顔見せ
一行は開かれた門から先に進む。
本拠地の内部はミースの興味を惹き、つい物珍しそうに眺めてしまう。
雰囲気は神秘的な古代遺跡に近いだろうか。
表面は粗い石造りのように見えるが、ほのかに輝いて光源となっている場所が複数ある。
通路は巨人が通るためのような大きさがあって、まるで巨人の国に迷い込んだ気分だ。
しかも、そのサイズの通路に合わせたような部屋がいくつも並び続けている。
道も複雑に広がりを見せ、この〝建物〟の規模が把握できない。
「うわぁ~……想像していたより広いし、いっぱい部屋がある。あ、今通ったところ、遠くに畑が! 室内なのに!」
「はぐれないようにするんだぞ、ミース。この本拠地は1000メートルはあるらしいからね」
「1000メートル!? 規模が大きすぎてよくわからないです……」
「実は……僕も隅々までは知らないくらいだ」
しばらく歩き続けたところで、ふと疑問が湧いてきた。
「あの、これはどこへ向かっているんですか?」
「あー、それは――」
ハインリヒが答えようとしたところに、ルインが言葉を挟んでくる。
「耳の大地に向かっているんだぞ」
「……耳の大地?」
ミースは首を傾げた。
耳の大地という言葉は聞いたことが無い。
大地に耳がいっぱい生えているようなイメージをしてしまうが、ちょっとコミカルだ。
「エルフのとんがった耳とか、ルインの猫耳みたいなのが生えているの?」
「な、なんだその想像は!? あと、アタシのは猫耳に見せかけたライオン耳だ……たぶん……」
ルインはフードを少しだけズラして獣耳を見せてきたが、その三角形の形はどう見ても猫だ。
ライオンは先が少し丸まっている。
「なんやルインはん、もしかして自称ライオンの猫かいな?」
「ぶん殴るぞ木偶の坊……!」
ルインとゼニガーが取っ組み合いになりそうだったが、ハインリヒが止めに入る。
「こらこら、ルイン。汚い言葉は止めなさい」
「はい! ハインリヒ様! これからは『お殴り遊ばしますわ』と言います!」
「どこの言葉だい……それは……。とまぁ、ルインの感性は独特でね。この耳の大地というのも面白いから部屋の名前に採用されたわけさ」
たしかにレドナの感性に近い気がする。
「ええと……具体的には耳の大地という部屋で何をするんですか?」
「黄昏の十剣人専用の会議室みたいなもので、そこでキミたちの紹介さ。どれ、丁度ついたよ」
話していて気が付かなかったが、眼前に巨大な扉がそびえ立っていた。
巨大な扉が自動的に開き、その中の空気が漏れ出す。
何か凄まじい圧を感じる――それは中から向けられる視線だった。
ただの視線のはずなのに、何倍もの重力をかけられているようだ。
「ほう、その子が団長がスカウトしてきた相手なんじゃな?」
室内に規則的に置かれている椅子とテーブル。
そこに四人の老若男女が座っていた。
(十剣人なのに四人……?)
レッドエイトは来ていないので、実質五人のお目通しということだろうか。
「よし、今日からやっていく仲間だ。まずはお互いに自己紹介をしようじゃないか」
「はぁ~? いくら団長が連れて来たつっても、新人冒険者のザコでしょ~?」
ミースよりもかなり幼い少女が、緑色のツインテールを揺らしながら不満を漏らした。
その頭には角、背中には翼、尾てい骨辺りから太い尻尾が生えているために竜種なのだろう。
竜と言えば人間とは次元が違う高位種族だ。
子どものような言動だが、圧倒的な強さに裏打ちされたものだと本能で感じる。
立場は捕食者と被捕食者だ。
「みんなウズウズしてるし~……ルーが試してあげる!」
そのルーという竜の少女は言葉を発した瞬間、消えた。
風が吹いたと感じたら、背後に気配を感じた。
ミースは急いで振り返ると、短剣が目の前に突き出されていた。
その速度に驚いたのだが、それと同時にルーも目をぱちくりさせて固まっていた。
「こらこら、ルー。
「んぁ~……やっぱり団長には敵わねぇ~……」
ルーは、ハインリヒに首根っこを掴まれていたのだ。
ミース達の目からは見えない速度だったのに、それをいとも容易くだ。
このギルド上位の桁違いの実力がうかがえる。
「ヒョヒョヒョ、ワシだったら地面を足で小突き崩して団長に防がれないようにするかのぅ」
「アルヌールも怖がらせるような冗談は言わないように」
ルーが椅子に座り直したところで、ハインリヒがコホンとわざとらしく咳払い。
「ミース、ゼニガー、プラムミント。ようこそ、
「レッドエイトはんにも殴りかかられたし、あんまり歓迎されてるようには思えへんのやけど……」
「うっ、痛いところを突くね、ゼニガー……。ちょっと個性的な面々が多いけど、そこは気にしないでくれるとありがたい」
ハインリヒもハインリヒで、色々と団長としてまとめ上げるのは大変なようだ。
「えーっと、それで仲良くなるにはまずお互いを知る。自己紹介を改めてお願いしたい。いや、ほんと頼むよ」
「はい! わかりました!」
「さすが良い子だ! ミース!」
ミースは視線に緊張しながらも自己紹介を始めた。
