第30話



「……うえ。マジでなんスかね、こいつ。黒目が無ぇし」


「さあ、なんだろな?」


 別に隠すつもりはないのだが、こういう事を素面しらふで真剣に語ること程恐いこともない。


 喋る黒猫やら日本式ゴブリンやらをだ。


 頭の可笑しい人認定に待ったなしだ。


 ならば知らない振り決め込むのが一番無難な対応だろう。同じ立場だと主張するのが処世術。


 だからといって、餓鬼が居なくなるわけじゃないんだけどね。


「……どうします、これ」


 ほんとそれな。


 工場の敷地内に動物が入り込む事は、なくもない。なんせ直ぐ周りが山なので、デカいネズミやら猪やらが入り込んでくることが稀にある。


 そういう時は、ぶっちゃけ人数で追い込んで山に帰って頂くのがセオリー。


 退治とかしない。時間がない。放っておいたら居なくなる。そんな考えの元での行動だ。


 まあお金が掛かったり、ラインの稼働に支障が出そうなので、というのが本音なのだが。


 しかしそんな枠からはみ出てるぜ餓鬼。せめて実体化していなければ。


「……キ…………キキ……」


「「うお、鳴いた?!」」


 キバをグニグニと動かして威嚇していた餓鬼が鳴き声を上げた。


 初めて聞いたのでビックリした。鳴き声とかあるのかよ?!


「……これって、あれじゃないスか? 汚染種とか変異種ってやつじゃないスか。猿の。俺らの工場が原因ッスかね?」


 あ、そう思っちゃう?


 それはそれで問題が出そうな考え方だ。危険物や騒音の問題で山側に追いやられている工場が、今度は汚染で動物が変化したと来たら、どこかで何らかの団体が立ち上がる予感。


 君達が乗ってる車の部品はここで出来たんだよー、と言っても聞いてくれない団体だ。


 極めつけは餓鬼を保護するとか言い出しかねん。


 それは困る。


「いや、決めつけは良くない。こういう時はあれだ。判断を上に仰ごう」


 しかし俺に何が出来るというのか? 団体が会社の前で抗議デモを始めたとしても、群がられる事なくスルーされちゃう平の社員である俺が。


 だから後はお偉いさんに任せよう。うちの会社か霊安局か、どちらかのお偉いさんが上手いこと収めてくれるよ。


「そうッスね。じゃあ俺、課長に言ってきますよ」


 後輩くんの答える声は軽い。多分似たような考えなのだろう。


 お互いに平だしな。


「じゃあ俺が部長か……」


 それ以上の役職と接点なんかないし。


 方針も決まり、後輩くんが踵を返した瞬間。


 餓鬼が反応。


 後輩くんの背中に飛び掛かった。


「結界」


 これを危ういところで結界を展開して弾くことに成功。直ぐに消し去る。


 弾かれてコロコロと転がる餓鬼を一先ず置いておき、結界を見られてはいないかと周囲を見渡す。幸い変なタイミングでの休憩で、人気は少ない。


 しかしいない訳じゃない。


 製品運搬用のフォークリフトが、少し遠目に停まっているのが見えた。だが運転手のいない操縦席を見るに、どこかに行っているのだろう。


 その運転手が、たった今、工場の中から姿を現した。


 だから見られてはいまい。いや今はそんなことより――――



「あぶねぇ! 乗んな!」



「先輩?」


 大声を出した俺に、驚いた後輩くんが振り返る。


 それに応えることなく俺の視線はフォークリフトに釘付けだ。


「……は? うえぃ?!」


 フォークリフトに乗ろうとした運転手が、俺の声に足を止め――――その目の前を、子供サイズの餓鬼が通り過ぎていった。


 そのまま乗っていたらぶつかっていたコースだ。


「お、は? な、なんだこいつ? 動物?」


「おいヤベェ! そいつなんか持ってんぞ! 下がれ!」


 目の前の危機を理解してないのか、うずくまって背中を見せる餓鬼を繁々と眺める運転手。


 ゴミ箱の後ろに隠れていた餓鬼と比べると、明らかにサイズが二回りは大きい。赤ん坊サイズと子供サイズだ。


 飛び掛かる前、手に何か光る物を持っているように見えた。角度的にハッキリとは見えなかったが。


 今は見える。


 ガラス片を握りしめている。


 こちらの声は届いている筈なのに、棒立ちの運転手。


 なんでそんな悠長なの?!


