだろう。

 だが――それで充分だ。


「創世神よ、その星を創りし右手を授け給え……」


 言の葉によって神と繋がり、加護を得る。

 イメージするのは最速の自分と、レッドナインと呼ばれた自動人形の正確さ。

 最初から知っていたかのように、初めての攻撃スキルが自然と発動する。

 まるで彼女が美しい指先で導いてくれたかのように。


「大罪を斬り割け――九の聖光搦げ邪滅す刃ナイン・ホーリークルス!!」


 縦、横の高速斬撃による十字架が発生した。

 悪魔王はそれを見てニヤリと笑う。


「またそれですか。どれ、今度はちゃんと手で防いであげま――……何だと!?」


 悪魔王は用心して右手に障壁のようなものを張り、聖なる十字架を受け止めた。

 はずだったのだが、障壁は破られて、その医者特有の長く美しい指が弾け飛んだ。


「がぁっ!? だが、これくらいなら――」


 悪魔王は気付いていなかった。

 最初に到達していたのは一つの十字架――二連撃だ。

 九の聖光搦げ邪滅す刃ナイン・ホーリークルスは、その名の通り、九の十字架。つまり十八連撃だ。


「グァァアアアアアアッ!?」


 悪魔王は冷静さを欠いた声で叫ぶ。

 その右腕すべてが吹き飛んでいたからだ。

 銀の剣の強化された効果が浸透し、傷口から溶け始めていた。


「あああああ……だぁッ!!」


 悪魔王は必死の形相で侵食する傷口を自ら切り落とした。

 片膝を突き、痛みに震える声で余裕ぶる。


「聖なる力に焼かれたのは何百年ぶりでしょうか……。そうか、なるほど……アナタが今回のワールドクエスト報酬ということですか……。今回は神殺しの団ラグナレクに良い駒を取られてしまいましたね……」

「トドメだ」


 意味の分からない言葉を無視して、ミースは再び九の聖光搦げ邪滅す刃ナイン・ホーリークルスを放とうとする。

 しかし――


「ぐ……う……心臓が……」


 スタミナ自慢であったミースですら、創世神の右手というスキルの負荷には耐えられなかった。

 自らの魔力が暴走して身体を攪拌し、血液が氷のように冷たく感じられ、耳鳴りで頭が真っ白になり、心臓の痛みで動けなくなってしまう。


「まだ使いこなせていないようだ。これはこれは……」

「動け俺の身体……心臓が止まりそうなくらいで動けなくなるなんて……まだいける……だろ……仇を……取らなきゃ……」

「クハハ……そんな簡単に人間が強くなれるはずがないでしょう!」


 悪魔王は脂汗を浮かべながらも、自らの腕を復元させる。

 そもそも今まで本気ではなかったのだ。

 お遊びのメスではなく、三つ叉の黒い魔槍を出現させた。


「これを使わせたことを誇りに思ってください。魔槍ゲホーアザーム……対抗するのなら神剣でもお持ちになることですね」


 魔槍を構え、ミースを穿とうとしたそのとき――


「神剣かい? それなら丁度良い!!」


 上空百メートルから男が鉄塊を振り下ろしながらやってきた。

 鉄塊は悪魔王を捉え、凄まじい勢いでヴェルセー川まで吹き飛ばした。


「遅れてすまない、ミース」

「あ、あなたは……ハインリヒさん……」


 それは闇市で団長と呼ばれていた男――ハインリヒだった。

 風のせいか赤髪が獅子のようになびき、金色の瞳が輝いているように見える。

 その手に持つのは巨大な黒い鉄塊――冷えて固まったマグマのようだ。

 ミースは反射的にそれを鑑定しようとするが――


【*******:――鑑定不能――】


 何も見ることができなかった。

 たぶん世界の理から外れている。

 そして何故か、いつかその柄を握れるような気がした。


「久しぶりだなぁ、毒のゼンメルヴァイツ」

「アナタは……獅子公ハインリヒ……! 奪われた弟でも探しに来たのですか? クハハ……!」

「安っぽい挑発だが、乗ってやるさ。人攫い! ――九の拘束の第一を解除」


 鉄塊がそれに答えるかのように輝き、表面の黒い部分が溶け出して赤い大剣が見えてきた。

 大気が熱で揺らめく。

 ハインリヒは赤い大剣を片手で構えながら、悪魔王がいるヴェルセー川まで突っ走り、勢いよく振り下ろす。


「くっ!?」


 爆音。

 ヴェルセー川の大半が瞬時に蒸発した。

 凄まじい量の蒸気の中、二人は剣戟を交わす。


「どうした! 毒のゼンメルヴァイツ! 随分と弱っているぞ!」

「油断していたら聖なる光に焼かれましてね……! これは少々、分が悪い!」


 悪魔王は一旦距離を取った。

 そして何か魔術のようなものを使おうとする。

 ハインリヒはその隙を逃さない。

 たとえ、どんな魔術を放たれても、それごとぶち抜ける自信を持っているからだ。


「小手先は通じない――!」

「クハハ! それはどうでしょうかねぇ!」


 悪魔王までもう一息というところで、ハインリヒの赤い大剣が止まった。

 魔術によるものではない。

 自らの手で止めたのだ。

 悪魔王の眼前に現れた、赤髪の少年の手前で。


「オットー……」

「自らの弟には手を出せないでしょう!」


 悪魔王が使った魔術は簡易的な召喚らしい。

 力の弱い者しか喚び出せないが、その分発動が早い。


「では、さらばです。また会いましょう、獅子公ハインリヒ。それに――ミース・ミースリー」


 悪魔王は隙を突いて転移帰還のレリックを発動させ、その身を消した。

 残された赤髪の少年は偽物だったらしく、泥人形になって崩れ去る。

 ハインリヒはギリッと歯がみしてから、倒れているミースの近くにやってきた。


「ルイン、その子の様子を見てやってくれ。これはキミの領域だ」

「わかりました、ハインリヒ様。貴方が仰るのなら……」


 いつの間にかハインリヒの背後に控えていたローブで顔を隠した人物――ルイン。

 声や体格からして少女だろう。

 ミースは微かに見覚えがあった。

 ハインリヒと一緒にいた鑑定士だ。


「あ……う……」

「声を出すな、馬鹿。本当に死ぬぞ」


 ルインは面倒臭そうに叱る。

 ハインリヒ相手とは違い、ミースに対しては敬語を使ってこない。


「ハイ・ヒーリング……!」


 レドナが使っていたヒーリングより高位の回復呪文だ。

 全身に激痛が走るミースは、自分のことは構わず強引に声を絞り出す。


「レドナを……レドナを助けることは……」

「……アタシでは無理だ。無条件で蘇生を可能とする魔術は存在しない。蘇生結界があるダンジョンの中だったら、自動人形でも何とかなったんだがな……」

「そんな……」


 わかってはいるが、信じたくなかった。

 ダンジョンではなく、フィールドの死は生き返れない。


「だから、喋るな馬鹿……! お前の中身、グッチャグチャなんだからな! 後遺症も覚悟しておけ!」

「レドナ……」


 脳内から分泌されるアドレナリンが切れたのか、それとも危険が去って身体が弛緩してしまったのか。

 ミースの意識は闇に落ちそうになっていた。

 最後に聞こえてきた言葉は、ハインリヒの一言だった。


「レッドナインを元に戻す方法を見つけられるかもしれない。ミース、キミが起きたら話をしよう」


 ――微かな希望を胸に、ミースは長い眠りについた。

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