第28話



 玄関先の廊下で待つこと三十分。おじさんは体育座りにて待機だ。


 流石に、この状態のまま居間でお茶を飲みながら待つという訳にもいかず。なにせ髭面こと七代目碧雲が、ガッツンガッツンと結界を殴り捲っていたので、いつ破壊されるかも分からなかったからだ。


 直ぐさま結界のかけ直しが出来るように側で待つしかなかった。


 ミューさんもどうしたらいいのかと困り顔で立ちっぱなしだ。とりあえずギブスが痛々しいので座って欲しい。


 唯一自由なのがリアちゃんだ。


 リアちゃんは何を思ったのか、口をモゴモゴさせたまま俺の隣に来て座り、おままごとを続行している。


「な、なんニャ? どう言えば許してくれるのニャ?! ちゃんと喋ってるニャ! なんで一々尻尾を、あニャアアアアアアアア?!」


「ちゃんと、しゃべって! もうー。そこはぁ、ただいまぁー、でしょう?」


「そうですね」


 因みにおじさんは観客役を仰せつかった。隣のおじさん役とかじゃないのかと聞き返したら、お隣はいないとのお返事。そうだね。山の上の一軒家だもんね。


「あなたこのれんらくさきはぁ、なぁにぃー? もしかして、わあき? あたしというー…………なんだっけ?」


「どう答えたら正解になるのニャ?! こ、こんなの拷問ニャ! 毎回受け答えが違あニャアアアアアアアア?!」


「そうですね」


 彼女の家庭環境は大丈夫だろうか。


 これにチラリとミューさんに視線をやれば、恥ずかしそうに頬を染めパタパタと手を振り、違う違うアピール。


 なんだその反応。何も間違ってねーよ。童貞が死ぬよ。やめろよ。可愛いかよ。


 更に十五分ほど待っていると、玄関前に誰かがやってきた。


 婦警さんだ。


 『交通課』というより『コスプレか?』と訊きたくなるほど似合ってない。茶髪ロングのチャンネーだ。


 結界から向こうが見えるので、軽く会釈で挨拶すると、向こうも会釈を返してきた。お互いに見えるようだ。


 これで見えないのは髭面ばかり。今は荒い息を吐き出しつつどっしりと胡座あぐらをかいている髭面。どうやら結界の外判定なのか、こちらに気付いた様子がない。


 頑張ったなぁ、碧雲。


「あ、凄い。結構強力な結界が張ってある。というか、封印術になるのかな? ……えーと、事情聞きたいんですけどー? どうやって入ればいいですかあ?」


 声は届くのだし、そこからじゃダメですか? ……とは言えない。事情聴取ってのはそういうものだしな。車に乗っていたのなら、これを降りて対応するもの。


 面と向かって交わさなきゃならない。


「あ、裏口があるのでそっちから」


「わかりましたあー」


 これに声を上げたのがミューさんだ。松葉杖をつきつつ裏口へ回る。


 まあ、結界を解いたら逃げ出しそうなアグレッシブさがあるよな碧雲。なんか全力で殴り掛かってきてたし。最初の方はいつ結界が壊されるのかと気が気じゃなかったが。


「ハア、ハア、ハア」


 しかしそれも今は無理じゃないかと感じてる。


 汗だくの碧雲。それを仕事で見せていれば、正規の依頼料なら貰えたかもしれないのに。


 碧雲の乱れた呼吸音が聞こえるぐらい静かになった玄関。原因はリアちゃんが黙ってしまったせいだろう。


 黒猫を抱きしめて仮面の隣で体育座り。黒猫は、尻尾を引っ張られるよりかはマシだと大人しい。


 まあ、泣かれるよりはいい対応と言えるだろう。知らないおじさんが来たら泣いてしまう四歳児なのだし。


「うへー、カオス。何がどうなればこんな状況に?」


 そこへやってくる婦警さん。リアちゃんはますます黒猫に顔を埋めてしまう。


「……さっきから気になってたんですけどー、これって式ですか?」


 黒猫のことかな?


