悪魔王
始まりの町アインシアの中央――美しいヴェルセー川が見える公園に転移用の大結晶が接地されていた。
ミースたち三人は、無事にそこへ転移をした。
ゼニガーは疲れているのか尻餅を付き、ミースとレドナは周囲を見回す。
「町は……無事なのか……!?」
「ええ、無事ですとも。アナタたちのおかげですね」
焦燥感が滲み出たミースの問いに、意外な人物の声が答えてくれた。
それは公園で待っていたであろう、プラムの婚約者――ウィルだった。
その横にプラムもいた。
「どうしてここに!? いや、それよりスタンピードの被害は本当に平気なのか……?」
「はい、あなた達がドラゴンゾンビを倒してくれたので、スタンピードのモンスターたちは全滅しました。とても素早く対応したおかげで町にも被害は出ていません。いやぁ、素晴らしい」
ミースは何か違和感を覚えた。
しかし、それよりもスタンピードの被害から町を守れたということが嬉しかった。
以前、スタンピードで故郷を失ったという老人のような悲しい人が増えなくて良かった。
それに――
「聖杯を持ってきた。これでプラムを自由にしてくれる約束だな……?」
「はい、そういう〝契約〟ですとも。私がプラムミントを愛していたのは本当ですが、聖杯を持ってきたということは完膚なきまでに私の負けです。町を救い、プラムミントも手に入れたアナタは本当に素晴らしい。心からそう思いますよ」
ウィルはお手上げのポーズをして一歩下がった。
どうやらその言葉には一つもウソが無さそうだ。
プラムもそう感じたのか、笑顔でミースのところへ走って抱きついてきた。
「ミース! ミース!!」
「プラム……」
やっとふれ合えた二人は嬉しくて言葉が他に出てこなかった。
本当はもっと話したいこともあるのだが、今は互いの名前を呼び合いたい。
それを横で見ていたゼニガーとレドナの二人は『なるほど、これがカップルというやつか……』という心境だった。
今にもキスでもしそうな感じがしたので、とりあえず傍観している。
しかし、ミースとプラムはお互いに好きなのだが、そういう経験がまるでないので、今のところは抱き締め合うのが最大級の嬉しさの表現なのだ。
プラムは視線に気が付き、顔を真っ赤にして身体を離した。
「お構いなくやで!」
「同じくお構いなくであります」
「え、いえ、その……ミースの仲間なのよね……? 本当にありがとう!!」
プラムは深く深く感謝のお辞儀をした。
「律儀やなぁ。えぇって、えぇって」
「末永くお幸せにであります」
「で、でも……!」
ミースとしては、三人が仲良くなれそうで嬉しく思う。
そして、その場に留まってミースを見ているウィルのことが気になっていた。
「ウィル・コンスタギオン。一つ聞きたいことがある」
「始まり町の英雄ミース・ミースリー。何なりとどうぞ?」
「お前が言っていた〝契約〟とは何なんだ? プラムの家族としたのか?」
ウィルは大きく口角を吊り上げ、爽やかな笑顔を見せて答えた。
「いいえ、アインツェルネ家の女狐……おっと、失礼。奥方から頼まれたのはあくまで結果的なもの。私を心地よく縛り付けていたのはワールドクエストによる〝契約〟です」
「ワールドクエスト……?」
「世界からのクエスト、世界の行く末を決めるクエスト、世界レベルの報酬を得られるクエスト……それだけが私を縛ることができる」
ミースは恐怖を感じ取った。
それは人ではない、とある生物の気配。
同時に気が付いた。
ウィルという人物を肉眼で何度か確認しているのだが、なぜか――その姿の具体的なイメージを掴めていなかったということに。
「ウィル・コンスタギオン……お前は何者なんだ!?」
「んん、聞かれてしまったら名乗りたくなってしまうのが悪魔というモノ」
「……悪魔!?」
「このウィル・コンスタギオンは人間として活動するときの名前。悪魔としての名前はゼンメルヴァイツ。――七大悪魔王、毒のゼンメルヴァイツと呼ばれたりもします」
ミース、ゼニガー、レドナは瞬時に戦闘態勢を取った。
「嗚呼……聖杯を届けてくれたことによって、私を縛る〝契約〟から解放されました。ありがとうございます、ミース・ミースリー。これで私から大切な者を奪ったアナタを今すぐ殺すことができます。さようなら、ミース・ミースリー。始まりの町の英雄」
ウィル――七大悪魔王、毒のゼンメルヴァイツを縛っていた契約がなくなったのか、異常な魔力量を感じられた。
それは肉眼で黒く見えるほどに強力で、禍々しく感じ取れてしまう。
かけられていた認識阻害の力が消えたのか、その本当の姿が見えてきた。
白すぎる肌、スラッと手足が長く、背も高い。
血のように赤い宝石の付いたレースの
深紫の長い髪を結わいて、肩の前に流している。
恐ろしい程に美しい顔、すべてを達観したかのような切れ長の醒めた赤眼で見つめてきていた。
その瞳孔は横長に歪んでいてまさに悪魔だ。
