第2話
「フニャアアアアアアアアアアアアアアア?! なんか変な音がしたニャ! 死んでしまうニャ! やめてほしいニャ!」
「高まれ、俺のこすもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「どういうことニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」
一日の終わりと言うだけあって、こんな些細な
ぜえぜえと床に突っ伏する俺に、テーブルでノびている黒猫。引き分けといったところ。
カロリーが、カロリーが足りない。もう半日前ぐらいになってしまった
のそのそと起き出しておにぎりを頬張る。至福。
ピクピクと痙攣する黒猫をしり目に二個目に手を伸ばす。ようやく巡ってきたブドウ糖に頭が回り始めると、事態を解決せねばと
「…………どこに捨てるかな?」
「まだ死んでないニャ!」
ガバッと起き上がった黒猫は後ろ肢立ち。まるで人間のように抗議するべく前肢を上げている。生意気な畜生だな。
しかし死んでないなら話が早い。
「生きてこの家を出て行くか、死体となってこの家を出て逝くか、選べ」
「こわいニャ?! せめて無事にという言葉をつけてほしいニャ!」
カハーと吐き出した息は炭酸臭。脅すつもりはないのだが、ちょうど指の骨を鳴らしたかったのでゴキゴキ。他意は無い。
ビクリと震えた黒猫が白旗を振るように前肢をバタバタと動かす。違う違うと人間が手を振るような動きだ。関節はどうなっているんだろう?
「ちょ、ちょっと待ってほしいニャ!」
「はい、ちょっと」
「違うニャ?! はな、話を聞いてほしいニャ! 聞くだけニャ、損しないニャ!」
「現在進行形で俺の貴重な時間を奪ってんだよ。等価交換といこうぜ。お前の残りの寿命を頂く」
「暴利ニャ?!」
「適正価格だ」
「こ、こんな無抵抗なニャンコを手にかける気かニャ? きっと夢に見るニャ! 後悔するニャ!」
「ほう、抵抗しないのかね? 好都合」
ニヤリと笑い掛けたというのに、何故か黒猫はガクブルで部屋の隅に行ってしまった。所詮は畜生。人間関係を円滑にする為のスマイルが効かないらしい。
サンドイッチを攻略しながらこの不思議生物の処遇を考える。
なんて面倒なんだろう。
妄想逞しい子供なら兎も角、日々時間に追われて生きる社会人が、喋る猫程度に構っている暇はないのだ。
朝の五分どころか、どこの五分でも大事なのだ。
既に時計の針が今日も残すところはあと少しだと告げている。本来なら、このほんの少しの余暇を動画を見たり漫画を読んだりしてダラダラと過ごしたいところ。そしていつの間にか眠ってしまいたいのだ。
全開で学生している子供なら、こんな不思議な事態もウェルカムなんだろうが、生憎と既に社会人歴の方が長い俺としては御免被りたいのが本音。
ふと気づく名案。黒猫にプレゼンだ。
「二軒向かいの一軒家に、中学生が住んでると思うんだけど、そっちに行くというのはどうだろう?」
このアパートには子供が住んでないからな。通勤の途中で中学生が出てくるのを見たことがある家をピックアップ。居ると思う。この思うが大事。確証じゃない。
ただあんまりマナーは良くなかったけど。コンビニの駐車場でサッカーをしているのを見てUターンを決めたことがある。
未だに震える黒猫に声を掛ける。
震え過ぎじゃない? まるで俺が酷い人みたいじゃないか。ははは、三味線にしてやろうか?
「な、なにか勘違いがあるみたいニャ! ニャンコが何処かに行けばどうにかなるという話ではないのニャ!」
「……うん?」
おっと、何か思い違いがあったみたいだぞ。てっきり『異世界に行きませんか?』といった勧誘か『我が家のニャンコ様』的な何かになる展開かと。
「それを先に言ってくれなきゃさあー。こっちとしてもなんらかのトラブルに見舞われたのかと思っちゃうじゃん?」
「…………問答無用だった気がするニャ」
「あっはっはっは、まさかまさか。どれ、君も一つ食べたまえ」
サンドイッチを一つ渡す。別に誤魔化している訳ではない。ただ社会ってこういうものだ。政治家だってやっている。
なんとかこの賄賂で有耶無耶に出来ないかと考えている俺の思惑のままに、黒猫が恐る恐るとハムサンドに手を付ける。
生意気にも前肢で挟んで人のように噛みついて食べるじゃないか。
チラリと時計を確認する。あまり時間を掛けたくない。
「それで? ね、猫がしゃべったあああああああああ?! ……辺りからツッコめばいいのかな? 出来れば巻きでお願いしたいんだけど」
なる早で頼む。
「フニャ? …………ああ、そういう反応って懐かしいニャ。前の主人なんて爆笑した後に動画を撮りだすわ、ツイッターに上げるわで……」
最近ですか?
「どうでもいいけど語尾のニャ、つけ忘れてるぞ」
「これも癖ニャ。疲れてると前の話し方に戻るニャ。この語尾も、ニャってつけた方が可愛いとか言われたから……それからなんとなくつけてるだけニャ……」
意外と疲れた溜め息を吐き出す黒猫。すげー歳とって見える。実際に年齢は遥かに上っぽい感じがするが。
「そ、そうか。別に無理しなくてもいいんだぞ?」
「もう自然とつくニャ。気にしてないニャ」
いかん、いかんぞ。居酒屋の愚痴話的な流れになっている。ここは強引にでも話の流れを元に戻さねば! 俺の安眠の為にも。
「それで? なんでうちに来たんだ? おめでとうやらなんやら言ってなかったか?」
早く早く。せめて三十分でいいから俺に余暇を。
食事も終わったので、手早くゴミを纏めながら先を促す。もう後は布団に籠るだけだ。
食べ終わった後で前肢を舐めていた黒猫が、そうだったと言わんばかりに目を見開く。猫なのか人なのかハッキリしてほしい所業だ。
しかし良かった。この歳でこういう不可思議な出来事って、ぶっちゃけキツい。関わっているだけでイタい。早いとこお引き取り願いたい。
調子を確かめるように喉に前肢を当ててゴロゴロと鳴らしながら、黒猫がテーブルの上に飛び乗る。
消化試合の様相を呈しながらそれを見つめる。予言的な何かをして帰るとかだろうか? もしくは風水的に悪い気があるとかなんとか? そんなの知っているが? ああでも、おめでとう言うてたから、祝い事かな?
まあ、なんにせよ流して帰ってもらうが。
ぼんやりと眺める俺をしり目に黒猫が口を開き、
「んん。では、改めましてニャ。パンパカパーン! おめでとうございますニャ! あなたは第六十四代目魔法少女に選ばれましたニャ!! 御当選、誠にめでたいですニャ!」
そんなことを宣った。
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