 しかし指差されたのは俺で、尋ねられたのはミューさんだ。


「あ、いえ、そのは……………………」


 ちょっと沈黙長くない?


 ここは自分から行くべきか。


「初めまして。私のことは魔法おじさんとでも呼んでください」


「うわっ、喋った! マジビビる!」


 宣言通り肩を震わせる婦警さん。


 何故だ?


「……あー、すいません、あやかしかたですかぁ?」


 何故だ?


「一応、分類上は人類となります」


「ああ! 一応! だからかあー」


「純正の人類です」


 百パー。


「……魔法おじさん」


「魔法おじさんです」


 暫く誰かが何かを説明してくれるだろうと待っていた婦警さんだったが、特に何もないと知れたのか、クルリと振り返りミューさんと向き合った。


「えー、じゃあ状況確認を始めますね?」


「は、はい」


 おかしいな。話の流れからして、ここは俺の聴取からだと思ったのだが。


 しかしおじさんはスルーして会話し始める若者。その説明は俺に触れず碧雲が来訪した内情に従事していた。


「――という訳でして」


「ふーむ……」


 いつの間に取り出したのか、iPadを指でスイスイ操作する婦警さん。


「……あー、あったあった。七代目碧雲。……うわー、こいつクビ点溜まりまくりですねえー。なになに『依頼日よりかなり前に除霊に入り前金を強要。もしくは依頼の対象が確実に退治されたのを確認して、後日依頼料を要求してくる』と。どれも少額の依頼料の依頼を狙ったものですねぇ。泣き寝入り狙いかな?」


 まさにそれだ。


「『遠隔地から呪術で相手を弱らせた』という確認が取りづらい手柄を装ったり、『確かに祓ったが、その後に再び取り憑いたのだ』という言い訳をしてみたり、少額なのをいいことに強気に推してたみたいですねえー」


