第41話



 再びやってきた市役所。平日なので駐車場が開放されている。


 しかし用があるのは裏の物置だというのだから悪いよな。


 小心者なおじさんとしては、駐車場の端の方に車を駐めて気持ちを誤摩化す。


 車の中で着替えを済ませ、仮面を被れば出来上がり。


 不審者だ!


 現実の変身シーンに絶望した。美少女だけなんだな、変身を許せるのって。


 流石に結界を張っての着替えだったから、外から覗かれることは無かったんだろうけど……変な趣味に目覚めたらどうしてくれる?


 やはり部屋で着替えてくるべきだったか? いやいや、仮面付けたスーツのおっさんが運転する車なんて良い被写体でしかない。特定まで余裕。


 これ以上おじさんを終わらせないで欲しい。


 よし、行くとするか、副業を探しに!


 あくまで副業ね? 危険度の少なげで空き時間にできるやつ。


 気合いを入れて車を降りる。黒猫を外に出してドアをバタン。近くを歩いていた小学生ぐらいの男の子がビクリ、驚いている。


 おっと、いかん。気をつけなければ。


 不思議そうに首を傾げている男の子の隣を通り過ぎる。


「なんか、いま……?」


「オートロックだよぉ」


「あー、おーとろっくかあ! ……うん?」


 キョロキョロと辺りを見回し出した男の子を置いて、駐車場を横断する。無事、車から注意を逸らせたようだ。


 先日と違って、そこそこの人出となっている市役所。多いのはジジババ。


 目の前にも杖をついているおじいちゃん。


 市役所の入口を横切る必要があるので、おじいちゃんの後ろに着く。勿論、距離を置いてだ。抜かりはない。


 ……それにしても、このおじいちゃん……歩き方が不安定だなぁ。もしかして目も悪いのかもしれない。付き添いとかいないのだろうか?


 ハラハラしながら市役所の入口へ向かうおじいちゃんを見守る。


 すると市役所の入口から出てきたガタイのいい男の足が、おじいちゃんのついていた杖に当たった。


「あ、すんません。……大じょっ?!」


「ぉお? ……ああ、よかよか」


 いやよくねえよ。


 バランスを崩したおじいちゃんを、咄嗟に後ろから支えたから事無きを得ただけである。


 ぶつかった方も悪気は無かったのだろう。頭を下げておじいちゃんを心配していた……が、微妙に宙に浮いていることに気付くと言葉を失っていた。


 よいしょ。


 軟着陸させたおじいちゃんに、ガタイのいい兄ちゃんが目を見張っている。


「あれ? あ、あれ?」


 狼狽を隠せない若人をすり抜けて、市役所の裏手へと回る。


 そういえば市役所の人間は、こういった秘密を知っているのであろうか?


 ふと疑問に思ったので黒猫に訊いてみる。


「なあ、こういう霊安局への入口ってさぁ? その土地の所有者とか、建物を管理してる人とかそこで働いてる人とかは知ってんのかなぁ? ここだと市役所の職員さんとかだけど」


「分からないニャ」


 前を歩く黒猫が首だけで振り返り続ける。


「その土地土地によって違うと思うニャ。町全体が知ってるなんて場合もあるニャ」


「町?! それは……あれだな」


 規模がデカいな。


 餓鬼が撤廃されそう。


「基本的に、どこかで協力してる人間はいると思うニャ。でもそれが偉い人間だけなのか、公然の秘密というやつなのかは分からないニャ」


 公然の秘密て。そんなとこあるのか?


 黒猫の話に首を傾げながらも、物置に着いたので話を切り上げる。


「じゃあ、行くニャ」


「チョロっとな? チョロっと行ってチョロっと見るだけな?」


「……往生際悪いニャ」


 そりゃあ、言うてまだ三十代ですから。往生際良い訳ない。むしろ良かったら気持ち悪いまである。


 人生が行き詰まっていたとしても楽しいことはあるんだよ? たとえ終わっていようとも失くしたくないものもあるんだよ?


 具体的に言うと仕事とか。


 まだ連絡が遅れているだけだと、ワンチャン信じてる。おじさんは連絡不備に慣れている。まだ待てる。焦る時間ではない。


 その隙間時間の為の仕事を探しに今日は来た。オーケー?


 おじさんの確認に黒猫は溜め息だ。


 そんなに鍋の具材役が好きか? こいつが『呪い』に縛られているのって、もしかしたらこの性格に原因があるのでは? だってオペレーターに向かないし。


 やれやれ、とばかりに物置に潜る黒猫を追い掛けて、おじさんも二度目となる霊安局に。


 僅かな間、ひんやりとした黒い空間を通り抜けて、霊安局のロビーへ。


「うっわ」


「多いニャ〜」


 いつかの時より混雑している霊安局ロビー。待ち合い用の椅子は全て埋まり、受付は何処も行列。行き交う人も都内の通勤ラッシュ並みに足早だ。


「おう、ちょっといいかい?」


「あ、どうぞ」


「悪いな」


 出入り口を塞いでいたせいか、ジェスチャー付きで道を空けるように言われたので飛び退いて譲った。気の良い人なのか笑顔で返礼された。


 まあ、人っていうか、狼男なんだけどな。


 わあ、ウルフぅ。


 なんつってな。


 そのまま出てったんだけど……大丈夫なんだろうか?


「というか……結界……」


「見破ったニャ。あれはかなりの手練だニャ。大妖クラスニャ」


 手練て。


 どこぞの槍で封印されていた口だろうか? 漂う大物臭。おじさんの手には負えない感をヒシヒシと感じる。


「まあ、ニャンコほどではないニャ。結界を感知しただけだニャ。声も姿も見えてなかったニャ。ビビり過ぎニャ」


「一人称をチャンコにされたくなければ黙ってろ」


 結界を切り、人の波に紛れる。流石に霊安局に居るだけあって不思議に慣れているのか、突然現れた仮面の不審者だというのにチラ見されるぐらいで流された。


 まあ、もっと凄いのいるしね。


 人混みで逸れないためなのか、黒猫の長い尻尾がおじさんの腕に巻かれた。グイグイと引っ張られるままに歩き出す。


 しかし進行方向がこの前と違い、発券機の方ではない。もしかして人混みで見失っているんじゃなかろうか? この道合ってる?


 行ったことのない半円形の廊下の方へ。


 入口は狭かったのだが、抜けるとかなりの広がりを見せた。具体的に言うと? ちょっと大き過ぎる狼も通れるって言うか……。


 通ってるって言うか……。


 ズシンズシンと体躯通りの足音を響かせる狼やら石で出来たロボみたいな奴等と擦れ違う。サイズ感がごちゃまぜなのであれだ。


 潰されそう。


 大きい人用の入口もあるのか、俺が入ってきた入口とは違う出入り口へと向かう面々。そうだね。入らないもんね。


「ボーッとしてると潰されるニャ」


「その注意はあれだ、おかしい」


 転ぶとかが一般的だと、おじさんは思ってたよ。


 黒猫に誘われるままに廊下を抜けると、これまた円形の広場のような所に出た。


 掲示板のような物が乱立し、中央にはデカいモニター。それぞれを押し合いへし合いながら囲んでいる。デカいモニターの方は電源を落としたかのように真っ暗で、掲示板の方は無数の張り紙で溢れている。


「あー、黒猫君、黒猫君。ここは、なにかね?」


「お仕事広場ニャ」


 その名称は違うと思うんだ。


 ともすれば株価のチェックでもしてそうな気配。


 囲んでいるのが二足歩行の猫や厨二全開の男の子じゃなかったらなぁ……。


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