第26話
俺は幼女の警戒を解くことに成功した。
「あはははははは! ネコさん、もっかい! もっかいしゃべって! しゃべれ!」
「フニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」
その方法は秘密だ。ただ、いつの時代であろうと和解に犠牲は付き物である。甘んじて受け入れよう。
「ほら、リア。ネコちゃんの尻尾引っ張ったら可哀想でしょ? 離してあげなさい」
「はーい!」
黒猫の尻尾を引っ張って遊んでいるのはリアちゃん。四歳。たった今、お茶を運んできてくれたのがミューさん。リアちゃんのお姉さん。年齢不明。なんとも胸がけしからん。二人とも黒髪黒目の日本人で、お姉さんの髪型はセミロング。
情報はそんなに多くない。軽い自己紹介を済ませただけだ。ミューさんは自分の事をミユだと名乗っていたが、直ぐにリアちゃんの訂正が入った。その際にリアちゃんの年齢も知れた。
こちらもしっかりと名乗り返しておいた。
「魔法おじさんです」
「ニャンコニャ」
「しゃべったあああああああああああ?!」
これにリアちゃんが大興奮。その無駄に長い尻尾を掴まれ引き寄せられる始末。
その爪は何かね? せっかく涙が引っ込んだというのにまた泣かせる気かね? 黒猫には飼い主権限で抵抗を禁じた。
警戒するミューさんだったが、まさか妹が黒猫を押さえているのにお帰りくださいとは言えなかったのだろう、無事にお茶を頂く流れとなった。
お姉さんの年齢は高校生ぐらいだろうか? お茶を運んでくる手つきは慣れておらず、通された居間にも、恐らくリアちゃんのオモチャであろうヌイグルミや人形が放置されたままだ。
これが熟練のお母さんなら、瞬時に片付けるか、居間に通さないようにしただろうが……。
まあ無理か。
ミューさんの足はギブスに覆われているのだから。
我関せずとばかりにオモチャに囲まれておままごとを始めるリアちゃんの隣に、ミューさんが腰を降ろす。リアちゃんは黒猫の尻尾を引き抜くのを諦め、お父さん役へと就任させた。
「すいません、只今両親も祖母も留守にしておりまして。わたしがご用向きをお伺いします」
そう言ってお盆に載ったお茶を差し出してくる。
「粗茶ですが」
女子高生が入れたお茶が粗末だって? とんでもない! 顔写真付きでネットオークションに出せば都心のカフェの値段も良心的さ。
という内心を抑えて平坦な声で対応する。
「ありがとうございます」
出されたお茶を一口啜る。仮面の口の部分はペイントなので少しズラして下からゴクリ。顔バレを防ぐ。
今のところ良い感じなんじゃなかろうか? この勢いで会話を試みよう。まずはジャブだ。
「こちらの神社は何を祀られているのですか?」
「うちはお稲荷様ですね。狐神を祀らせて貰ってます」
「ほう、お稲荷様……」
なんて言ってみたところで分かる訳もなく、知識にない会話なんてするじゃなかった。
それにしてもお稲荷様か…………女子中学生の蛇神様じゃないのか。残念。残念ってなんだ?
「あの、それで、ご用件は……」
こちらの沈黙をどう受け取ったのか、急かしてくるミューさん。単に知らないおじさんと同じ空間に居たくないだけかもしれない。今度、仮面に涙のペイントを追加しよう。
「おっと、そうでした。失礼しました。実は先日、うちの者がご迷惑をおかけしたとかで、会って一言お詫びをと思いまして……。つきましてはこれを。つまらない物ですが」
「……あの、お受け取りする理由がないのですが」
菓子折りに乗っけて封筒を返却だ。
しかし封筒に気付いたのか、ミューさんが手を伸ばしてくることはなく。
代わりにリアちゃんが手を伸ばしてきた。
「なにこれ、おかし?」
「リア! ダメ!」
「大変美味しいと評判のお菓子だよぉ~」
「おかし、おかし!」
「止めてください!」
そのまま受け取ってくれれば何の問題も無かったのに。リアちゃんの手をミューさんが押さえる。
仕方ない。事情を説明するか。このまま放置して帰ってもいいんだけど、出来れば遺恨は残したくないしね。
リアちゃんの手を握っているミューさんにご説明だ。黒猫はリアちゃんの脇に挟まれている。業界ではご褒美だ。放置して帰ってもいい。
「受け取って貰って大丈夫ですよ。ご迷惑をお掛けしたお詫びなので」
「……いえ、全然身に覚えがないので…………それに、多分お金、ですよね?」
……あれ?
