第36話



 おいおい、何を驚いてんだ? バレバレなんだよ。


 どこで味を占めたのか、簡単な陽動と奇襲を決行してきた大人サイズ餓鬼。


 目の前で猫を食べていた餓鬼が、これ見よがしに口を開いて威嚇してきた時に、物陰にいた別の餓鬼が飛び出すタイミングを伺っているのを『百眼』で捉えた。


 バレバレなのだから、これは宣戦布告だ。


 ならば受けて立とう。


 どちらにしろこちとら素人だ。戦闘のイロハなんて知らない。


 なら格好よく行こうと考えた。


 気づいていない振りで無警戒に近付く。


 語っちゃったりなんかしちゃったり。


 フゥーーーー!!


 恐ろしい速度で飛び出してきた餓鬼の蹴りを受けた。


 本来ならザクロよろしく弾ける筈の頭部が顕在だ。これに決め台詞なんて放っちゃったりして。


 ――――我が身を鋼に、打ち出す拳を槍に。


 『金剛力』


 『んんー? 今、何か当たったかなぁ?』とばかりに振り向き、同時に貫手を放つ。


 放たれた貫手は、大人サイズの餓鬼の腹に大穴を空けた。


 ビクビクと痙攣する餓鬼の腹から手を抜く。ピッ、と貫いた手を振り払い、端から溶けるように消えていく餓鬼。


 威嚇していた餓鬼も、これにはやや驚いた面持ちで、怯んでいるのか、襲い掛かって来ない。


 オーディエンスも静かだ。


 後頭部をポリポリと掻く。


「……痛いじゃないかね!」


 一瞬で距離を詰めて、威嚇餓鬼の顔をぶん殴る。


 血袋を破裂させたように餓鬼の頭部が飛散する。グロ注意。


 何やらオーディエンスから、…………えぇー? …………という悲鳴が聞こえてきたが、無理もない。きっと錯乱してるんだ。怖かったろう。しかしもう安心。


 おじさんが来た。


 ハンカチを取り出して手を拭き拭き。別に汚れているわけではないが。


 様式美だ。


 そういうあれが大切。


 ワンチャン足長おじさんと双璧をなしたい魔法おじさんとしては、ここは紳士然とした態度で挑むべきだろう。


 つまりエレガントだ。


 エレガントってなんだ?


 ハンカチを拭き拭きだ。


 完璧だ。


 汚れていたわけではないが、手を確認する。綺麗になったかなぁー? のポーズだ。


 手は真っ赤だ。血じゃなく、血行により。


 『金剛力』を使うと肉体が赤くなるのが欠点だ。しかしおじさんは乱りに肌を晒さない。唯一露出しているのも手と耳だけという仕様だ。今度白手袋なんかも買っておこう。完璧を超えちゃうよ。やだ自分が怖い。


 ここはオーディエンスに「大丈夫ですか?」と手を差し伸べるまであるところ。ラブロマンスの始まりだ。モテちゃうよ。まいったな。目立ちたくないんだけど。なんつって! ふはははははは! あれ、どうしたの? もう逃げる必要はないんだけども?


 おじさんの歩みと共に逃げ出す観衆。


 やれやれ、パニックってやつはこれだから。なーに、丁寧に対応していれば「好き! 抱いて!」となるに違いない。どーれ、まずは怪我して動けない人から……。


 そこでおじさんの歩みを止めるように、ズシャリと音を立てて降ってくる大人サイズ餓鬼。


 多数。


 ズシャリ、ズシャリ、ズシャリとその音は続き、囲まれること、十七体の餓鬼ども。


 その内の一体なんかは警官を脇に抱え、その三メートルを越える体躯で車を踏み潰して炎上させるという登場の仕方だった。


 なんというボス感。雑魚キャラのくせに! おじさんより派手だと?!


 咄嗟に抱えられてる警官に結界を展開。静電気を触った人のように弾かれるボス餓鬼。


 俺がやったと理解しているのか、その視線はこちらを射抜いている。


 なるほど。こいつらがいたからオーディエンスは近寄って、もとい! 好き! 抱いて! って言ってこなかったんだな、やれやれ。


「力の差を理解しないなんて……悲しいな」


 切なげな表情なんかしちゃったりして。


 仮面だったよ。ちくしょう。



 “止めて貰えないかなぁ~”



 苛立ちのまま、違った、市民の安全の為に勇気ある一歩を踏み出した俺に、待ったが掛かった。


 それは空間を震わせる声などではなく、脳に直接降りてくる音だった。


「ふん!」


 しかし構わず手刀で餓鬼の一匹を縦に斬り裂く。


「刀とは、扱う人の心を映し出す鏡……」


 よく分からない台詞なんかも混ぜ込んで観衆にアピールだ。特にあの、額から血を流しながらも尚可愛いショートヘアーのあの娘。流し目なんかしちゃったり。


 “……あれ? 聞こえてない? 聞こえてるよね?”


