第37話
大人サイズの餓鬼は、より人に近いフォルムへと変貌を遂げた。
先程まではスキンヘッドというか、毛穴すら無いように見えた頭部に白く長い髪が生え、白目だけだった瞳には十字の亀裂のような黒目が宿っている。肌の色も緑から蒼白い色へと変色し、爪は縮んだが切っ先が鋭い形状へと変化した。その身長も百八十と少しほどに縮んでいる。変わらないのは額から生えた角ぐらい。
瞳には理性の色が垣間見え、己が様子を確かめるように掌を見つめている。
「本来なら、誕生日おめでとう、とでも言うんだろうがね。あー、話は出来るかね?」
服を着ないかね?
こちらの話を聞いているのかいないのか、掌を見つめていた人間っぽい餓鬼が腕を軽く振るった。
その手の型は、先程まで俺が餓鬼どもの首を跳ねる時に使っていた型だった。
学習しているのかな?
餓鬼が手を振るった先にあったビル。その壁面に斜めの傷痕が走る。数瞬後、雪崩を打ったようにビルが倒れてくる。
崩れゆく瓦礫の中、餓鬼がようやくこちらに向き直り――
ニヤリと笑みを浮かべた。
「邪気を元に造ればこうなるよなぁ」
まあ、未熟者の作品だ。この辺りが限界だろうけども。品性が無いよな、品性が。
倒れてくる方角は俺と、餓鬼が居る方だ。多分だが、そうなるように斬ったのだろう。
倒壊するビルを見て、周りにいたオーディエンスが再び逃げ始める。そもそもまだ見学していた事が凄いよ。根性ある。
再度パニックが起きるが、こちらもゆっくりしていたら潰されてしまうので、一先ずこの場から離れようと足を踏み出した。
――――ところで、車が飛んできた。
ブンブンと縦回転しながら飛んでくる車、複数台。
……車って飛ぶんだぁ。
そんな感想。
発射地点には餓鬼が次の車を、素手でボンネットをぶち抜きながら持ち上げている。
ビルといい車といい、どうやら接近戦は危険だと判断したのか、遠距離攻撃を繰り出してきた。
……ちょっと面倒。
捕まっていた警官の安否も気になるところ。十中八九術者なんだろうけど、生きてるだろうか? パニックを起こしている人達も、押され潰されで怪我人が出るやもしれん。
「よし、百眼。それ、結界」
まずはパニックの対処しよう。転んでいる人や踏まれている人に向けて結界を張っていく。老人や子供、若い女性を優先的に。流石に消耗するかと思ったのだが、まだ全然イケる。
六十四代も代を重ねるってズルい。魂力を受け継ぎ続けるってのは反則だよな。
ヒョイヒョイと車を避けながら、『百眼』で見つけた警官を回収する。
「……っ! ……う、うぅ……」
お、生きてる。
爆破炎上する車、落ちてくる瓦礫、熱で溶け出す路面、破裂して噴き出す水道管、放電する電線。
全て避ける。
「護符がないので額に失礼。『汝を侵す傷病よ去れ。平癒の奇跡をここに』」
結界を纏ったまま爆炎を突き抜け、まだ無事な建物の上に着地する。
癒やしの呪を唱え警官の額を突くと、不規則だった呼吸が落ち着き、細かい怪我が消えていく。
追いかけるように餓鬼が黒煙を抜けて向かいの建物の上に降り立った。
警官を横にして立ち上がる。結界を掛けてあるので最悪巻き込まれても大丈夫。問題無い。問題だった怪我も既にない。
餓鬼と向かい合う。
終わりだ。
「急急如り……」
指刀を切ろうとした瞬間、餓鬼が先んじて動く。
屋上に取り付けてあった給水タンクをボールのように蹴りつけてきた。
――――逃げ惑う人の群れ目掛けて。
「なるほど」
本当に学習能力が高い。
咄嗟に壁タイプの結界を張り、未だ炎上する車の群れの方へとバウンドさせる。
餓鬼はこちらの一挙一動を静かに観察すると、屋上を飛び出して駅の方へと向かった。
ええい! 面倒なっ!
