一日目のキャンプ

 時間は夜になっていた。

 今日はこのまま聖域でキャンプを行うことにした。

 ミースが大収納から薪や水、調理器具、大型のマント兼毛布などを取り出してキャンプの準備。

 その間にレドナが包帯を使ってゼニガーを治療しようとしている。


「……アザだらけであります」


 青銅の鎧が外れて、筋肉質になってきているゼニガーの肉体が見えた。

 今までの戦闘を物語るような打撲や擦り傷が沢山だ。


「レドナはんだって、何とかパンチの影響で手が壊れとるで……」

「何とかパンチじゃなくて、ZYXパンチであります。ZYXとは赤龍所属のいわゆる人型機械の総称で――って、それはどうでもいいであります。手はナノマシンによって明日には完全修復ですから」

「そうか、レドナはんの手は直るんやな。よかった」

「良くないであります。クルーゼニガーの身体も治すであります。消毒液代わりにポーションをかけて、包帯を巻いて、ポーションを飲ませて……」


 レドナの包帯の巻き方は意外と手際が良かった。

 もしかしたら、以前のマスターにも治療を施していたのかもしれない。


「おおきに、レドナはん」

「そんな普通にお礼を言うなんて気持ちが悪いので止めるであります……」


 レドナは引け目を感じていた。

 二人が危ないときに、一人で安全な後方にいたからだ。

 エーテル・コアの機能が制限されているために、戦闘では弓を打つだけ。

 二人は役立っていると言ってくれそうだが、本人からしたら焦燥感がある。

 何か機械人形でも使える装備があれば――と考えたところで、ふと思い出した。


「治療終了であります。……ところでマスターミース、先ほどナイチンゲールからドロップしたアイテムを鑑定して頂けませんか?」

「あ、うん。ちょっと待って」


 ミースは手早く薪に火を付け、水を入れた鍋を火にかけた。

 しばらくすれば温かい飲み物が飲めるだろう。

 手空きになったミースは大収納からナイチンゲールのドロップ品を取り出して鑑定した。


【ナイチンゲールのコア:医療用の魔道具にも使われる、滅多にドロップしないレア素材】


 そう書いてあったのだが注意深く見ると続きの文章が見えてきた。


【ナイチンゲールのコア:医療用の魔道具にも使われる、滅多にドロップしないレア素材。ヒーリングを使用するためのパーツとしても使える】


 聞き慣れない単語にミースは首を傾げる。


「パーツ……?」

「パーツなら、当機の中に装着できるかもしれません」

「ちょ、ちょっと待って、レドナ。こんな得体の知れないものを身体に取り付けるなんて……!?」

「ですが……」


 人間がする装備と違って、この場合は臓器移植のようなものだ。

 どんなことが起きるか分からない。

 軽度な不具合や干渉などならいいが、最悪の場合はレドナの人格がナイチンゲールのモノになってしまう可能性もある。


「そうや……レドナはん。止めときぃ……」

「クルーゼニガー、まだ寝ていてください」

「ワイに負い目を感じてるなら、それは馬鹿にしてるっちゅーことや……。盾が盾としての役割を全うしただけなんやで……」

「……」


 レドナは何も言い返せず、用意してあった茶葉を使って、コップに温かい飲み物を注ぎ始めた。




 その夜は全員が心身共に疲れていた。

 初めてダンジョンでの挫折。

 キャンプ経験も初めてで晩飯は生煮え野菜の塩スープ、黒パン、塩漬け肉と味気ないものとなった。

 胸の奥底にあるのは不安と悔しさだったが、身体は正直なようで――自然と泥のような眠りが訪れた。




***




「アラーム:午前七時をお知らせします――であります」

「さぁー、朝やで! 元気よく二日目出発やー!」


 現在は朝――なのだが、ダンジョンの内部なので朝日は見えない。

 冒険者たちは慣れてくると体内時計で自然と正確な時間がわかるというが、今はレドナの時計に頼っている。