「つまり澄んだ心を持つ私の手刀は、この世で最も斬れる武器……」


 周りと連携し始めた餓鬼共。正面からの接近が危険だと学んだのか、ヒットアンドアウェイ戦法を繰り出す為に後ろから近付いてきた最初の一匹を、またも斬り裂く。こっちには『百眼』があるので、死角なぞ存在しない。


 “いや、絶対聞こえてるでしょ? ちょっとそこのおっさん!”


「失礼な奴だな? 名乗りが遅れたが、私のことは魔法おじさんと呼びたまえ」


 “聞こえてるし”


 鼻歌を口ずさみながら、また一匹と首を跳ねる。


 “ちょっと! 止めろって言ってんの!”


「おやおや……流石、告白はラインでする世代だな。マナーというものを知らない。誰かに要望を伝えるならば、面と向かって、が基本ではないのかね?」


 膝を蹴り砕き、餓鬼の頭が下がったところで、同じく足刀で蹴り潰し、また一匹。


 “はあ~? 頭おかしいんじゃないの? いいから、さっさと止めろ!”


「ああ、出来ないんじゃなくて、しない、というやつかな? なにせ今は、人様の家に潜り込むのに忙しいようだからね」


 同時に飛び掛かってきた餓鬼の頭を足刀で飛ばす。更に三匹。


 “……………………”


「こんな連絡方法を取るということは、まだ終わっていないのかな? だったら声を潜めるのに最適な術と言わざるをえないな。いや参ったよ。こそ泥に相応しいな」


 ボスと同じぐらいのデカさの奴が吠え声を上げた。うるさかったので跳び上がって顎を砕き、喉を貫いた。デカい一匹。


 “死んだぞ、お前”


「おや? それは知らなかった。今後はもっと健康に注意しよう」


 “『開放』”


 考えることは皆同じか。いや、誰もが最初はそう考えるのだ。


 より大きくするには、と。


 より強くするには、と。


 しかし……。


「相手が悪かったな。なにせこちとら六十四もの襲名を重ねてきた先輩だ。最初の一人ってのは、大抵見誤るもんだって分かってんだ。そう出来てる。


 頭に降りてくる声が『開放』と告げた瞬間、残っていた九匹の餓鬼が苦し気に蹲った。


 爪がより尖り、額から生える角が伸び、明らかな変化が見られた。


 パワーアップ変身、パワーアップ変身だ。


 うんうん、考えるよね〜?


 でも敵を前にしてこうべを垂れるってどうよ?


 蹲って動かない餓鬼の頭を順に踏み潰していく。


 はい、一、二、三、四、五…………六、逃げるなよぉ~七。


 “なっ?! お前ぇ!”


「なんでしょう? まさか変身を待ってくれるとでも思ったのですか?」


 御可愛いこと。


「すみませんが……そういう事は事前に連絡を入れて貰わなくては考慮でき八」


 “言いながら殺ってるし?! ハッ! でも残念だったな! 一匹残ったぞ! 一匹いれば、お前なんか充分だ!”


 変化を終えた餓鬼が、俺から飛びすさって距離を取る。


 一人離れていたボス餓鬼だ。


「不十分でしょう? たかだが餓鬼一匹、直ぐに終わりますよ。そうなったら、あなた逃げちゃうでしょし。そしたら黒幕について聞けなくなるじゃないですか」


 まあ答えてくれるとは思ってないけど。共犯がいるかどうかの、揺さぶりというか、鎌掛けというか。


 “……ちょっとなに言ってんのか分かんない”


 …………あー、本当にいそうなんだけど、黒幕。下手かこいつ。


 降りてくる声は罵声を吐き捨てて最後、通信が切れた。その態度が既にどうなのかと思わないでもない。


 まあ、構わない。


「それじゃあ、見捨てられた成功作の対応をしようかね」


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