裏切り

 ミースとゼニガーは夜遅くまで初心者ダンジョンでモンスターを狩り尽くし、酒場の二階にある木賃宿に戻ってきていた。

 ミースは満足そうな表情で、一方のゼニガーは疲労困憊だ。


「こ、この体力オバケ……」

「まだまだいけそうだよ」


 ゼニガーはバタンとベットに倒れた。

 ミースはそれを笑いながら眺めてから、自分もベッドに腰を下ろす。


「これで冒険者として何とかやっていけそうだ」

「そういえば、ミースはんは何のために町に出てきたんや?」

「俺は――」


 少しだけ言い淀んでしまった。

 まだ今日の朝の絶望を引きずっているようだ。

 しかし、友達のように思えるゼニガーに対しては話してもいいかもしれない、と思ってしまった。


「酷い境遇から救ってくれた女の子と会う約束をしていて、それで釣り合うように立派にならなきゃって……。でも、もう女の子の方に見限られちゃったから無駄だけどね。とりあえず冒険者はやってみようと思う」

「そっか、色々あるんやな」

「ゼニガーは?」

「ワイか? ワイは……逆に親に恵まれすぎてなぁ。何をやっても親の七光り扱いでウンザリしてたんや。せやから、自分の力でも何とかできるってところを示しとうて……と――まぁ、こんなくだらへん理由やで」


 嫌気が差したような表情で溜め息を吐くゼニガー。

 ミースは首をブンブンと横に全力で振って否定した。


「そんなことないよ! 俺はゼニガーの親はわからないけど、ゼニガーがそう思うんだったら大変だったんだろう! くだらなくなんてない!」

「そ、そうか?」

「それにゼニガーの力はすごいじゃないか! 俺一人だったら、何も出来ずに酒場で泣いていたはずだよ! ゼニガーがいたから、装備成長の力を発揮できたし、こうやって俺も自信を持てたんだ!」

「ははは……やめてぇや。ミースはんがすごいのは、元からミースはんがすごかったからや。ワイはちょっとだけアイディアを与えて背中をポンと押しただけの他人や」

「俺は他人とは思っていない、俺はゼニガーのことを――」


 友達だ、と言おうとしたところで、ミースの腹が鳴った。


「あ……」

「今日は色々とあったからなぁ……何か腹に入れて寝ようや」


 こうして、慌ただしい〝始まりの町アインシア〟の初日が終わった。




 そして――日が開けて目を覚ましたミースは、ゼニガーがいないことに気が付いた。


「え……? なんで……」


 ひのきの棒+99もすべてなくなっている。




 ***




「堪忍、堪忍してくれやミースはん……! ワイには金が必要なんや!」


 ゼニガーはひのきの棒+99を二本を抱き締めるように持って、全力疾走していた。

 向かっている先は違法な闇市だ。


「このひのきの棒+99は確かにすごい……けど、こんなに凄い物を簡単に量産できたら、すぐに価値が暴落してしまうんは目に見えとる……。やから、盗んででも今売らんと……」


 ひのきの棒は継続的に流通量が多く、いくらでも+99にする材料があるようなものだ。

 これをミースが作り続ければ、消耗品でもないので価値は大暴落するだろう。

 今ある最初の二本を、特別なこれだけの存在として闇市で売れば莫大な金がすぐに手に入る。


「ミースはんはこれからもアタリスキルで冒険者をやっていける。けどな……ワイはハズレスキルなんや……。冒険者としてやっていこうにも、無理に決まっとる……せやから、今すぐに大金を稼いで、それを元手に商売をするんや!」


 ゼニガーの言葉は、自らに言い聞かせるような感じだった。

 納得していなくても、今やらないといけないという追いつめられての覚悟。

 ミースから通報されたらゼニガー・エンマルクという男は指名手配されるかもしれない。

 しかし、それは仮の名だ。

 本名のミンネゼンガー・ホーエンベルクという名前までは到達しないだろう。

 歯を食いしばったような表情で闇市の中を進んでいく。

 目的は一番奥――ここらを取り仕切っている男のところだ。


「あぁん? なんだテメェは」

「か、買い取って欲しいもんがあるんや! SSRスキルが三つも付与された+99のレアもんやでぇ!」


 小さな倉庫に数人の厳つい男たち。

 いかにも盗品の扱いは慣れていたようで、ゼニガーからひのきの棒+99を二本受け取った。

 それを奥で控えていた不健康そうなローブの人物がスキル鑑定をかける。

 その結果を聞いた闇市の男たちは怒りの表情を見せた。


「……ガキが。舐めやがって」

「え?」

「このひのきの棒にスキルなんて付いてねーじゃねーか。+99とも書かれちゃいねぇぞ」

「そ、そんなはずは! 確かに、確かに+99でSSRスキルが――」


 闇市の男たちの様子から、ウソを吐いているようには見えない。

 この場所は法が届かないために、信頼を大事にしているのだ。

 ゼニガーは地面に押さえ付けられた。


「き、きっと普通の鑑定では見えないんや!」

「……オレらを騙すたぁ、良い度胸じゃねーか。そうだなぁ……目が節穴なら、その目を二度と使えなくしてやる……」

「や、止めてーや! そんなことしたら商人になれなく――あああああぁぁぁ」


 男達は赤熱化している火かき棒を持ってきて、抑え付けられて動けないゼニガーの目の前に持ってきていた。

 ゼニガーの長いまつげがチリチリと焼け、少し近付いてくるだけで眼球から水分が蒸発していくのがわかる。


「ぎゃああああああ」


 絶叫が響いた。

 しかし、それはゼニガーの絶叫ではなかった。

 火かき棒を持っていた男が、ミースに殴られての絶叫だ。


「ゼニガー、大丈夫か?」

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