「ゼニガー、もう身体は大丈夫?」

「身体の節々がちょっと痛むくらいや。支障はあらへん」

「そうか、よかった」

「これも治療してくれたレドナのおかげやな。ありがとうな」

「当機は当機の役割を果たしたに過ぎません。……それこそ誰かさんのように」


 ゼニガーが復活したことにより、昨日の夜よりは全体が明るくなった気がする。

 相変わらず不味い残り物のスープなどを朝食として、二層の攻略を再開することにした。




「っしゃ! リベンジや!」


 幸いなことに途中のモンスターは再出現がまだだったため、前回の地点まですぐに移動することができた。

 遠くに見えるのはリビングデッド、ナイチンゲール、ゴロストン、レッドグーミスライムの敵PTだ。

 それを発見したゼニガーが、前回と同じように盾を構えて猪突猛進しようとしたのだが――


「クルーゼニガー、お待ちください」

「なんや、レドナはん?」

「昨日、色々と演算したので試したいことがあります」

「試したいこと……?」

「実は――」


 レドナがしてくれた説明はこうだ。

 いつも敵のヘイトを集めるためにゼニガーが突っ込んでいくのだが、それではすぐに敵全員の攻撃を食らってしまう。

 一対一なら問題はないが、回復手段の乏しい現在ではダンジョン走破の持久力に欠けるというのだ。

 そこで最初はレドナが弓で攻撃して、敵を引きつけるという。


「正気なんか、レドナはん!?」

「現在、CPUは正常に作動中であります。これなら先制攻撃のメリットも得られるし――」

「盾装備のワイならともかく、レドナはんが敵PTから攻撃を食ろうたら……」


 敵を殴っただけで砕けてしまった繊細な手を思い出す。

 今はナノマシンによって修復されているが、それは時間をかけてだ。


「当機に近付いてきたら、ゼニガーがギリギリでターゲットを奪い取ってください」

「せやけど……」

「クルーゼニガーならできるであります」

「うっ」


 それは、ゼニガーの盾の仕事を信頼しているということだ。

 こう言われたら、どうしようもない。


「ああ、もう……わぁったで! ただし、危なくなったらレドナはんは逃げるように!」

「肯定……としておくであります。では、いきます。――星弓!」


 レドナは矢を放つ。

 ターゲットはナイチンゲール。

 見事、脚に命中。


「おっ、これは!」


 動きが鈍ったナイチンゲールが合流できず、ミースたちに向かってきたのは残りの三体のみだ。

 ゼニガーがタゲを取ってから、リビングデッドを集中攻撃する。

 背後から回復が無いのでスムーズだ。

 中の邪霊を含めて手早く撃破したところで、やっとナイチンゲールが合流してきた。


「これならいける!」


 敵PTは最大の攻撃力を失ったので、そこからは一方的に倒して行く。


「星弓!」

「おらぁ! こっちを見んかい!」

「我流――〝日ノ軌ひのき二刀〟!」


 魔素となって消え去っていく敵PT。

 見事、討伐に成功した。

 ドロップ品は石つぶて、銀の剣、レッドスライムグミだ。

 どうやらナイチンゲールのコアはよほどレアなようで、ドロップ率アップが付いていても落ちないことがあるらしい。

 それと――


「ナイトの方じゃなくても、銀の剣がドロップするのか」

「ほな、ただのリビングデッドも含めてあと98体倒せば+99やな!」

「よっぽどのことでも起きない限り、このダンジョン探索中には無理……! うーん、ここのダンジョンボスへ特攻になりそうなスキルだったんだけどな~」


 こうして、レドナの星弓による初撃釣り戦術が功を成し、PTを組んだモンスター相手にも戦えるようになっていった。

 道中の敵を次々と撃破して、三人はすぐに二層の中ボスまで辿り着いたのであった。

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