後を追うべく俺も屋上から飛び上がる。
もうすぐで駅の直上に着く、というところで餓鬼を捉える。
すると急に振り返った餓鬼がボレーシュートを決めるように、いつの間にか手にしていた丸めた鉄骨を、こちらへと蹴りつけてきた。
途端に爆発する鉄骨。
何が入っていたのか、その爆発音は今日一で、近くにあったビルの窓ガラスなんかは軒並み割れ砕け、河川に掛かっていた橋には罅が入る始末。
結界の盲点を突いたカウンターなのだろう。
現に結界の展開は間に合わなかった。
警戒するように爆煙を睨む餓鬼。その位置取りも、爆発の閃光や音の影響で倒れ込む人達の上を陣取ったもの。
「――人質のつもりかな?」
ふう、なかなか焦った。服についた煤をパタパタと手で払い落とす。これは再びクリーニング決定だ。
霊障のくせに現代平気なんて使うなよ。ズルいぞ?
ギチっと口から歯を食い縛るような音を鳴らした餓鬼が、勢い良く直下に降りて、倒れている人間を踏み潰す――――前に弾かれる。
「こっちも全員に『結界』を掛けるのに時間が掛かってね。失礼した」
餓鬼が辺りを見渡している。視界に入る人間が全て保護されていることを理解したのか、最後とばかりにこちらを睨む。
「…………グオオオオオオオオオオ!」
悲鳴なのか気合いなのか、その閉ざしていた口から牙を溢れさせ、餓鬼が飛び掛かってきた。
ピストルの銃口を定めるように餓鬼に指刀を向ける。
「急急如律令」
瞳が透き通るような水色へと変わるのに、気付いた者はいない。
「『存思の念、此処に災いを禁ず。邪を祓い源へと還れ』」
餓鬼の爪が、俺に届くかどうかというところで、腕ごと四散する。連鎖するように体の内部から破裂していく大人餓鬼。半分に欠けた顔が怨めしそうに落ちていく。
……終わったかな。
“――――掛かったね?”
飛散した体が、コールタールのようにどろどろに溶け出し、近くの物に張り付く。
この通信って着拒出来ないの?
“あははははははは! ぶあ~か! 勝ったとか思っちゃった? あーあーあーあー、だから善意で止めろって言ってやったのに。全員死ぬね、あんた含めて。あんたがこの場に来なかったら、少しは生き残る可能性もあったっていうのにねぇ~。ざーんねん”
「勝利した、とでも思っているのかね?」
“は? なに? 今更そういうのムカつくんだけど。命乞いとかしてみたら? 助けないけど”
おう、そうかい。
同じくだ。
三角にするか四角にするか、五芒、六芒……どうでもいいか。
方陣を組めれば。
クイッと指刀を上げると、それに同期して空へと青い光の柱が立ち昇る。
その数、五つ。
等間隔に距離を取る光の柱は、互いを円弧と直線で結ぶ。その範囲は飛び散ったコールタールを納めるどころか、駅周辺を丸ごと囲っている。
遠間から見たその形は、五芒星。
“…………そんなの、出来るはずがない……”
頭に響く声に笑みを返す。
魂から生まれいづる飛沫に、世を清めんと命を下す。
最も基本的な
「――五行陰陽『浄化』」
振り下ろした指先に合わせるように、五つの光の柱が一つになり莫大な光を産み出した。
“…………ありえない”
静けさが辺りに満ちていた。清浄な空気の中で、あのコールタールは存在出来ない。光が消えた先では、火災が収まり、路面の割れ目から何故か草花まで生えていた。
「いいことを教えようか」
“あ?”
通信が切られる気配があったので、その前に忠告しておこう。
捨て台詞は吐かれる前に吐くタイプなので。
「今後こういった火遊びには手を出さない方がいい。必ず焼かれる。分かるんだ。経験があるから」
“は?”
「口汚い言葉も、君の教育には良くないように思えるよ、お嬢さん?」
“…………死ね!!”
「断る」
通信が切れたので、聞こえたかどうかは分からない。
それでもこれも様式美だから。
一区切りついたからか、それとも周りに誰もいなくなったからか。
素の自分が顔を出す。
仕事終わりモード。
魔法おじさんからおじさんへとクラスチェンジだ。
フヨフヨと壊れたビルの一つに降り立つと、浮かぶのは毎度の感想。
…………はあ、疲れた。
ほんと俺ってば終わってる。
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