第43話
ジリジリと肌を灼かれる……。
なんだろう? この表現で合っているかは分からないのだが……そんな心境にある。
別に急に静かになったとかではない。
相変わらずガヤガヤとした話し声や足音なんかが、このホールを満たしている。
しかしそこに今の心境を加えたせいなのか、ガヤガヤがザワザワに変化したような気もするのだ……。
――――もしや注目を浴びているのでは? と。
そんな自意識過剰なことを考えるぐらい、今生で注目なんて集めたことがないおじさんである。
なんかしたのだろうか? スーツに仮面が珍しいのだろうか?
こんなおじさんが近場のコンビニに出没したのなら通報まで余裕、それは分かる。
しかしあれだ。ここじゃこんな格好、
もっと凄いのだっているんだし。
むしろおとなしめの部類にすら入るだろう。
だから気のせいだと思いたい。ああ、きっとそうだ。気のせいに違いない。
なので確認のために振り向く必要は無いし、掲示板の向こうから時折チラチラと見られているように感じるのも俺の被害妄想で済む話さ。
お坊さんスタイルもスーツスタイルも何人かいるのだから、きっと注目度が高いと感じるのは、遊園地で取り引きしてそうな黒尽くめと銃刀法違反のせいに違いない。
関わることはない。サッと仕事を決めてパッと離れればいい。
銃刀法違反が如何にもなおじさん顔だったから、この掲示板に来てしまったのだが……腰に差してある刀に気付かなかったことが敗因か……。
腕に鎖巻いてる中学生の方がまだ健全だったよ。
ちくしょう。
厄介事になる前にと、トコトコと歩を進め、適当な依頼を一つ手に取った。
瞬間。
明らかに空気がザワついた。
これは勘違いとは言えまい。
だっておじさんと連動している。
え? これマズいやつ?
まだ記名したわけじゃない。
ただ手に取っただけじゃん。
なのにこの反応である。
もしかして、おじさんの知らない暗黙の了解とかある系? 取ったら戻しちゃダメ的な、回転寿司ルールが存在する可能性がある系?
じとり背中に汗をかく。
「ふむ」
冷静を装って、顎に手を当てて、如何にも『よく見えなかったんですよー?』と文字を追う。
だって仮面だもの。ほら、仮面だから? 仕方ない? そんな感じで許してほしい。
依頼内容を吟味。
つらつらと書かれている内容を纏めると、近海に存在する島の一つに祀られている神様を鎮めるための助力、とのこと。
なんのこっちゃ。
海? もしかしなくても仕事場は海ですか? この季節に海……なるほど。
この依頼が敬遠されていたのも頷ける。
もしかして、おじさん掲示板には面倒な依頼を集めているのかもしれない。
パッと顔を上げて、他の依頼も読んでみる。
なになに? 指名手配されている呪術師の呪殺? ふむふむ? 何百と犠牲の出ている領海での沈没船の鎮魂? それからそれから? 暴走したキマイラの討伐? と。
ふーん。
碌でもねぇな。
思ったよりもブラックしてる業界。
ブラック企業に輪を掛けてブラック。
この掲示板に人が寄り付かないわけだ。
「ふふふ」
思わず笑いが漏れてしまった。
これはあれだ。
おじさんにはまだ早いと思われる。
他の依頼を見た後だと、幾分はマシに思える海依頼。少なくとも犠牲の出ている海域云々よりはマシだろう。
それでも今回は遠慮しておこうと思う。
手にした紙を掲示板に戻そうとしたところで、報酬の欄が目に入った。
一、十、百、千、万…………一千万?
いっ? いっ! いっ?!
……これで税金が無いのだとしたら、おじさんの年収を遥かに凌ぐ。
書き違いか?
再び掲示板にある他の依頼に目を通す。
今度は報酬の部分だ。
すると他の依頼にも一億なんて報酬がザラにあった。
どうなってんだよこの業界。
サラリーマンを遥か下に見るセレブリティだ。カップ麺で三食浮かそうとするおじさんには雲の上。
正直、二の足を踏んでしまう。
仕事の難しさを考えればそれも仕方ないのかもしれない。だって呪殺とか無理でしょ。『殺』付いてる時点で色々とお察しでしょ。
猫が言っていた表だの裏だのをようやく理解だ。
…………しかし一千万……。
それだけあれば、金の心配をすることなく転職活動に励める。
……一千万、一千万かぁ……。
仕事内容的にも危ないことは無さそうに感じる。大筋のところは『助力』なのだし。それが他の億越えの依頼と違うところなのだろう。
もしくは今の季節に海の依頼だからというのも考えられる。
難易度を考えると手頃……手頃だ。
うっかり戻したら早々に取られかねない。うん。取られるかもしれない。いや、取られるんじゃないかな?
人気の依頼は書き込まれるのも早いのだろうし。ガッツポーズキメてた魔女っ娘も急いでいた。
この掲示板にあって、他と比べると報酬が安い。しかしそれがこの依頼が残っていた理由なのだろう。
業界上級者っぽいおじさん共は、そのセレブリティ故に依頼を見逃した、といったところか。
他の掲示板に載せていたら記名が殺到していた可能性すらある。
紛れてしまっただけで、実際のところ割のいい仕事なんじゃないだろうか?
所謂『美味しい』依頼なのでは?
ある……ありそうだ。さっきの騒がしさは、おじさんがそれを手にしたことで、『しまったぁ?!』的に気付いたとかじゃないの?
だとすると、おじさんが感じていた注目も幻ではないのかもしれない。
ギラギラした目で、おじさんが依頼を戻すところを狙っているのかもしれない。
……………………一回……一回だけ、目を瞑って行ってみてはどうだろう?
もしかすると今が千載一遇というやつで、このうえない幸運を手にしている可能性もある……!
……よし、やってみよう。
まだ採用かどうかも分からないのだし、書いてみるだけ……ね。仕事内容もそんなに危なくなさそうだし。
追記のところに『初心者大歓迎!』って書いてあるしね。
備え付けてあるペンを手に取る。他の掲示板ではボールペンだったのに、ここは何故か羽根ペンである。雰囲気作りかな?
カキカキと。
いつの間にか静まり返っていたホール内に、おじさんの羽根ペンを走らせる音だけが響く。
なんだよ、次に記名すればいいだろ? そんなに注目するなよ。
もしかしたら本名じゃなきゃダメかも? なんて考えつつも『魔法おじさん』と記名した。
護りたい、個人情報。
だって次に記名する人にバレちゃうし。ならこの芸名を貫き通そうと思う。
つまり渡光也と魔法おじさんは別の人なんだよ、分かる?
記名した契約紙とやらが、掲示板に戻した直後、瞬く間に青い炎の中に消えてしまう。
…………こいつぁ驚きだ。
即時採用のお知らせ。
嬉しい悲しいの前に、気持ちの準備が出来ていなかったので、ただただ戸惑う。
そこでハタと気付く。
なんか目には見えない繋がりのようなものを感じる……。
もしかして遅れてきた運命の赤い糸だろうか? うん。大丈夫。おじさんにだって分かってる。
これが『契約』とやらなのだろう。
「もし」
依頼は基本的に現地集合という形でいいのだろうか? 以前会ったことのある契約者が碧雲という詐欺師だけなので不安だ。受付で確認を取っておこう。
「もし」
黒猫を伴い、そそくさと帰ろうとしたところで、錫杖が行く手を阻んだ。
こちとら亀じゃないので応えなくていいと思っていたのに……。
仕方なく目を合わせると、そこには深い笑みを称えるお坊さん。
「もし、そこな御仁」
残念ながらおじんである。
他を当たってほしい。
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