第18話 初代 *三人称視点
山奥に建つ工場の、深夜の第二駐車場。
山を切り開いて無理矢理スペースを作ったそこは、土を固めた足場にヒモを埋め込んで分けられただけの簡易的な駐車場だ。隣接する森には緑が多く、人の手が入っていない。
外灯も設置されていないそこで、稜線が青く光る車が、ポツンと取り残されている。
その周りには、破壊された車の残骸と、白目の部分を赤く染めた餓鬼が、おびただしい程にうじゃうじゃとひしめき合っていた。
しかし餓鬼には青く光る車が目に入っていないのか、その周りを回るだけで、他の車同様に破壊しようとはしない。
車の中には三十代も半ばに差し掛かった男性と、尻尾が異様に長い黒猫がいた。
男性は黙祷するように目を閉じ、それを黒猫は人間じみた表情で心配そうに見つめている。
瞼を抑えていた手がゆっくりと下に落ちる。カッと目が見開かれる。
青だ。
月明かりに反射する瞳の色は、先程までと違い、青い。残線が闇夜に跡をつけるそれは、只青くなっただけという色物とは違った。
「じょ、『浄眼』ニャ。そんなのも使えるのニャ? 今代の宿主は優秀ニャ。二代目ぶりニャ。…………宿主?」
いつもはあーだこーだと騒ぐ男が酷く静かだ。黒猫がその様子を訝しげに見つめていると、
「ふふ、ふははは、ふわあーはっはっはっはっ!」
突然、笑い出した。
黒猫は思った。なんだいつも通りだ、と。
「ヒュー! 現世の空気は最高だぜぇ! って、変な臭いするぅ?! 五感にダイレクト! そこに痺れる憧れるぅ! うん、大体合ってる筈。俺、マジ現世っ子」
黒猫は思った。なんかいつもと違う、と。
しかし男は黒猫になんら構うことなく、ハンドルに乗り出してフロントガラスの先を、その青い瞳で覗き込んだ。
「ふむぅ、餓鬼か。いや餓鬼擬きだな、こりゃ。三十余も種類があるのだから新種ってこともあり得るが、いかんせん人の手が入っている。食べようとした物が燃えず、こだわりもなく、死に落ちた想念にしては薄い。イメージが大陸寄りと見た!」
ビシッと突き付けた指は誰を意識しているのか。
「ふふん、骨休めには丁度善き! いくぞ
「……もしかして『肩慣らし』かニャ? ……んニャ? ! まさか…………?!」
酷く自信満々に言い間違える、この懐かしいやりとりに、黒猫は戦慄を覚えていた。
人前ではグダグダなのに、
車のドアを開き、闇夜に青く光る浄眼を靡かせ、第六十四代目魔法おじさんが現世に降り立った。
ウヨウヨと駐車場を徘徊していた餓鬼どもは、魔法おじさんが車から降りると共に、その動きを止めた。
直ぐさま襲い掛かってくるかと思いきや、おじさんを視界に収めた餓鬼は苦しそうにその場で身動ぎするばかり。
「フゥーーー! いい月だ! 死ぬには持ってこいの善い夜だぜ!」
「宿主死んじゃうニャ?」
「勿論、餓鬼擬き共の事だ!」
おじさんの隣に降り立った黒猫は思った。
そうじゃない、と。
一頻り哄笑を終えたおじさんが、いきなり右手の指を突き上げた。
拳の形から人差し指と中指をくっ付けて突き出し、ピンと指先を空に向けて張った格好だ。
戦闘民族が地球に来た時の挨拶だ。
「急急如律令!」
キンと響いた言葉に、餓鬼どもが泡を食って動き始める。
おじさんに襲い掛かろうと。
しかしその動きは遅く、おじさんが左手を突き出す方が早かった。
握られているのはウノのカード。演出なのか、カードをクルリと翻し、餓鬼どもに表側を向けた。
緑の1だ。
「『縛! 悪しき想念を阻み檻と化せ!』」
唱え終わると同時に、地面を食い破って現れた植物の蔦が餓鬼どもを一匹残らず捕らえる。
あっという間に駐車場が緑を取り戻し、餓鬼には蔦が幾重にも巻き付いていく。
しかしおじさんは止まらない。
ホロホロと左手に持ったカードが崩れて消えていく中、指に挟んでいたのか別のカードが現れる。
おじさんは指をクルリと翻し、不敵に微笑む。
赤の1だ。
「木生火! 汚物は消毒だああああああああ!」
おじさんの叫びと共に青い炎が燃え上がる。捕らえていた餓鬼を蔦ごと燃やす青い炎は、しかし周りの木々に燃え移ることはなく、ただ闇夜に煌々と聳え立った。
「なにこれ気持ちいい! ふわあーはっはっ! ふわあーはっはっはっ!」
「変わってないニャー」
炎の中で、何故か大笑するおじさんと、溜め息を吐き出す黒猫。
これで終わっていればめでたしめでたしなのだが、それで済む訳がないのが現実。
ズシャアと砂利の上を滑る音がして、おじさんと黒猫が駐車場の先、音の発生源へと目を向けた。
おっと、取りこぼしかな? と、ユラリと青く光る瞳を向けるおじさん。黒猫の瞳も金色に輝いている。
視線の先には、工場に雇われた警備員が歯をガタガタと鳴らして尻餅をついていた。
元々この時間は巡回の為、駐車場で良からぬ事をする輩がいないかを見回っていたのだが、そこに上がる火柱を見つけ駆け寄ってきた次第だった。
もしや車が爆発したのではないのかと。
しかしそこには、大火に焼かれながらも平気そうに大笑する不審人物。火は青く、停めらていた車は例外なくボロボロ。
イカれてる。
長年の経験から、危険に鈍して近づいたり写真を撮ったりする愚を犯すことなどなかったのだが、如何せん相手が悪い。今までの経験に無い出来事に油断した。
踵を返して応援を呼んでこようとしたのだが、足の力が想像よりも入らず、滑って尻餅をついてしまったのだ。
「あ、…………っ……!!」
言葉が詰まって出てこない。見すくめられた警備員は、足を震わせながらも立ち上がる。
ニタァっと、口が裂けるようにおじさんが嗤う。
「おやおや、大……」
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
ゆっくりと持ち上がるおじさんの手に不吉なものを感じたのか、警備員が今度こそはと悲鳴を上げて逃げていく。
ヨタヨタと走り去っていく警備員を見送る、おじさんと黒猫。
今の心情を表すかの如く消える青い炎。
おじさんは上げかけた手をにぎにぎ。
「……ははーん、さては俺の活躍をいち早く伝えんと駆けて行ったな? 出来れば
「普通にビビって逃げただけニャ」
「……」
沈黙の間を冷たい風が抜けていく。しかし黒猫はそんな空気は知らないとばかりに欠伸を漏らす。
「よ、よし! 他にも餓鬼に困っている民草がいるかもしれん。移動しよう! 何せ人為的な気配があるからな。うん、いる。きっと困ってる子がいる。
そそくさと車に乗り込むおじさん。車は依然として青く光ったままだ。
「……もしかしたらニャンコ、嘘ついたことになるのニャ?」
やはり呪いは呪いなのか。永い時を経て帰ってきた主を見て、黒猫は複雑な表情を浮かべた。
酷く人間臭い表情を。
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