第29話



「どうすんべかなぁー……」


 昼休み前の小休止。今日の仕事の心配がなく、ふと空いた時間が出来たから、考えるのはプライベートなこと。


 そう、初代やつだ。


 すっかり忘れていたが、絶賛とり憑かれ中。またいつ体を乗っ取られるか分からないときた。


 それも黒猫が言うには前例のない事であるそうだ。まあ、これはあれだ、長々と続いてきた『呪い』の襲名に男がいなかったらしいので、レアケースなのだろう。


 全然嬉しくないがな。


 これで大人しく成仏してくれるのなら、線香の一本でも上げてやってもいい。


 没っしたのが近所であればだけど。


「……どうすんべかなぁー」


 考え事をしながら工場の外にある自販機に小銭を突っ込む。微糖コーヒーのボタンを押して取り出し、近くのベンチに腰掛ける。


 休憩するタイミングが他の工場員と違い不規則なので、ベンチ周りには誰もいなかった。


 まさに独り占め。


 こういう時だけ、今の立場も悪くないと感じてしまう、小さな優越感だ。


 有事の際には投げ出したくなるんだけどね。


「ああ、どうすんべかなぁー……」


「何がですか?」


 返ってくる筈のない問いに、答えを返してくれたのは、後輩くんだった。手にしている煙草を見るに、一服しにきたのだろう。


「今日の刃具交換ですか? 数が微妙ですよね。明日最終日だし、今日やるか明日やるか、ですかね?」


 コーヒーを買いながらの問い掛けだ。どうも仕事の事だと思われたみたい。いやだなぁ、そんなにワーカーホリックじゃないよ?


 終わっているだけで。


「……ああ、そっちは、明日の最終日にやろうかと。ま、夜勤がやらなきゃな。んで、もしやってなかったら来週からやる俺らの番の夜勤では一回も変えねー」


「おお、マジですか。じゃ、オール定時で帰れますね」


 笑いながら腰を降ろす後輩くん。どうやら信じてはいないようだ。


 うん。実際やったら困るのはあのクソチビメガネだけじゃないもんな。


 主な被害は俺らにくるもんな。


 プカーと浮かぶ紫煙をぼんやりと眺める。後輩くんは風下の斜め前という位置に座ったので煙がこちらに流れてくることはない。なんというマナー。モテそう。喫煙所として利用されているのだから気にしなくてもいい、と考えた俺は非モテ。


「……どうしてやろうかなぁー」


 そんな発言が飛び出すのも、全部初代が悪い。きっと憑かれてるんだよ。


 求む休日、ビバお祓い。


「あれ? 刃具交換じゃないんスか?」


「ああいや、お祓いとかしてみようかなって」


 ついポロりと出たのは本音だ。お祓いやりたい。して欲しい。しかしリスクを負うのは祓う方だという危険物件。


 しかも死ぬ。


 やはり線香は上げれない。


 抹香をぶつけてやるぐらいが精々。


「……お祓い……」


 おう、しまった。引かれたのでは?


 宗教と勧誘の話題は取り扱いに要注意だ。一度話せば翌日には広まっている危険がある。兼業で健康食品の販売をネットでやっていると言っていた派遣が、話題に乗った同じ職場の社員に強引な論法で一度試してみたらと声掛けしていた翌日、ハブにされたのを覚えている。


 一つ云万円の品だったから、分からんでもない。


 必死でなければ大丈夫。触りだけ軽くなら大丈夫。


 あなたは神を信じますか? なら話題になる。そこから、でしたら入信してこの聖別された聖書をご購入しましょう! でなければ。


「ああ~、ですよねー」


 しかしフォローを入れる前に後輩くんから肯定の返事。


 ……あれ、聖書とかいらないよ?


「厄年とかでしょ? 俺、今年前厄でー……どうしよう。来年とかいった方がいいんスかね?」


 ああ、そっちね。なんだかんだで日本人だな後輩くん。無宗教だろうと幽霊や神様を信じてなかろうと、厄年やおみくじは気に掛かるというんだから。


 年末が見えてくると運勢や運気は気になるよな。当たったことないけど。


「俺も行ったことないなぁ。一回行ってみたいとは思うけど」


「なんか敷居高いッスよね? どうすればいいんスかね? お寺に行って、厄払いしてくださいーって言うんですかね?」


「電話で予約するとか?」


「あー、予約制ッスか。ありそう……てか高そう」


 厄払いもお祓い判定なんだろうか? 黒猫に聞いてみなければ。


 グビリとコーヒーを飲み干して立ち上がる。あくまで小休止。十分程度の休憩時間なのでそろそろだ。


 飲み干したコーヒーの缶を投げ捨てようとしてビクリ、震える。


 空き缶を捨てようとしたゴミ箱の後ろから何か出てきたからだ。


 餓鬼だ。


 ……こんな所にもいるのかよ!


 ……いや、よく考えれば会社の駐車場にわんさかいたしな。生き残りだろうか?


 目を離したら、その隙に襲ってきそうな気がして、離せない。


 これまた実体化してるかどうかなんて、パッと見、分からないのだから。


 ……黒猫を呼ぼうか。


 相手は一体だ。黒猫でもどうにかなるのでは?


「どうしたんスか」


 動きを止めた俺を気にした後輩くんが、先輩の視線の先を辿る。


 おっと、ヤバいぞ。


 しかしこれで白黒判定が出来る。


 白なら俺にだけ見える。実体を伴っていないのでセーフ。


 黒なら後輩くん共々アウト。逃げるしかない。


「うわ、なんスかこいつ。猿?」


 厄払いして貰った方がいいな後輩くん。


 どうやら実体を持っているみたいだ。


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