「な、なんやコイツ! わけがわからんけど、ヤバいってのだけは伝わってくるんやけど!?」
「肯定、撤退を推奨……警告、撤退を推奨――エーテル反応を検知、警告、圧倒的な彼我戦力差――」
「いや、このまま逃がしてくれるとは思えない……!」
その通りです――とばかりに両手を広げて悪魔王は嗤う。
「ある程度、攻撃で足止めをしてからだ……! ホーリークルス!!」
ミースは、悪魔王に向かって十字の輝きを放つ。
強化されたドラゴンゾンビすら一撃で葬った攻撃スキルだ。
悪魔にも効果があるはずなので通じる――そう思っていた。
「んん~? 瞬きよりも遅く、貧弱なようですね」
銀の剣の切っ先が悪魔王の目に当たっているように見えたのだが、それを
長いまつげの一本すら斬れていない。
余裕でウインクをしているようにすら見える。
「弱い、やはり人間というのは恐ろしく弱いですね。ちょっと身体に力を入れるだけで――」
「ぐはッ!?」
悪魔王が魔力を放出するだけで、ミースは肋骨を折られながら吹き飛ばされた。
「ほら、ご覧の通りです。しかし、プラムミントのように美しい身体を持っている者もいる。汚い心だけを塗り潰して、丁寧に保護してあげなければいけません」
悪魔王は倒れているミースの方へ近付いて行く。
どこかから取り出したのか、手には毒々しい色をした医療用らしきメスが握られていた。
無限に増大する殺意が感じられる。
それを阻止すべく、ゼニガーが盾を構えて立ち塞がる。
「させへんでぇ!」
「何をさせないと?」
悪魔王は見えない速度で距離を詰め、ゼニガーの眼前に立っていた。
ゼニガーはとっさに【石になる】を使ってダイヤモンドへと身体を変化させる。
「おや、珍しいスキルですね。私のメスとはとても相性が悪い」
そう言いつつも、メスを軽く振るう。
それだけでゼニガーは大きく吹き飛ばされた。
(ドラゴンゾンビの突進よりもずっと重いやと!?)
このままだと背後の壁に激突して砕け散ってしまうと判断して、スキルを解除。
「ぐッはぁ……!?」
生身で全身を強く打ち付けて気を失ってしまう。
悪魔王はそれを一瞥しただけで、特に興味を持たない。
視線の先にいるのはミースだ。
「私は医者を生業としていた頃がありましてね。治すことはもちろん、毒にも精通していました。……で、この特殊な毒は魂持つものなら何でも腐らせてしまうという美しい概念を持ちます」
悪魔王は毒が湧き出るメスを摘まみ、それを倒れているミースに向かって投げつける。
「プレゼントフォーユー」
メスは突き刺さった。
――ミースをかばったレドナに。
「レドナ!? どうして!?」
ミースは這いずるようにしながら、倒れたレドナに近付く。
レドナはただ笑みを浮かべる。
「マスターミースを守るのが当機の役目であります」
ミースはレドナの手を握ろうとしたが、銀の砂になって崩れていく。
悪魔王の毒は、魂があれば自動人形ですら
「レドナ! ヒーリングを自分にかけ続けるんだ!! そうすれば――」
「実はクルーゼニガーの重傷を治したときに無理をしていて、ほとんど魔力が残っていなかったんです。ナイチンゲールのメモリ侵食でエラーだらけでしたし」
ただのヒーリングであそこまでの重傷を治せるはずがない。
ミースもそれをどこかで感じていた。
「クルーゼニガーは気にしてしまうでしょうから、ナイショでお願いします。当機は高性能ですから、嘘も吐いちゃうであります」
「何か……何か手はないのか……」
ミースはレドナの身体を抱き締めて、その崩壊を押し止めようとするが無意味だった。
「そんな顔をしないでください、マスターミース。どうか、貴方だけでも生き残ってください。リスクは高いですが、聖杯の力を――真なる神の力を使うであります」
「そんな……死ぬな、レドナ……」
「ああ、良かった……これでもうマスターの死を見なくて済むであります――……」
笑顔の中で流れる涙。
レドナだった自動人形は崩れ、地面に落ちている大量の銀の砂となった。
ミースの手の中には何も残ってない。
信じられない。
信じたくないが、これが現実。
初めての仲間の死だった。
ミースは嗚咽を漏らし、泣き、叫んだ。
「――良い悲鳴です。大切な者を奪われた弱者の悲鳴。私に懐かしい感情を思い出させてくれる」
「……許さない」
「おや、何を許さないというのですか? 仲間を守れなかったという失敗を冒した者――そう、言うなれば失敗者のミース・ミースリー」
「お前だけは許さない、ウィル・コンスタギオン!!」
ミースは大収納から聖杯を取り出した。
聖杯は意志に答え、輝き、一つの結晶を産み出す。
【イプシロンの魔石 創世神の右手:聖杯に認められし者に与えられる魔石。装備に合成するとスキルを付与することができる。自由に分離可能】
ミースはそれを銀の剣+99に合成した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます