人と、人の形をした物
それから何度かアイアンゴロストンと戦うことになったのだが――
「あだ、あだだだだっ!?」
「ヨシ! すべて命中であります!」
「ワイにやろ!」
レドナはゼニガーを狙い、ゼニガーは意地でもレドナの射線から動かないという状態だった。
もしかしたら、ゼニガーのヘイトアップがレドナにも効いているのでは? と思ったが、それは違うらしい。
今は休憩中だが、レドナとゼニガーの二人はそっぽを向いて離れて座っている。
「うーん……」
さすがにゼニガーが死んだら蘇生のために一度戻らなければならないので、ミースは対話で解決の糸口を探ることにした。
まずはレドナだ。
自らの破れた服を脱いで、チクチクと針で縫っている彼女に話しかけた。
「レドナ、ちょっといいかな?」
「何でしょうか、マスターミース」
「単刀直入に聞くけど、ゼニガーのことは嫌い?」
レドナは一拍おいてから、ポツリと呟く。
「大嫌いであります」
「どうしてかな?」
「人、だからであります」
「……人だから?」
ミースは首を傾げた。
レドナは今まで複数人の〝人間〟と出会ってきたが、不機嫌になることなどなかった。
むしろ、ゼニガーとは今まで上手くやっていたように思える。
急に仲が悪くなったのは、このゴロストンのダンジョンにやってきてからだ。
つまり『人だから嫌い』という表面上の意味とは何か違うニュアンスが込められているのだろう。
「そっか~」
ミースはそれ以上、問い質したり、否定も肯定もしたりしなかった。
ただ、小さな子を相手にするかのように優しい表情をする。
「俺は~……ゼニガーのことが好きだよ。あいつ、良い奴だし」
「……当機も、ゼニガーは良い奴だと思うであります」
「そっかそっか、嬉しいよ」
機械的に動いていたレドナの針仕事が止まる。
しばしの沈黙のあと、後悔の入り交じった声。
「逆に当機は悪い奴であります」
「そんなことはないよ」
「そんなことあります」
「大丈夫、俺が保証する」
「……そんなことを言っても……悪い当機はゼニガーに嫉妬してしまいました」
「嫉妬?」
ミースは言葉の意味がわからず、ついそのまま聞き返してしまう。
「ゼニガーは人で、当機は所詮〝人の形をした物〟であります」
「あ~……」
どうしてそんなことを意識するようになったのか、ミースは理解した。
ゼニガーが誤射されたあと『それにワイと違ってレドナはんは装備を付けられへんからなぁ~! ミースはんが作った装備を、ワイと違ってなぁ!』と言い放ってしまったからだろう。
その違いは、人か、人の形をした物か、ということなのだろう。
「当機は人ではありません。それは……マスターミースと生きる時間さえ違うということであります」
「レドナはすごく長生き、ということかな?」
「肯定、当機はメンテをしなくても半永久的に稼働できるボディであります。マスターが死ぬ瞬間を、当機はまた見なくてはいけません……」
(たしか、レドナは前マスターが亡くなったと言っていたな)
ミースはそのことを思い出すと、胸が締め付けられるような気持ちになった。
大切な人が目の前で亡くなってしまうというのは、想像しただけでも辛い。
ましてやミースからしたらプラムや、ゼニガー、レドナが死んでしまうということだ。
自動人形のレドナは、それを見続けることを宿命付けられている。
「えっと、あの……」
ミースはなんと言葉にしていいのか迷う。
生来、ミースは器用な方ではない。
人と上手くやっていけるのは、純粋な気持ちを口にしているだけだからだ。
しかし、今だけは――辛いとか、悲しいという気持ちだけをストレートに出したくない。
レドナのためだけの言葉を創り出したい。
「こ、こう思うのはどうかな……」
ぎこちなく、ミースは言葉を
「その、たとえば、飼い主とペットがいるとしよう」
「飼い主とペットでありますか?」
飼い主とは寿命の長いレドナのことだ。
ペットは寿命の短いミース。
それ前提で話を進める。
