第20話



 休日に回すことにした。


 社会人ですから。


 色々と黒猫を問い詰めるのは帰ってからということで。


 超速攻で帰れば問題ない。どこから持ってきたお金だか聞けば問題ない。直ぐに元の場所に戻せば問題、しかないよちくしょう!


 頼む、真剣に頼む。マジ神様お願い。まだ使ってなかった一生のお願いをここで使います。


 どうか、どうか銀行で降ろしただけでありますように!


 思い出した。全部思い出したよ。といっても、とり憑かれる直前までだけどな。


 何が害の無い呪いだよ?! 今んとこ害しかないわ!


 予定通り残っていた仕事をしながら悶えている。こんな事をしてていいのか? と自問自答。当然ながら効率は悪い。もしかして俺は犯罪者なのだろうか? ああ、どうせ罪を犯すなら、「お疲れーす」とか言いながら誰よりも早く上がるあのクソチビメガネを殺したという罪が良かった。いや良くない。


 気もそぞろになりながら朝の準備なんかしたもんだからか、水を溢れさせるなんて初歩的なミスをやらかしてしまった。


 後輩くんが直ぐに気付いて対応。大事にはならなかったが。なにこれ死にたい。恥ずかしい。


 しかし忙しさとは重なるもので、派遣会社の方が新人くんを連れてくると言うじゃないか。それは人数的に万全な今日じゃない方が良かった。どうせなら明日が良かった。年休を返上して出てきてくれた奴に不満が溜まるから。あれ、これ俺いった? みたいになるから。


 しかも、またしても夜勤にやる筈の砥石交換がされていない。よりによってクソ時間が掛かるやつだ。極めつけは、寸法違いの品が見つかったことだ。時間一回の寸法チェックだったので、遡って最低でも一時間分はダメな品が出て来てしまう。ここに最後の二時間入っていたのはあのクソチビメガネらしいので信用なんてできない。


 ダメな分だけ今日の生産数に上乗せされる。


「……うわー、マジどうします?」


 始業前の体操の時間をサボって後輩くんと緊急ミーティング。しかし五分ぐらいしかないし、朝礼には出なきゃいけないという決まりがある。


 土曜日を守る為に、ここで頑張らなきゃいけない。


 やります、やれます、やってみせます、しないといけない。


「まず、新人くんは一人分の範囲を半分に割って、午前と午後に分けて入ってもらう。で、年休取ってた奴は定時に上がってもらって、残業時間になったら一人分を回させよう。お前は休み時間に新人くんのラインに入って、遅れ分を取り戻す……もしくは先行生産で」


「うわ、課長とかに見つかったら怒られませんか?」


「いいよ。先行生産分はペケ品だとか言い張って誤魔化すから。それはそれで後で俺が怒られるだろうけど」


「砥石は?」


「めっちゃやりたくないけど、使用限度越えてっからなぁ…………俺が昼休憩の四十五分で換える。俺は適当に隙間で飯食うから、お前は後休憩で頼む。で、今から部品を分解して遡り回収を俺がやる。多分午後から安定すると思うけど、そこから書類作成あるから……お前一人でライン見る感じになるけど、大丈夫だよな?」