「先日こちらでうちの者が鵺を相手にしたと?」
この子が例の巫女さんじゃないの?
容姿といい足を怪我していることといい、てっきりそうだとばかり。
チラリと黒猫に視線で確認を取ってみたが、顔が潰れかけているので判別が出来なかった。
「鵺? …………あ、ああ! あの気持ち悪いおじさん! ……あっ、すいませっ」
咄嗟に口を押さえて謝るミューさん。ミューさんの手が外れた途端に菓子折りをゲットするリアちゃん。
どうやら例の巫女さんがミューさんで間違いないようだ。
言葉が少し刺さったのは、その気持ち悪いの外見が自分だからだろうか。ちくしょう。
「い、いえ、大丈夫ですよ。本当に気持ち悪いので。うちの、
言外に別人をアピールだ。
ミューさんはともかくリアちゃんは『お召し上がり』の一言だけをピックアップしたのか、早速とばかりにビリビリと包装紙を破る。フリーダム。
「ちょ、ちょっとリア! すいません、ありがとうございます」
「いえいえ」
ミッションコンプリートだろう。
「でも……依頼料の方はこれで精一杯なんです。確かに相場より遥かに安いと思われますが、元々この金額で依頼したんだし……返金されても困ります」
おっと、そういえば勘違いが進行中でしたね。もしかしたら初代様が気持ち悪くて、『勘弁してください料金』なのかと思っていた。
話の端々から依頼料に不服を感じているように捉えられているのが分かる。
早いとこ訂正しておこう。
「それなんですが、うちはその依頼をお受けしておりません。貰う理由がないのです。なんというか……今回のアイツの所業は偶々の偶然と言いますか……通りすがりの出来心と言いますか……」
モテたい一心でした。
とは言えず。
言っててなんだが、こんな所を偶々とか通りすがるとか怪しい言い訳にしか聞こえない。勘違いするのも仕方ない。
しかしこれを受け取る訳にはいかない。書類を通していないお金など、受け取れるもんじゃないからね。
アルバイトにすら契約書が存在する国なのだ。月数千円稼ぐのにも面倒な書類を何枚も通さなければいけないというのに。
これを無視すると後が怖い。
「……え、でも依頼は受領されて……霊安からも連絡を貰っていたんですけど。……確かに随分遅れてるなぁ、とは思いましたけど」
「うちじゃないですね」
おいおい、それで足にそんな怪我を負うことになったの? 別の意味で遺恨を残しそうなのでハッキリと否定しておく。
「うわぁー! ちょこだ! おいしそー! ねえ、おねえちゃん、食べていい?」
「え、いいけど。うわっ、これ由松屋だ。待って! 全部食べちゃダメよ!」
怪訝そうに顔をしかめていたミューさんが一瞬で破顔である。高いからね。独身の成せる技である。
この流れで話題を畳んでしまおう。
「ミユさん、それはきちんと抗議と報告をしておいた方がいいですよ」
「え、はい。そうですね……てっきりあのおじさんがそうだと思っていたので」
無難な対応を伝えて、丸投げだ。元々関係ない。
……お金も返してお詫びもした。そろそろお
「うぁぁぁ……これ、おいしー……」
「ちょっと手掴み! あんたそれそんなバクバク食べていいもんじゃないのよ?! お皿お皿!」
幸いリアちゃんが菓子に夢中だ。ミューさんがお皿を取りに再びキッチンへと引っ込んだ。スルリと抜けてきた黒猫が俺の後ろに隠れる。
帰るにはいいタイミングだ。
だからだろうか?
そんなタイミングだからこそ、インターホンが鳴るのだろうか?
……帰りづらくなっちゃうだろ。
「はーい!」
誰よりも早くリアちゃんが反応だ。もしかしたらお姉さんを助けるように言い遣っているのかもしれない。
「はーい! はーい! まってぇー!」
どこかで聞いたことのあるような台詞だ。
トタトタと駆けていくその手にはチョコレートが握られている。
……気のせいかな? この後の展開が予想出来るよ。
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