 ゆっくりと振り返った餓鬼が獲物を見定める。


 俊敏に飛び上がり、運転手の首目掛けてガラス片を一閃させる餓鬼。


「……え?」


 しかしこれを青い光が防ぎ、衝撃に跳ね返される餓鬼。ようやく『危険なのでは?』と思い始めた運転手が、それでもゆっくりと後退る。


 おお、間に合った!


「せ、先輩」


「なんだあれ? なんか光ってね?」


 直ぐさま自分も同じ立ち位置だよアピールだ。あれを俺がやっているという証拠は無いので、ここで容疑者から外れるような発言をしておくことが大事。


「あ、本当だ。なんか光ってますね。……島根さん、無事なんすかね? 何か叩きつけられたッスよね? 蛍光塗料スかね?」


「分からん……あ」


 子供サイズ餓鬼の身体能力は、通常サイズ餓鬼より高いのか、直ぐさま起き上がり手にしたガラス片を運転手に投げつけた。


「うおおおおお?!」


 自分に当たってバラバラになったガラス片を目にして、ようやく駆け出す運転手。一目散。


 その怪我がないことには気付いていないようで一安心。


「うわ、想像以上に狂暴ッスね。あれ? こっちにいたのは?」


「どっか行った」


 だって、急に二体目が出てくるんだもの。目を離した隙に居なくなっても仕方ないと思うんだ。


 多分ゴミ箱の裏にいるよ。


 後輩くんと会話している間に、デカい餓鬼がフォークリフトの運転席へと駆け上がる。


 騒ぎに釣られた輩が、開け放された窓や扉から、こちらを覗いている。


「じゃあ予定通り、俺は課長んとこ……うわっ、ヤバいヤバいヤバいヤバい!」


 そう言って後輩くんが慌てる。


 後輩くんの視線の先には、先程のフォークリフト――――が、動いている様が。


 ……マジかよ。


「学習能力高ぇな……」


「言ってる場合ですか?! 俺、ダッシュで課長んところいくッス!」


 それもう逃げてね?


 フォークリフトが急発進。フォークと呼ばれる部分がコンテナにぶつかる。直ぐさま下がり半回転。前後に行ったり来たり、急加速。他の社員が見物していた扉にもぶつかり、扉が弾け飛ぶ。


「あーあー、もうどうすんだよこれぇ」


 もはやお手上げだ。流石にこの有り様で近づく奴の面倒まで見きれない。


 俺も工場へと避難する。


 工場の中へと入り、ラインの奴が物見遊山で抜けてないかと確認に戻る途中。


 休憩室を破壊する餓鬼を発見。


「……」


 しかも三体いる。


 壊されるパソコンを見ながら、うちの休憩室じゃなくて良かった、なんて思っちゃったりなんかして。


 それどころじゃない。


 もしかして他にも? と周りを見渡せば、天井の梁に二体程発見した。一体は子供サイズのようだ。


「……」


 だからなんなのか?


 ……ああ、そうか。これ、あれだ。


 油圧式のピストンに噛みついている餓鬼を結界で弾いてから、足早に自分の組に向かう。


 周りが騒がしいことに気付いていても、真面目にラインを回す、うちの組員。欠員は無いようだ。


 よーし。


「全員、機械を緊急停止! 今日はもう解散!」


 早いとこ逃げよう。


 驚いている組員に手をブンブンと振って急がせる。


 これあれだ。日常が崩壊しちゃうパターンだ。パニック映画とかでよく見掛けるやつ。


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