 機械が壊れなければ。


「うッス。機械が壊れなければ」


「そう、機械が壊れなければ」


 壊れるんだよなあ、これが。


 一般人的に捉える工場の機械というのは、全く壊れるイメージがないのだろうが、実際にはほぼ毎日壊れる。機械を直す専門の部署があるくらいだ。


 しかしそこも人数が足りず、少しぐらいの不具合は各自で直せや! というのが不文律となっている。


 こうして起こるのが、うちでは『ちょこ停』と呼ばれる現象だ。甘くないので注意だ。


 ほんのちょっとセンサーに引っ掛かって停止する、ほんの少しゴミに引っ掛かって停止する、ちょこちょこ頻繁に停止するから『ちょこ停』と呼ばれている。


 これがまあよく起こる。大きな故障も小さな故障も、日常茶飯事的に起こる。


 当然ながら直して回るのだが、大きな故障が優先だ。それに小さな故障は簡単に解除して直ぐに動くようになる為、放っとかれやすい。


 するとどういう事になるかと言うと。


 ラインを回って機械を動かす。一周回って、再び最初の機械へ。その時、ちょこ停が起こったので解除し、再び周回。ラインを周回、ちょこ停解除、ラインを周回、ラインを周回、ラインを周回、ちょこ停解除、ラインを周回、ちょこ停解除、ラインを周回……とエトセトラに続くと、今度は別のものが壊れる。


 人間が壊れる。


 そんな頻繁に停まれば、当然ながら生産は遅れるし、なにより気持ちよくラインを回すことが出来ない。ストレスが生まれる。


 溜まったストレスは捌け口を求めて暴走する、つまり機械を殴り出したりする。いや本当に。


 当たり前だが機械の方が硬いので、手の方が壊れるが、殴る当人は気にしない。


 ライン、ちょこ停、殴る、ライン、ライン、ちょこ停、殴る、ライン、ちょこ停、殴る、ライン、殴る、ライン、ライン、ちょこ停、と続く憎しみの螺旋。


 そこまでいくのは稀だが、そうなる前に機械を直さなくてはいけない。


 誰かが止めなくてはいけない、その憎しみの連鎖を! 昔の人はいいこと言うよな。


「という訳で、今日はお前が止めてやってくれ、人が機械を憎む心を!」


「先輩、最近全開ですね」


 がっしりと肩を掴んで託したというのに、後輩くんは冷静だ。これがジェネレーションギャップってやつか。Gって知らない? ゴブリン。


 後輩くんのお蔭か、入ってきた新人の覚えの良さのお蔭か、定時までは順調に進んだ。珍しく人も機械も壊れず、新人の所が少し遅れるだけで済んだ。


 残業の時間分ぐらいの遅れを取り戻せる先行生産をしてあるので、これで今日のところは大丈夫だろう。


「マジ明日やってなかったらマジあのクソチビクソメガネマジ殺すマジでマジマジ」


「そうッスねー、刃具交換はやって貰わんと。大体、夜勤の方が余裕ある生産量なのに、なんであの人ラインの中に入るんスかねぇ?」


「しかも寸法測ってねぇーしな? ダメな製品が二時間分あったぞ」


「マジで夜、何やってんスかね?」


「仕事じゃないのは確かだな」


 残業に入る前の休憩時間に生産と刃具交換を行いつつ後輩くんと話していると、課長がラインに入ってきた。


 来たかー。


 途端に静かになる後輩くん。そうだね。お説教タイムだからね。


 これを待ち受けながらも、気付いてませんよーっと刃具交換を進める俺に課長が近づく。


「渡くん」


「あ、はい」


 これに伴い後輩くんにアイコンタクト。


 『あとは頼んだ』『寸法測るだけだから』


 『了解ッス』


 コンマ秒で終わるコミュニケーションを経て、無駄に長い説教タイムが始まる。いいんだ。書類は終わらせたし、後は後輩くんのサポートぐらいだったから。


「ちょっと、君、呼ばれてるんだけど?」


 しかし覚悟していた叱責の言葉は届かず、予想外の台詞をぶつけられる。


 呼び出し? 誰に?


 疑問が顔に出てたのか、続けようとした課長の口が閉ざされる。チラリと後輩くんを見る課長。


「いいから、来なさい」


「はあ」


 応じるままに歩き出し、工場を出た辺りで課長が周りを気にしながら話し掛けてくる。


 先程の続きだ。


「君ねぇ、なんかヤバいことでもやってるんじゃないだろうねぇ? 警察が来てるんだよ。君に聞きたいことがあるって。言っとくけど、会社は責任持たないよ」


 あ。


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