自動腹ぺこ人形
「お腹が空いたであります、マスターミース」
依頼を終えて無事に帰ってきた三人。
闇市でハインリヒに報告をしていた。
「――というのが事の顛末です」
「どうもありがとう。ミース、ゼニガー」
「……ハインリヒはん、あんなヤバいモンスターがいるて教えへんで、本当はワイらを始末する気でもあったんか?」
「ははは、そんなことはないよ」
「そんなことないっちゅうけどなぁ……!」
場にピリピリとした険悪なムードが流れる。
しかし、そんなことも構わずレッドナインが頬をプクッと膨らませる。
「お腹が空いたであります、マスターミース」
「レッドナインはん、空気を読むんや……」
「当機は惑星環境から些細な人間の体調まで読むことはできますが、お腹が空いたので大変不機嫌です。空気なんて読みません」
「なんちゅうか、機械ってもっと規律正しいイメージやったでぇ……」
不審や怒りを抱えていたはずのゼニガーは、それらが萎んでしまったかのようだった。
あまりにもレッドナインが真剣な表情だからだ。
それを見ていたミースはふと当たり前の疑問を口にする。
「レッドナインは自動人形なのにお腹が空くの?」
「当機は半永久機関であるエーテル・コアが制限されているために、ジェネレーター出力に問題があり、それを食事で補うことになっています」
「つまり、何かを食べて魔力を回復させたいと……」
「肯定、慣れていない空腹は堪えがたいであります。これなら腕や頭をもがれた方がまだマシというもの。これ以上、お腹を空かせたら赤龍所属としての矜持を捨てて人間世界で暴れることもやぶさかではありません。がおー」
自動人形のくせに眉間にシワを寄せまくって、本当に機嫌が悪そうな表情を見せている。
コイツは本当にやると確信させるほどだ。
見かねたハインリヒが奥からクッキーを持ってくる。
「僕の焼いたクッキーで良ければ――」
「寄越せ」
言葉遣いすら危うくなったレッドナインはガッと奪い取り、皿ごとバリバリと食べ始めた。
それをゴクンと嚥下した。
「……美味ですが量が少ないであります」
「えーっと、レッドナイン。まだ話すことがあるから少し我慢できるかな?」
「肯定、当機ほど我慢強ければ3分は耐えられます」
全然我慢強くないと突っ込みたかったのだが、本当に三分後が危険そうなので手短に話を進めることにした。
「ハインリヒさん、あの神殿にいたモンスターは何なんですか?」
「ん~……そうだね。キミたちになら話してもいいか。アレは悪魔だよ」
「悪魔!?」
悪魔とは、一般的に人類に仇なす者と言われている。
神の使いである天使の対極の存在で、人知を越えた邪悪な力を持つ者。
モンスターが野生動物に近いモノで生きるために人類を襲っているのだとすれば、悪魔は享楽や悪意で人類を害する行動と取ることが多いと言われている。
契約に縛られ、それによって力を得る存在。
悪魔の王ともなれば人に化けることも出来て、何者をも凌駕する恐ろしい程の力を持っているという。
ただし、それらは噂程度の話で、ミースも悪魔を初めて見た。
「正確にはそのなり損ない。とある魔術師が悪魔になろうとしたけど失敗したみたいでね。あの神殿を根城にしていたんだ」
そう語るハインリヒは、どこか愁いを帯びていた。
まるで遠き望郷の友を語るかのような。
「そんな彼を、キミたちなら倒してくれると信じていたのさ」
「あの悪魔、俺たちの近接攻撃だけじゃ倒せそうにありませんでした。それでもですか?」
「ああ、それでもだ」
ミースは念押しして聞いたのに『それでもだ』と強く言われてしまった。
つまり、なぜかミースの能力を知り、レッドナインのこともわかっていて結果を予想していた……と考えるのが自然である。
「なぜ――と聞いて答えるくらいなら、最初から話してくれてますよね。わかりました、これ以上は聞きません」
それを肯定するかのように、ハインリヒはミステリアスな笑みを浮かべていた。
「ただし、他の事は話してもらいます」
「もちろんだとも。僕は今のところキミの敵じゃない――人類の味方だからね」
随分と含みのある言い方だが、聞いても無駄そうなので話を先に進める。
聞かなければならないのは大きく分けて三つ――プラムのこと、レッドナインの処遇、大収納で保管している悪魔の死骸。
「プラムのことを教えてください」
「プラムミント・アインツェルネ嬢のことだね。それを愛称で呼べるとは随分と親しいようだ」
「そう呼べと言われましたから」
「オーケー、実は待っている間にさらに詳しく調べてきたからそれも話そう」
ミースとしては意外だった。
手持ちの情報だけを報酬としているのだと思っていたら、追加で調べてきたというのだ。
言葉通りなら、こちらを軽く見られているということはなさそうだ。
「キミの知りたいことから話すと、プラムミントは自らの意志で婚約したのではない」
「本当ですか!?」
「ああ。本人とは接触してないが、侍女たちからの話としても――明らかに嫌がっているようだよ」
「理由は……!?」
必死なミースは顔を寄せ、ハインリヒに食いつくようだった。
ハインリヒは、そんな若者を羨ましそうな表情で見て、落ち着いた口調で話を続ける。
「さて、どこから話そうかな……。アインツェルネ家がなぜこの地域一帯の領主になっているか知っているかい?」
「い、いいえ……そもそもプラムの家が領主様だとは最近まで知らず……」
「それは現領主のデァルゴ・アインツェルネ――プラムミントの父親が15歳のときだ。彼は弱小貴族の六男だったが、冒険者になることを選んだ」
