一人じゃない

「武器スキルが解放される+99まで強化するためには、ひのきの棒をあと98個集める必要があるのか」


 絶望から這い上がるための――次の目標が決まった。

 しかし、目標設定をしてみると現実的な問題が出てくる。

 どうやってひのきの棒を98本も集めるか……だ。


「ダンジョンで98本も拾ってくる……? いや、そもそもダンジョンに行ったことがないからなぁ……」


 ミースに圧倒的に足りないモノ。

 それは町の知識だ。

 村での生活しかしてこなかったために、基本的な知識がすべて抜け落ちている。

 何をやればいいのか、どこから手を付けたら効率的なのか、目標到達までの青写真を上手く描けない。

 これはミースだからというよりは、村で生活していた人間なら百人中百人が陥る罠だろう。


「98本集めるって、改めて考えると多いよなぁ……」

「98本? 何の話をブツブツしてるんや?」

「あ、ゼニガー。おしっこから……じゃなくて、お花摘みからお帰り」

「まだそれ引っ張るんかい!」


 軽くツッコミを入れつつ、ゼニガーはミースの明るい表情をジッと覗き見ていた。


「なんや、ミースはん……何か良いことでもあったんかいな?」

「うん、実は――」


 ミースは素直に〝装備成長〟のことを嬉しげに話した。

 ゼニガーは目を丸くしている。

 ミースはそのリアクションで不安になった。


「……あれ? もしかして、町の人たちにとっては普通のことで、俺が何かすごいかもと勘違いしていただけとか――」

「ちょっと、耳を貸すんや。ミースはん」

「んぇ?」


 ゼニガーはスラッとした長い腕で、ミースの首をガッツリと抱き寄せた。

 そしてソッと耳打ちする。


「そのスキル、あまり他人には言わへん方がええで……ワイやったから良かったものの、そんな凄すぎるスキルは悪人に狙われるっちゅーねん……!」

「そ、そうなんだ!?」

「となると……ワイも実際に+99を見てみたい」

「さすがに98本のひのきの棒を集めるのは大変なんじゃ――」

「まぁ、任しとき。一瞬で集めたるさかい」


 ゼニガーはニヤリと悪いイケメンスマイルを浮かべて、ミースから離れた。

 そして、酒場の中へ大声で呼びかける。


「あーあー、ご静粛にご静粛に。ワイは商人なんやけど、買い取り募集や! ひのきの棒が欲しい! 一本、小銅貨一枚で買い取るでぇ!」


 酒場で飲んでいる多くの冒険者たちの視線が集まった。


「小銅貨一枚か、相場より少し高いな。よし、10本売った!」

「毎度ありぃ!」

「オレは23本あるぞ」

「おおきに!」

「こっちは――……」


 一瞬にして200本近くのひのきの棒が集まったのであった。

 その持ちきれない量にミースはポカーンとしてしまう。


「す、すごいな……ゼニガー……」

「商人は相場に敏感やからな! 即決価格ギリギリというのも知っとるんや。それにここいらの冒険者はドロップしたひのきの棒を薪や松明用に溜めこんどる。二階が宿のこの店なら、ストックしているのもすぐ取りにいけるっちゅうわけや」


 ミースは尊敬の眼差しで見てしまう。


「都会の人ってすごい……!」

「褒めてもゼニは出ぇへんでぇ! さて、ここから別の宿に移動も大変やから、今日はここに泊まる感じでええか、ミースはん?」

「うん、それくらいのお金なら持ってるから平気。あ、ゼニガーが買い取ったひのきの棒のお金は……」

「あとでなんやかんや返してもらうさかい。気にせんでええでぇ」


 早速、二人は二階に宿を取り、200本近くのひのきの棒を部屋に運び入れたのであった。




 ***




「よし、部屋の中なら安心や! 誰にも見られることはないでぇ! ほな、ワイに見せてみぃ!」

「う、うん……」


 宿屋は二人部屋の方が安いので、そちらを借りた。

 ベッド二つとテーブル、ランプなどしかない質素な部屋だ。

 それでも初めての宿屋なのでミースはワクワクしてしまっている。


「それじゃあ、合成していくよ」


 左手にひのきの棒+1、右手にひのきの棒。

 それをくっつけると、一つになって、ひのきの棒+2が誕生した。


「おぉ、合体したでぇ! こんなスキル、ほんまにあったんか……」

「今、このひのきの棒は+2って見えるかな。攻撃力も1+2」

「そこらへんのステータスは鑑定スキルがないと見えへんからなぁ……って、ちょっと待つんや! それも見えるってことは鑑定スキルも入ってる〝複合スキル〟っちゅうことかいな!?」

「あー、そういえば、そういうことになるのかな? お得だね」

「アホか! お得すぎるわ! どこが低レアやねん!!」


 たしかによく考えてみれば、低レアの性能ではない気がする。


「でも、レア度Fって……」

「バカかー!! それはレア度フェスや! フェス限定の神スキルやないかい!」

「何か罵倒されまくってる……ゼニガーひどい……」

「ちゃ、ちゃうわい。これは愛情表現や!」

「それはそれで気色悪いっていうか……」

「どっちやねん!」


 そんなやり取りをしつつ、黙々と合成作業を続けた。

 しばらくして――ひのきの棒+99が本当に完成したのであった。

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