レドナちゃん言うな

 ミースの、聖杯のダンジョンを攻略するという強い意志が込められた返事。

 横にいたゼニガーとレッドナインの二人も気持ちに応えた。


「ほなら、ワイも一緒に行くでぇ!」

「当機もです。マスターとなら、どこまでもお供するであります」

「ゼニガー、レッドナイン……!」


 二人がいれば心強い。

 聖杯のダンジョンがどんなに高難易度だとしても、負ける気がしない。

 ――というところで、ふと思い出した。


「あの、ハインリヒさん。レッドナインのことですが……」

「わかっているさ。神殿でレッドナインを手に入れたから、それはどう扱っていいのか、ということだよね? 本来なら依頼主である僕にも権利がありそうなんだけど――レッドナイン、キミはミースが好きかい?」

「肯定、善意に溢れたマスターなら当機も濫用される心配はありません」

「うん、それならレッドナインの意思に任せるよ。キミの赤龍ママは僕も怖いからね」

「感謝します。ついでにクッキーの皿まで食べてしまったことを謝罪するであります。ぺこり」


 レッドナインは人間ではできないような、急な角度で頭を下げた。

 ハインリヒはそれを見て優しく笑っている。


「さて、ミースが聞きたいのはあと一つかな」

「そうですね。悪魔の死骸についてです。一応、大収納に入れて保存はしているのですが……」

「冒険者ギルドに持っていってくれないかな。そこで追加の報酬や、取り出された魔石をもらえるように手配しておいたよ。ああ、それとレッドナインの冒険者カードも作っておいた方がいい」

「たしかに……何から何までありがとうございます、ハインリヒさん」


 ミースは、何だかんだあったがハインリヒには恩義を感じている。


「せやけど胡散臭い奴やで~」

「こら、ゼニガー……」


 それに関してはミースも同意である。

 善意は感じるのだが、何かそれとは別の大きな運命をミースに見いだしている気がするのだ。


「それじゃあ、ハインリヒさん。俺たちは冒険者ギルドに行ってみます」

「ああ、ちょっと待った。レッドナインはそのままじゃ目立つだろう。闇市で流れてきた衣服を見繕ってあげよう」




 ***




 ミースたち三人は再び冒険者ギルドにやってきていた。

 前回とは違い、異常なまでに視線を感じる。


「マスターミース。目立っているであります。よっ、当機のマスター美少年」

「いや、レッドナインが目立っているんだよ……?」

「またまた、ご冗談を」


 ハインリヒが、レッドナインに着せてくれた衣服。

 それは元の赤いテーブルクロスを縫ったドレスに合うようにしたものだった。

 特徴としては球体関節が見えていると目立つので、高級なマジックシルクの長手袋、ニーソックス、下着、フリルチョーカー――と、どことなくゴシックで神秘的な雰囲気を漂わせる。

 そして、レッドナインはスタイルが非常によく、しかも顔立ちも人形のように――というか人形なので恐ろしく整っているのだ。

 そんな人間離れした美しさの女性がやってきたのなら、目立つのも当然だ。


「……ワイ、レッドナインはんが全裸でツルッツルのときよりも、服を着ていた今の方が見ていて変な気持ちになってまうでぇ……」

「何か人形差別を受けた気がしたであります」


 レッドナインは人間に近い表情で、汚物を見るような半目をしていた。

 それもまた美しいと感じるのか、周囲のギャラリーの羨ましそうな視線が集まる。


「ねぇ、レッドナイン。一挙手一投足が目立っているよ……」

「マスターミースがお困りなら、なるべくは目立たないようにした方がよさそうですね」

「そういえば、闇市でも言われとったけど、レッドナインはんも冒険者カードを作った方がええんちゃう? 身分証がなかったら面倒やし。……いや、でも、自動人形の手で冒険者カードって反応するんか?」


 基本的に冒険者カードはミースたち人間のものだが、獣人や半魔族もカードを使っているというのも聞いたことがある。

 それなら自動人形もいけるかもしれない、と思ったのだ。


「肯定、当機がカードを作ることは可能です」

「そうかぁ。それなら悪魔の死骸引き渡しと同時にカードも作っちゃ――」

「改ざんで」

「……改ざん」


 レッドナインが何か不穏なことを言った気がする。

 ミースはついついオウム返しになってしまったが、聞き間違いだったかもしれない。


「ええと、普通に冒険者カードを……」

「当機のマシンパワーはスーパー量子コンピューターを軽く凌駕します。バレない、大丈夫、絶対」

「レッドナインはん、所々ポンコツやからなぁ……」

「む、言いましたねクルーゼニガー。それなら完璧に人間の履歴を作り上げましょう」

「人間の履歴っちゅーても、レッドナインという名前がすでに人間っぽくないやろ~……。お隣にレッドナインっちゅーのが引っ越してきたら、お近づきの印に生ものは贈呈しにくいでぇ」

「0.000000000000001理ありますね」

「すくなっ!?」


 ネタっぽいやり取りをしているが、たしかに名前というのは大事だ。

 傾向として人間種族っぽい命名法というモノもあるし、それらは獣人や魔族にも言える。

 もちろん人間でレッドナインさんがいる可能性もあるのだが、実際の整いすぎた外見のレッドナインが名乗ったら即バレだろう。

 モンスターか何かと間違えられて狩られてしまう可能性もある。


「マスターミース、当機に人間としての名前をください。名字はもちろんミースリーです」

「……そこは確定なんだ」

「ミース・ミースリーの姉設定ですから」

「随分とポンコツな姉やなぁ」

「のんのん、ハイスペック姉であります。クルーゼニガー」


 いきなり姉が出来てしまうことになったミースだが、一人の名前を考えるということで真剣になっている。

 人間で、姉っぽい名前。

 それでいてレッドナインからかけ離れすぎたイメージというのもダメだろう。

 あとは響きも美しい彼女に相応しいものでなければいけない。

 うーん、うーんとしばらく考えたあと、ミースは答えを出した。


「レドナ……っていうのはどうだろう?」

「ミースはん、レッドナインだからレドナって安直やなぁ」


 ゼニガーとしては笑っていたが、当のレッドナインは――


「レドナ……レドナ……それが当機の名前……マスターミースが付けてくれた名前……」

「ど、どうかな?」

「肯定! 最高であります! 当機はこれまでにない昂ぶりを感じてCPUが爆発しそうであります!」

「爆発はしないでね!?」


 レッドナイン改め、レドナはミースの手をギュッと両手で包み込むように握りしめた。


「マスターミース、私の名前を呼んでください!」

「れ、レドナ……」


 ミースは、レドナの手の柔らかさを感じていた。

 球体人形の身体なのに、なぜかソフトな肌触りでほのかに暖かい。

 関節部さえ見なければ完全に人のようだ。

 それも美しい女性なのだから、ミースも照れてしまう。


「もう一回!」

「レド……ナ……」

「もういっか~い!」

「レドナ!」


 レドナは端正な顔立ちをフニャリと崩して、幸せそうにしていた。

 まるで日向に寝転ぶ猫の表情だ。

 それを見てイジりたくなったゼニガーも名前を呼ぶ。


「レドナちゃ~ん」

「レドナちゃん言うな」


 ゼニガーに対してはピシッと否定。

 このことをゼニガーはたまに思い出して落ち込むことになったというのは秘密だ。

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