第42話
案内を終えた感を出す黒猫。腕に巻き付いていた尻尾も元の長さへと戻っている。
いやいや、どうしたらいいのよ?
視線で問うても、ムフンと鼻息荒くドヤ顔で勘違い。褒めてねえよ。この先の手順を教えろって言ってんだよ。言ってないけど。
とりあえず人の流れの妨げにならないようにと足を進める。
すると近付いてくる掲示板。
周りに習って、その一つを覗いてみる。
……まさかまさかの入札方式だろうか?
乱立する掲示板に多数貼られている紙には、日時仕事内容報酬と事細かに条件が書かれていて、その下の方に氏名を記入する欄があった。
ちょうど中学生っぽい女の子が紙に名前を書いているところで、人気の仕事なのか他にも記名されているのが見えた。
……複数募集なのかな?
それにしてもおかしい。
どうやって採用不採用を決めるんだろうか? まさか別日に面接があるとか? しかし未成年にしか見えないんだが? 労働基準法とかどうなっているのやら……。
絶えず湧き出てくる疑問の一つに答えるように、用紙が複数枚燃え上がった。
青い炎だ。
いきなりの小火騒ぎだというのに、周りの反応は冷淡……というか悲喜こもごも。手で目を覆ったり、ガッツポーズキメたり。
どゆこと?
「……あー、黒猫君、黒猫君。今のはなんだね?」
「契約が成ったのニャ。契約紙は霊安が書いて仲介してるから、宿主のリクエスト通りニャ。なにか問題かニャ?」
大アリだなぁ。
流石に聞かねば分かるまいと尋ねたのに、聞いても分からないんだから、もうどうしようもないね。
帰ろうか?
厭世観を醸し出すおじさんに気付いた黒猫が話し掛けてくる。
「どうしたニャ? 宿主の要望通り『ちゃんと』した『契約』ニャ。お仕事探すニャ」
確かに言ったさ。車の中で。「きちんとした紙に記入するタイプの雇用契約なんだろうな?」って。
黒猫も応えたさ。助手席で。「きちんとした紙に書いて結ぶタイプのちゃんとした契約ニャ」って。
うん、言った。
言ったね。
でもさ?
契約違いじゃね?
確かに両方契約なんだろうけど。
違う、違うよね?
俺が言っていた契約っていうのは、悪魔に魂を売り渡して力を手に入れる的なものじゃなく、会社に命を売り渡して金を手に入れる的なものなんだよ。
分かる?
「わからないニャ。どう違うのニャ?」
「所詮はケダモノか……この違いが分からないとは」
俺の懇切丁寧な説明を切って捨てる黒猫。おいおい、しっかりしてくれ。普段の賢さはどうした?
「でも……お金は貰えるニャ? お仕事ニャ?」
それは…………そうなの?
『契約』なんて言うもんだから頭ごなしに危険なものだと決め付けていた。でも名前書いた紙が燃え上がって『契約』とか言われたら、そういう想像しちゃうじゃん。君の願いを叶えてあげる、的な? 魔女っ娘っぽい女の子だったし、魔女的な契約だって思うじゃん? 最終的に不幸なオチが待っているのが現代の魔女故に。
驚かせるなよ。
「それは失敬。私はてっきり……魂と引き換えに報酬を得るようなものかと勘違いしていたよ」
「そういうのもあるニャ」
驚かせるなって。
仕事内容に注視して張り紙を流し読むと、記名が全くない古ぼけた黄ばんだ羊皮紙で『求む! 新鮮な魂! 赤子なら特に良し!』というのが見つかった。
これ国営で出していいものなのだろうか?
そもそも赤子に記名は出来ないんじゃなかろうか?
……………………よし!
深く考えない、それに尽きる。
どんな仕事だろうと、この極意さえ会得していれば死んだ瞳にて淡々とこなせる。中年社畜をナメるなよ?
「……纏めるとだね、気にいった仕事内容の紙に記名して、燃え上がったら『契約』? とやらが成されるという理解でいいかね?」
「いいニャ。契約紙は霊安局で作成されてるから、宿主が心配してた税も大丈夫だと思うニャ」
まあ明らかなローティーンが受けてるぐらいだからなぁ。
「罰則とか罰金とかもあるのかね?」
「『契約』は『呪』によって成り立つニャ。破棄や違反には罰があるニャ。でも己の力量次第ニャ。自己責任ってやつニャ」
いや怖えーよ。
「普通にやればいいニャ。宿主なら大丈夫ニャ」
そ、そう?
なんか得体のしれないアプリをダウンロードするのに似ている。内容をしつこく読んだというのに二の足を踏むこの感じ。
「……ちなみに罰ってどのくらいの規模になるのかね?」
「代償によるニャ。この場合は仕事の重さに楽さ……あとは金銭の多さかニャ?」
代償て。
ヤバい仕事じゃないよね? 人の錬成やらかして片腕を強制徴収的なアレじゃないよね?
つまりハイリスクだとハイリターン、ローリスクだとロリたんってやつね。
餓鬼退治はどのくらいなのか……。
ザッとその場を見渡してみる。
人気の掲示板と不人気の掲示板があるようだ。
又、妖怪しか寄り付いていないものと、中学生ぐらいの年齢に人気があるものと、様々な枝分かれが見られる。
求人の年齢制限的なものだろうか?
それならばと、おじさんクラスの年齢層が集まっている掲示板へと足を向けた。
流石に若さ全開の中を割っていけないし、あまつさえ受かってしまったのなら気まずくなること請け合いだから。
……あー、なるほどな。
求人の年齢制限はそういうことも考えて設定してあるのかもしれないな。
それならこの人数の少なさも、分からなくはない。
人気か不人気で言ったら、圧倒的な不人気である『おじさん掲示板(命名おじさん)』。
袈裟を着たお坊さんに、今朝起きたおじさんが並ぶ。
言葉の上だけ見たら対等。
そんな言い訳。
この掲示板だけ『空白地帯かよっ!』ってぐらい人が少ないのが悪い。心持ちだけでも突っ張ってないと萎えそうになる。なんか目立ってるように感じてしまうのだ。実際は人が少ないからそう感じるだけなんだろうけど。
この掲示板を見ているのは三人。
黒いスーツケースに腰掛けた黒尽くめのロングコート、錫杖装備の袈裟御坊、着流し姿で刀なんか腰に佩いてる無頼漢。
変な奴らだ。
隣に並んだせいか、お坊さんがこちらを見ている気もするし。
早いとこ済ませよう。
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