 常習犯かよ。


「ま、それもこれも、もうここまでですけどねえー。首点が達しているんで賞金首認定です。殺しちゃってもいいんですけど、どうします?」


 本当に命が軽い業界だな。


「あ、捕らえたのは、そちらの方でして……」


「ええ?! この結界、そっちのお面が張ってるんですか?!」


 驚いて結界と仮面とで視線を往復させる婦警さん。仮面だよ仮面。そんなに安っぽくないやい。現にそこそこの値段だったのだ。


「はぁー……てっきりこれが、あの有名な八森の神地結界なのかと」


「うぐ。結界は最近破られまして……わたしじゃまだ未熟で張り直しが出来ないんです」


 あ、ヤバい。


 話題が危険域に達したのでスックと立ち上がる。急に立ち上がったからか、ビクリと震える婦警さんとミューさん。リアちゃんだけが救いです。


 最近破られた結界というのは、どこぞの初代様が関わっている予感。というか聞いた覚えがあるぞ。


 責任問題になる前に話題を畳もう。


「結界は私が張っておりますが、この家の者ではないので、判断はミユさんに任せます」


「え、は、はあ。……でもそうすると、捕縛者の欄に記載されるのが『八森 ミユ』になりますよ? 賞金もミユさんに渡します」


「なんら構いません」


 これに応じて視線がミューさんに集う。少しまごついて思える。まあ、人の生き死にが掛かっているだけに分からんでもない。若い女子には辛いか……。


「……賞金」


 違った。お金のことでまごついてた。ポツリ呟いた台詞で判明だ。そういえば依頼料も安いとのことだったし、もしやお金に困窮しているのかもしれない。


 真新しい神社の内装や出掛けている両親もその辺りと関係してそうだ。


 チラリとおじさんへ向けられた視線には『いいんですか?』と確認されている気がしたので頷いておく。


「じゃあ、殺しておこうかな……」


 ……やだミューさん業界人。


「あー、ですよねー。局的にはこのまま貰いたかったんですけどおー」


 マジかよ。殺伐とし過ぎじゃね、業界。


 目の前でバテて座り込んでいるおじさんの生き死にがこんな言葉の応酬で決まってしまうなんて。


 聞かせていいものかと心配に思い、チラリと視線を這わせたのは足下の四歳児。もしかして話の運びを予想していたのではないかと考えてしまう。


 だって顔を上げない。


 ただメキメキと黒猫の肋骨が鳴るだけで。


 心配だ。


 だからという訳ではないが、これを回避してみようかなんて考える。


 だって、もしかしなくても実行犯を俺にされそうな気配だし。


 嫌だよ、人殺すなんて。


 考えを纏めてミューさんに話し掛ける。


「でも私は他の攻撃手段を持ちません。殺すとなったら餓死となるので、二、三日は放置することになりますが?」


「「げ」」


 正直な女性達だ。


 流石に家の中でリアルタイム餓死を流されたくはないのかミューさんの表情も曇る。


 というか、ほんとに俺が殺す流れだったよ。勘弁。


「……まあ、データにも本当に呪術が使えるとはないんで、大丈夫だとは思いますよおー?」


「……そうですね。そもそも誰かを呪い殺せる術が使える程の術者なら、こんなことしてないでしょうし」


 ああ、そういう警戒も必要なのか。刑務所にぶちこんでも済まない技術職だ。まさか逆怨みでもされたら堪らないもんな。


「じゃあ、このまま連行でいいですかあー?」


「はい、お願いします」


「よし! すいませーん、話も決まったので、結界を解いて貰ってもいいですかあー?」


 これに嬉しそうな婦警さんの言う通り、結界を解く。もしもの時の為に、リアちゃんを背中に庇っての実行だ。


 結界が無くなると、バテていた筈の碧雲の視線が素早く動く。玄関と婦警さんと俺にだ。


「……おお、官警か! 気をつけよ! そこな面が突如術を使い、我を……」


「うるせえよ」


 碧雲の言葉が婦警さんに遮られる。


 婦警さんは胸元から黒くて小さい、細い筒状の何かを取り出すとそれを碧雲に向けた。手で握って覆えるサイズらしく正確には分からない。


 そこから白い何かが飛び出して碧雲の口の中に入ってしまった。


 あっという間の出来事。


「…………あが……ご……………ぐご! …………」


 碧雲の喉や腹が張り裂けそうなほど伸び上がる。口から入った何かが体の中で暴れまわっているらしい。


 グロ注意。


 良かった、リアちゃんを背にしてて。見えはすまい。


 暫くすると、白目を剥いた碧雲の体が、ピタリとその動きを止め、脱力する。


 とても立ってはいられまいと思ったのだが、倒れることなく直立している様を不思議に思う。


「さて、それではー、本官はこれにて」


 ビシリと微妙に曲がった敬礼を噛ましつつ婦警さんが帰っていく。それに大人しくついていく碧雲。どう見ても意識はないのに。


 これもまた不思議の一つなのだろう。


「さて、それでは私も帰ります」


 ようやく終わったゴタゴタに、ホッと息を吐きそうになり当事者の前だと思い出し飲み込む。


 振り向くと、ハイ、と黒猫を返してくるリアちゃん。そうだね。もう動かないからつまんないよね。


 黒猫を回収してミューさんに頭を下げる。


「お邪魔しました」


「い、いえいえ! ……なんと言うか、あの、助かりました」


 慌てて頭を下げ返すミューさん。


 その旋毛を見ながら結界を発動。流石に業界人の前以外で仮面面は晒せないからな。


 姿を消して帰ることに。


「……え」


「きえた!」


 ああ、そうか。ミューさん達にも見えないのか。本当に使いづらいな、これ。


 まだ居ますよとは言いにくかったので、そのままお暇することにした。


 ちゃんと靴にも結界を掛けて、ミステリアスを維持して神社をあとにした。


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