届かぬ想い

 プラムと婚約者がよく行くという散歩コースを聞いたミースは、何も言わずに走り出した。

 色々と察したゼニガーが『噂程度のことだけで何しに行くっちゅうねん!?』と止めようとしたが、それを全力で振り切った。

 ミースは――今はただ、プラムと話したかった。

 だから走る。

 町の街路樹が流れ、曲がり角にぶつかり、人に当たってよろけ、転び、顔が泥で汚れる。

 それでも止まらない、衝動が矢印のように指し示していく。

 疲れないはずなのに、彼女の後ろ姿を見つけた瞬間に息が上がり、動悸がズクンズクンとけたたましく鳴り響く。


「プラム!!」


 美しい桃色の髪の彼女が振り返る。

 その神秘的な紫の瞳が驚きに満ち、口を開こうとした。

 だが、すぐに押し黙ってしまった。


「失礼ですが、キミは誰ですか? プラムミントの知り合い?」


 婚約者らしき貴族が前に出て、プラムのことを片腕で遮るようにしている。

 ミースを警戒しているのだろう。


「俺、プラムと話がしたくて!! ありがとうって言いたくて!! 本当の意味で助けてくれた、キミに!!」

「……知らない人だわ。でも、アインツェルネ領に住む人間です。傷付けないように」


 プラムは冷たい表情であしらった。

 婚約者の男が護衛に指示をして、ミースを取り押さえさせる。


「それじゃあ、行こうかプラムミント」

「……はい」


 ミースは護衛の隙間から微かに見えるプラムに向かって叫んだ。

 魂から声を出すように、自らの意志を。


「今度は俺が――プラムを助ける! 絶対に!」


 プラムと婚約者は馬車に乗って行ってしまい、見えなくなった。




 しばらくしたあと、息を切らしながらゼニガーが追いついてきた。


「ぜぇはぁ……ミースはん……そのプラムミントはんには会えたん?」

「会えた……でも、冷たくあしらわれた」

「そらぁ、領主の娘さんと、ワイたち平民は身分格差が大きいからなぁ。それにお家がお取り潰しになるっちゅうのも噂程度で、詳細はわからんし……」

「……そうか、そうだ! まずはそこから調べなきゃいけないんだ! ありがとう、ゼニガー! 気付かせてくれて!」


 勢いだけで、実際にどう行動して良いのか考えていなかったミースは、ゼニガーの両手を握って感謝した。


「はぁ……どういたしましてや。で、具体的にはそんな情報を扱ってそうなところとなると……あそこかぁ……昨日の今日で顔を出しにくいんやけどなぁ……」

「えっ、どこか教えてくれそうな場所があるの!?」

「ミースはんも知ってる場所――闇市や」




 ***




「やぁ、僕の煎れたお茶はどうだい?」


 ミースの目の前には可愛い絵柄のティーカップが湯気を立て、クッキーまで用意されている。

 対面の席に座っているのはだらしない男――闇市で団長と呼ばれていたハインリヒだ。


「キミたちが来てくれて嬉しいよ」


 数分前、再び闇市に訪れたときは彼の部下たちが緊張した面持ちで出迎えてくれたのだが、ハインリヒの一声でお茶会となったのだ。

 そういうわけで、なぜかミースとゼニガー、ハインリヒとでテーブルを囲んでいる。


「ど、毒とか入っとらんやろうな……?」


 顔に焼きごてを当てられそうになったこともあって、ゼニガーは警戒しているようだ。

 しかし、ミースはそんなことも気にせず。


「頂きます」

「なっ!?」


 紅茶をグイッと飲み干した。

 ゼニガーとハインリヒは驚いた顔をしていた。


「アホか! ミースはん! 毒でも入ってたら――あ、そうか。毒無効の効果があったんやな」

「毒無効……忘れてた。実は紅茶は初めてで、飲んでみたくって……」

「ほんまもんのアホやった」


 ハインリヒも呆れていたが、それはゼニガーとは別方向でだった。


「ミース……それ、熱くないかい?」

「はい、熱かったです! でも、美味しかった!」

「あっははは! 色々な意味で面白い子だ! お代わりはあるから、今度はゆっくりと味わって飲んでくれよ。ダージリン・ザ・オータムナルという茶葉で、秋摘みだけを使っているんだ。まさに王道のしっかりした紅茶という感じで、ミルクティーにしても味わい深い」


 どうやら、ハインリヒは自分が煎れた紅茶を褒められてご満悦のようだ。

 その後にハインリヒが紅茶を口にしたのを見て、ゼニガーも警戒しながら口を付けた。


「まぁまぁな質の茶葉やな。しかし、煎れ方がちょっとあかん気がするでぇ。あとワイはアッサムの方が好きやな」

「へぇ、南方の珍しい茶葉かい? ここらじゃ貴族でもなければ手に入らない逸品だと思うけど――」

「そ、そんなことより、ワイらは情報を調べにきたんや!」

「ほう? 聞こうか」


 ミースは事情を説明した。

 ハインリヒは黙ってそれを聞き終わったあと、ちょっと待ってくれと言った。


「なんや? 渋るんか?」

「いや、僕は重大な考え事をするときはお茶を飲みながらじゃないとダメなんだ。癖でね」

「野外だと大変そうやなぁ」

「我ながら難儀だよ」


 ハインリヒは軽く笑いながら、空になったティーカップにお茶を注いでいた。

 砂糖は入れずにストレートだ。

 飲みやすい温度になっているのか、ハインリヒはすぐに口を付けた。


「ふぅ、落ち着く。……さて、こちらも情報を売るとなると、それなりの対価が欲しい」

「お金ですか……?」


 普段は金が必要ないので売らないが、状況が状況ならば成長させた装備を思い切って手放すということもできる。

 ミースはそれくらい真剣なのだ。


「いや、依頼を受けて欲しくてね」

「なんや、たかが情報くらいでケチくさいやっちゃなぁ」

「あはは、。情報というモノの重要さを知った上で、敢えて無知を装って挑発して値切ろうとしているようだね。頭の良い子だ」

「チッ、食えへん奴や」


 ハインリヒは眼を細め、それこそ挑発するように言ってきた。


「僕は悪い大人だよ、どんな事情があろうと対価はもらうさ。あ、もしかして騙してるって疑ってるかい? ミース」

「平気です。騙していた場合はあなたを殺しますから」

「…………怖いねぇ」


 真顔で純粋な気持ちをぶつけてくるミースは、ハインリヒの交渉という仮面を引き剥がすくらいには強烈だった。

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