第19話
「………………………………はっ?!」
良かった。知ってる天井だ。
ギシギシと鳴る関節と開くのを嫌がる瞼を、長年培ってきた精神力で黙らせて、体を起こす。
枕元で丸まっている黒猫を羨ましげに見る。こちとら今週は大変になりそうなのに。
「あ、やべ、時間……」
目覚めてまず時刻確認をするのが社会人だというのに、今日はどうしたことか、なんか油断している。
休日でもないというのに。
「……なん?」
時刻確認をしようとしたところで驚く。
高校の頃から使っているので、そろそろ二十年の時を刻もうとしている目覚ましが、なんか凄いバランスしていたのだ。
正方形の角を丸めたようなアナログ時計なのだが、どうしたことか角の部分を下に、その下に本が斜めに、更にリモコンが縦にと連なり聳え立っている。
お蔭で目線が平行だ。
なんかこんな現代アート見たことあるな。
「……あー、良かった……まだ五時半か」
それでも今の時刻の方が大事だと、顔を斜めにして時計を見たところ、いつもの時間だった。
それで心に余裕が出来たせいなのか、ようやく部屋の惨状に気付けた。
現代アートな目覚まし時計もそうなのだが、惨憺たる有様とはまさにこのこと。
喰い散らかされている。
床に広がるコンビニの袋から見えるのは、まだ空けていないペットボトルや缶ビール。少し離れてバーガーやサンドイッチの包装が滅茶苦茶に破られ、おにぎりの海苔などと共に床に細かく散っているではないか。テーブルの上に残されたヨーグルトやプリンの容器には、蓋に
お腹が減った黒猫が夜中に頂いたのだろうか?
ギルティ。
飼い主の義務として、厳しい躾を執行しようと思う。
「……今日、仕事が終わってからだけど」
まあ、それまで覚えていればの話になるんだけどね。……朝と夜、仕事の前と後じゃテンションが変わるんだ。特に朝は余計なことに時間を取られたくないというか……。
渋々と布団を抜け出して片付ける。コンビニ袋にゴミを纏めて、
缶ビールを冷蔵庫に押し込もうとしてハタと気付く。
俺がこんなの買う訳ないじゃないか、と。
よくよく考えれば分かる。考えなくとも分かる。買われた品々は、どれも好みから外れる一品だ。すると思う。
誰が?
そこで昨夜の記憶が追い付いて来た。
…………ああ、そうだ。車に缶詰めされて、その後…………その後?
ハッっと気付く。こんなことしている場合じゃないと。
仕事に行かなきゃ。そうだ。あのクソチビメガネは仕事をやってない。絶対やってない。逮捕された後も俺はやってないとか言うんだ。きっとそう。
今週は一人足りないんだった! 朝の内にクソチビメガネの残した分を終わらせないといけない。
とりあえず色々うっちゃって会社に行こう。それが社会人。全部週末、もしくは休みの日に回す。夫婦間のズレはこうして生まれる。パパはお休みの日に遊びに連れていくなんて言ってない。遊ぶかどうか考えると言ったんだ。
歯磨きに適当ヘアセット。水を頭から被る。顔も洗えて一石二鳥。仕事行く用の服に着替えて、ポケットに鍵束、スマホ、財布を入れて確認していく。
特に財布、忘れちゃいけない。
免許証が入っているから。
時間帯一通の所でポリスが張ってやがる。来月、再来月で今年も終わる為、ここらで点数を稼いどこうって算段だ。
一度やられたことがある。
その時、財布を忘れてしまったのだ。
持ってないんだね? と聞かれたから、家にありますと答えたら、免許証不携帯で罰金と言われた。
その通りだ。
しかし悔しかった。
あれ以来ポケットを叩いて家を出る前に確認している。
前に二つ、後ろに二つ。
後ろのポケットには片側に財布しか入れてないのだが、勢いでもう片方の方も叩いてしまう。セルフスパンキングではない。
今日も玄関前で確認しながら靴を突っ掛ける。
前に二つ、後ろに……うん?
すると、後ろのもう一つのポケットにも反応が。
「あん?」
思わず声が出た。チンピラかよ。
クシャっとした軽い音から察するに、恐らくは紙。レシートかな?
しかしレシートにしては分厚く、引き出して見れば、銀行なんかでお金を入れる為の封筒が二つ折りになって入っているではないか。
「……おお」
なんだろう、この宝箱を目の前にしたようなワクワク感は。
見覚えはない。見覚えはないが、どうせ何かしらのオチが詰まっていると見た。黒猫を絞め上げる理由が増えるだけなので、問題はないが。
レシートの束っていったところだろ? ……請求書の束だったらどうしよう。
少し不安になりながら封筒を開けてみる。
その中身は――――――一万円札の束だった。
「…………」
日本銀行券だ。
諭吉さんが群れを成してやがる。
銀行の封筒に札束が入っている。なんてシュールなんだろう。
はてさて仕事に行くべきか行かないべきか…………それが問題だ。
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