第17話



「はい、ウノ」


「むむむ、どろつーがないニャ。…………なに色か読むニャ。四つの色の内、三つが大丈夫なんだから、よっぽど大丈夫ニャ。…………大丈夫ニャ」


 全然大丈夫じゃねーけどな。


 青く光るマイカーの中で、飼い猫とウノをする深夜一時。帰りたい。


 雪崩を打ったように駆けてくる餓鬼に対して、万能結界を車に張ることで対応した。


 数十はいるだろうと思っていたが、下手すりゃ百を越えている餓鬼の大群。数は力だ。一匹一匹は大したことないらしいが、どう蛮勇を振り絞っても二、三匹撃退したところで餓鬼に埋もれる未来しか見えない。


 結界を張ったところ、ボンボンと弾かれる餓鬼ども。このまま逃げても良かったのだが、下手に追っかけられて自宅までお持ち帰り、なんてことにはならないと言えるだろうか?


 万能結界の対象は外から見えなくなるし、中からの音も聞こえなくなるらしいのだが、そんな透明車を走らせて事故でも起こしたら事だ。使い勝手悪いな万能。しかし結界を解いたら見つかるというこの状況。


 じゃあ籠城する。そんな結論に達したのが、一時間前。


 待てどもウノせども来ない、霊安局。


 既にマイカー以外の車は餓鬼に破壊されてしまった。駐車場には手に手にバンパーやらサイドミラーやらを持ってうろうろする餓鬼ども。


 保険は効くのだろうか?


 そんなことを考えながら窓の外を眺める次第。


 とぼとぼと歩いている餓鬼が車に当たる。車に当たった餓鬼は、跳ね返された瞬間は何かを見つけたといったように飛び起きて駆け出そうとするのだが、一歩を踏み出す前に、あれれー? おかしいなー? といった感じで目標を見失ってしまう。


 認識阻害まで付いているらしい万能結界。そこまでする必要はあったのか初代?


「これニャアアアア! 間違いないニャ! 絶対ニャ!」


 黒猫の叫びに窓から視線を外すと、カードの山の上の一枚が更新されていた。


 赤の1だ。


「はい、じゃあ緑の1で上がり。お疲れー」


「フニャアアアア?! なんでニャ?! 1は最初に二枚一緒に出してたニャ! 宿主はヤマから一回も引いてないのニャ! わざわざ残してたのニャ?! そんなの、ふごうりニャ! わけわかんないニャ! 反則ニャ!」


 なんでだよ。


 ブツブツと、赤は、赤は合ってたのにニャ、とか言いながら空中に猫パンチを放っている黒猫。ストレス行動だろうか?


「もう一回、もう一回やるニャ!」


「やだよ! つーか本当にそろそろ帰らんと明日キツいんだけど?!」


「もう一回、もう一回ニャ!」


 甘噛みしてくる黒猫を手を振るって払い落とす。


 しかし余程再戦したいのか、挫けずに再び袖へと噛みついてくる。


 体力を限界まで使ってどこぞのバカの穴埋めをした後でパソコンにかじりついて仕事しないであろうクソの前倒しをこなして摩耗しきった精神でようやく報告を上げたというのに、その報酬が飲まず食わずで車に缶詰めのうえ猫とウノとか。


 勘弁してくれ。


 もう無理だって。


 ここらが限界ですって。


 いやほんと!


「ああああああもおおおおおおおおお!! マジ誰かああああああああああ助けてくださああああああああああああああああああああい!!!」


「フニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」




 ――――――――お、呼んだ?




 …………いや、呼んでない。


「アアアア、アニャ? どうしたニャ」


 その声は酷く頭に響いた。余波が体の中を駆け回るように、ドクンドクンと血管が脈打つ。急激に増した体温と反比例して、急速に頭の中心が冷えていく。


 視界が青と黒に明滅する。


 俺の不調を察したのか、黒猫が袖を離して助手席へと戻る。


 いや、不調どころか、死んでもおかしくないような体の異常。


 だというのに。


 疲労感は消え、心が浮き立つ。


 まるで魂が喜びの咆哮を上げるように。



 ――――――――大丈夫、安心しろ



 いや待て。良くない。これは非常に良くない。


 まるで眠気に負けるかのごとく、必死に閉じようとする瞼を手で抑える。



 ――――――――こういう時の台詞は勉強した。バッチリだ



 初めて聞く筈の声なのに、言い知れない懐かしさのような物と――――――――込み上げるような感動が……………………。



 ――――――――能力ちからの使い方を教えてやるよ、って言うんだろ?



 俺の瞼が閉じるのと同時に、意識の方も闇へと潜っていく。


 同時に浮かび上がったは酷く楽しそうで、なんとなく『仕方ないな』なんて気持ちを抱いてしまった。


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