「領主様が冒険者だった……!?」
冒険者といえば戦って稼ぐイメージがあり、それが領主になるというのは信じられないことだった。
「まぁ、そんなリアクションになるよね。デァルゴはSSRスキル【聖騎士】を手に入れて、とあるダンジョンを踏破したというのが理由さ」
「SSRスキルで……とあるダンジョンを……? それで領主になったって、いったい……」
「誰も挑戦しない、割に合わない高難易度ダンジョン――聖杯のダンジョンさ。そこでボスから名高き聖杯をドロップさせて、このレーベントリプス王国の国王、ロイド・フィ・レーベントリプス陛下に献上したというわけさ」
「その……聖杯というのはそんなにすごいものなんですか?」
ミースは今まで聖杯というのを聞いたことがなかった。
もちろん、その聖杯のダンジョンというのもだ。
「効果は不明だけど、とにかく珍しいんだ。ダンジョンは聖騎士でもなければ攻略できないし、ボスを倒したとしてもドロップ率が凄まじく低い。そんな劣悪な条件が重なって、数百年経っても、まともな状態の聖杯は見つかっていなかったんだ」
「なるほど、つまり貴重なアイテムを献上して領主になったということですね」
「うん、その通りさ」
聖騎士でもなければ攻略できないというところは気になったが、今は話を先に進めたい。
「それで、その話がプラムにどう繋がるんですか?」
「聖杯がね、失われてしまったんだよ」
「失われた!?」
「王に所有権を移していても、管理はアインツェルネ家が任されていたからね。それを失ったと知れば王は怒り、領主の座は危ういだろう。――……で、タイミング良く代わりの聖杯を持ってきたのがウィル・コンスタギオンという男」
「ウィル・コンスタギオン……」
「彼が聖杯を渡す条件は、プラムミントと結婚することだった、というわけでね」
「これで話が繋がった……」
つまり、プラムは家のために、聖杯という物と交換で差し出されたのだ。
ミースの中に激しい怒りが渦巻く。
「それじゃあ……その行方不明になった元の聖杯を探せばプラムは!!」
「ああ、失われたというのは、壊れたという意味さ。現在、形ある聖杯はウィルの持ち込んだ一個だけだろうね。しかも、二人の結婚式は運命神の月23日正午――つまり3日後、強引に行われる」
「そんな……」
聖杯のダンジョンは聖騎士でもなければ攻略はできない。
しかも今日は運命神の月20日で時間もない。
これはつまり、もうプラムを助ける手段はないということだ。
ミースは伏し目がちに黙り込んでしまう。
そんな情けないミースを見て、今まで口を挟まなかったゼニガーが――ミースを殴った。そのまま襟首を掴む。
「ぜ、ゼニガー……何を……」
「ミースはんの想いはその程度なん!? ワイは詳しいことはわからんけどなぁ、ミースはんがここまでどんな想いで、プラムはんのために踏ん張ってきたのかは知っとるで!! 自分がどれくらいすごい人間か、殴ってでも思い出させたる!」
「ゼニガー……。でも、プラムからしたらただのお節介かもしれないし……。彼女からは二度も冷たくあしらわれてるし……」
プラムは、路傍の石のような存在であるミースに助けられて嬉しいのだろうか? そんな気持ちが弱気を誘う。
「まったく、ミースは女心がわかってないなぁ。それじゃあ、良いことを教えよう。これは大きな大きな貸しだよ」
「……ハインリヒさん、何ですか? もう俺なんて……」
「プラムミントは強い子だ。嫌な婚約者なんて拒否して、アインツェルネ家から出て行くこともできたんだ。なぜ、それをせずに我慢していると思う?」
「わかりません……俺なんかには……」
「キミのためだよ、ミース」
「えっ?」
一瞬、ミースは何を言われたのかわからなかった。
なぜ、どうして、プラムが好きでもないミースのために我慢をしているというのか。
「プラムミントは幼少期、命の危険に晒されたことがある。そのときに助けてくれた少年に恩返しをするため、随分と遠回しに援助をし続けたそうだ。それもかなりのワガママで、両親に大きな借りを作ってね」
「ま、まさかその相手って……」
「ミースに決まってるじゃないか、鈍すぎるぞキミは」
頭が混乱していた。
あれだけ冷たくされていたと思っていたのに、ミースのために両親に逆らわなかったのだ。
「好きでもない相手に、そこまで尽くせないよ」
思い返せば、スキルガチャチケットを譲られたのも、父親がまともな職について殴らなくなったのも、村が整備されて水くみの重労働がなくなったのも、学校で教育が受けられたのも――すべてプラムのおかげだったのだ。
それを少女一人が、領主とはいえ親に頭を下げて援助してもらったのだろう。
後にどれだけの重荷になるかというのも理解していたはずなのに。
ミースは今――どれだけプラムに想われていたのか知った。
胸の中が熱くなり、嗚咽を漏らして叫びたい気持ちに襲われた。
しかし、そんなことをしてもプラムのためにはならない。
自分ができることは何なのか、今すぐにでも全力で前に進むしかない。
「俺がプラムのためにできること、ありませんか……ハインリヒさん……」
「あるさ」
その一言で充分だった。
自分には、まだ可能性が残っている。
プラムを助けられるのなら何だってする。
「聖騎士でもないキミが聖杯のダンジョンを攻略して、聖杯を持ち帰る。分の悪い賭けだけど、キミならやるんだろう?」
「はい!」
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