「飼い主は、ペットが死んでしまうととても悲しい。それこそ、親友だと思っているくらいだったら想像も出来ないくらい。でも――ペットからしたらどうだろう?」
「ペットからしたら……でありますか……?」
「うん。ペットからしたら、飼い主がずっと良くしてくれたなら、それは幸せな一生だったと思うよ」
もちろん、ミースはペットなど飼ったこともないので、自分はレドナと一緒にいると幸せだというたとえだ。
「だから、相手の気持ちからすると、そんなに悪くはないんじゃないかなって……」
きっと、レドナの前マスターも老衰で安らかに眠ったのなら、悪い人生ではなかったはずだ。
レドナもそれを思い出しているのか――
「涙……?」
「当機は……高性能ですので……」
レドナは自動人形ながら涙を流していた。
「マスターミース……当機はマスターたちを幸せにしているのでしょうか……?」
肯定、とミースは口調を真似する。
「少なくとも俺は自動人形のレドナがいてくれて幸せだよ。もちろん、人間のゼニガーも同じくらいに」
「……………………クルーゼニガーに謝ってくるであります」
「その必要はないみたいだよ」
いつの間にか聞き耳を立てていたゼニガーが、近くまでやってきていた。
申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ワイも……少しは……いや、結構……かなり悪かった……無神経なことを言うてすまんかった!」
「クルーゼニガー……」
あのゼニガーが珍しく素直に頭を下げている。
心からの真剣さが伝わってくるようだ。
「当機も誤射と、そのあとに背中を撃ちまくったのを謝罪するであります」
「もうええんや……。実はワイもな、レドナはんに嫉妬しとったんや」
「人ではない当機なんかに?」
「そうや。ワイはな、人であっても、そんな大層な存在じゃないんや。実際、装備がなくなったらゴミスキル【石になる】だけの存在。もっと強い人間なんていくらでもおる。それに比べて、レドナはんは装備がなくても強いやろ。特別な存在で、ずっとミースはんと一緒にいてやれる。そういうとこに嫉妬したんや」
それを聞いたレドナはポカンとした表情をしてから、子どものような笑みを見せた。
「お互い、無い物ねだりで嫉妬して馬鹿みたいですね」
「その通り、ほんま大馬鹿もんや。似てない種族で、似たもの同士のワイらは」
ゼニガーも悪ガキのような笑みを見せた。
ミースからしたらよくわからないことも多いが、何か勝手に解決したようでよかったとホッとした。
「マスターミースのたとえ話のおかげでありますね」
「そうやな、さすがミースや。あのたとえは刺激的やったわぁ~」
「いや、俺なんて全然……って、刺激的?」
ゼニガーとレドナは、うんうんと首肯した。
「大人しそうなミースが、まさかレドナをペットと言い切るとはな~」
「え?」
「まさか当機も、〝マスター〟の真の意味がそういう方向性だとは思いもしなかったであります。これからはペットとして頑張ります。にゃ~にゃ~」
「いやいやいや、ちょっと待って? どうしてそうなるの?」
どうやら二人は、ミースがたとえた役回りを逆の意味として勘違いしていたようだ。
ミースが、レドナをペット扱いというアレな感じだ。
それからボス部屋につくまで、ゼニガーとレドナは息を合わせて連携をするようになっていた。
結果的に変なイメージが付いてしまったミースとしては、嬉しいやら悲しいやらであった。
「ところで、レドナがペット側だったら、寿命のたとえはどうなるの?」
「なんか当機が良い感じにマスターミースを守って死ぬシチュのたとえとかを想像していたであります」
「ますます俺がヤバい奴に……」
「……ふふ、なーんて実は冗談であります」
ゼニガーとレドナは『最初から正しいたとえを知っていた』と笑いながらネタばらしをした。
知っていてイジったのだという。
その息の合ったもう一つの連携に、ミースは目眩を覚えたのであった。
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