「俺はルゲン村、モース・ミースリーの息子。ミース・ミースリーです! 誰よりも強くなるために
「ザコが誰よりも強くとは大きくでたなぁ、オイ? どうせ下らねぇ理由だと思うけどさぁ、何で誰よりも強くなりたいんだよ?」
ルーがケラケラと笑いながら聞いてきた。
ミースは真剣に答える。
「もう目の前で仲間を死なせないためです」
「……あ~前言撤回、下らねぇ理由とか言って悪かったな。だが、テメェがまだザコなのは変わらねぇ。それは覚えておけよ、ザコミース」
「はい!」
ルーは何か思うところがあったようだ。
口は最高に悪いが、口角がつり上がって尻尾がピョコピョコ動き、機嫌が良さげだ。
次の紹介はゼニガーの番だ。
「ワイは……ただのゼニガー・エンマルクや! 頼れる盾を目指してるんで、よろしゅうな!」
「ヒョヒョヒョ、
「あ、あんさん。じーちゃんを知っとるんか?」
「昔の戦友じゃよ。まぁ機会があったら思い出話でもしてやるわい。それに盾役はいつも不足しとる、期待しておくぞい」
十剣人に所属するほどの老人が、ゼニガーの祖父と知り合い。
これは機会があったらぜひ聞いてみたいところだ。
最後はプラムの自己紹介となった。
「わ、私は……アインツェルネ領主デァルゴの娘。プラムミント・アインツェルネよ……」
自己紹介のあと、無音の間が続いた。
普通ならプラムは領主の娘として持てはやされるのだが、ここは
十剣人は歯牙にもかけないようで、誰も反応をしない。
プラムは自分だけ仲間外れにされているようで悔しくなったが、今は心の中にギュッと抑え付けておく。
「それじゃあ、十剣人側も軽く自己紹介を頼む。といっても、今は半数以上が来てないから四剣人だけどね」
「はーい、ルー知ってる~。あの〝ショタ料理人〟はワールドクエストにかこつけて熟女をナンパに行ってる~。んで、引きこもりの〝吃音王〟はいつも通り~。他もそんな感じ」
「こらこら、マジメにワールドクエストでいない十剣人もいるんだから……。丁度いいから、自己紹介はルーから時計回りで」
「あいあ~い」
ルーはストッと椅子から飛び降りた。
小さすぎて足が着いていなかったようだ。
「ルーは跳躍侯ルーだよ~。見ての通り、竜人。それも風竜人なんだ。年は十歳だけど、立派なレディーなのでそこんところ、ザコ共よろしく~! ちなみにスキルはヒ・ミ・ツ」
緑色のツインテールをなびかせ、ビシッとピースでモデルのような前屈みポーズを決めていた。
きっと大人のアピールだろう。
服装は動きやすい半ズボンの軽装となっていて、それが子どもっぽさを助長しているように思えるが、本人に言うと怒られそうなので黙っておいた。
「ワシは老練伯アルヌール」
異常に分厚いロングコートを猫背で着こなしている老人。
亀を思わせる雰囲気だ。
「妾は賢王ナバラ」
格式高そうな法衣を纏ってシャンと立っている老婆。
「好戦伯ゾンネンブルクだ」
この場に似つかわしくない普通の格好をした褐色メイド。
シンプルすぎる一言の自己紹介が続いたが、これは今来ていない残りのメンバーも一筋縄ではいかない予感がする。
「で、僕が
「ワールドクエスト? 言葉だけは何度か耳にしたような……」
「ワールドクエストとは、世界の行く末を決めるクエストのことさ」
ミースはふと疑問が浮かんだ。
クエストとは、普通は個人や組織から受けるものだ。
世界規模のクエストが日常的に発生するとは考えにくい。
「そんな大きなクエスト、どこから依頼が……?」
「神様がガチャで投げてくるのさ」
規模の大きさに恐れながらもミースは納得した。
この世界は神々が干渉してくるというのはガチャンダナ神殿でも経験したことだ。
スキルガチャのように、ワールドクエストという名の試練をガチャで人間に与えてもおかしくはないだろう。
「具体的に、ワールドクエストってどんなものなんですか?」
「そうだね……特殊な例だけど、始まりの町での出来事もワールドクエストの一環だったんだよ」
「えっ!?」
「あのワールドクエストは条件として
「毒のゼンメルヴァイツ――ウィル・コンスタギオンもワールドクエストの参加者だったんですか……?」
たしかにウィルも何かそれっぽい事を言っていたような気がする。
「詳細は省くが、悪魔側とワールドクエストを争うことも多い。もっと単純なワールドクエストだと、お互いに剣を交えるだけですぐ結果が出るものもあるからね」
「いったい、何のために……?」
「良い質問だ。一つはワールドクエストが失敗すると様々なペナルティが科せられることがある。そして、もう一つの理由はキミだ――ミース」
「俺が……ですか?」
「そう、ワールドクエスト達成で報酬が得られるのさ。で、今回の報酬はキミだったんだ。そのスキルを含めたキミがどちらの陣営の所属になるかという報酬」
「報酬、しょぼくないですか?」
「とんでもない、自分を過小評価しすぎだよ」
そうは言われても実感が持てない。
ミースは釈然としなかったが、その場は解散となった。
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