第22話
「四十六、四十七、四十……はちっ!」
パチッと弾いて札束を数え終える。四十八諭吉だ。
帰りにATMで貯金の残高なんかを確認したのだが……減っていなかった。つまり俺の金じゃない。
俺の金じゃ、ないんだ……。
どうしたらいいか分からなかったので、取り急ぎ二十四時間のスーパーで鍋の材料を買い込んだ。
家に帰ると、黒猫が未だに布団の上で寝ていたので、良い笑顔で起こさないように静かに食事の準備を始めた。
風呂にも入らず鍋の準備を先に終えた。野菜を切り分け、冷凍の魚を解凍して、買ってきたダシ汁を鍋に入れて、コンロに火をつけ、寝ている黒猫の手足をそっと縛り、天井に金属製の輪をぶら下げ、黒猫を縛った縄を通した。
途中で喚き出したのでガムテープで口を防いだ。これも躾の為と、人間世界のマナーを教える。
「夜だから、静かに」
もっと暴れ出した。ええい、これだから畜生は。
話の通じない奴め。
天井から通した縄を手元に結ぶ。偶然にも黒猫は鍋の上を陣取っている。危ないのでいつでも降ろせるようにと包丁を持ってきたら、何故か更に暴れ出した。解せぬ。モノノケという輩を理解できない。
ダシが煮立った鍋の蓋を開ける。グツグツと気泡が弾けていい感じだ。まだ具を入れていない。これから入れようと思ってる。うん。これから。
ゴポゴポと特大の気泡と熱すぎるぐらいの湯気が出始めたのは、火力を上げたからだろうか? 不思議。
火に強い筈の黒猫が、火傷する程の湯気を浴びて喜んでいる。もはや狂乱と言ってもいい。
笑顔でうんうんと頷く俺は、食事の前に気になっていることを解決することにした。
即ち、『例のあの金』だ。とても言葉には出せない。災いを招く。
声を出して確認するのは大事なので、黒猫にも聞こえるように札束を数えた。別に枚数が君の罪に相当する訳じゃないからと、黒猫には念入りに言い聞かせた。全然そんなんじゃないから。もうほんと違うから。大丈夫だから。
しばらく鍋が煮立つ音と、俺がお金を数える声しか聞こえなかった。ダシ汁の嵩は減り、火傷する程に熱い湯気をもうもうと浴びている黒猫は、何故か震えていた。
寒がりだなぁ。コンロの温度をもう少し上げてやろう。
一度数え終わると、札束の端をトントンと揃える。黒猫がビクリと震えた。多分ご飯タイムと勘違いしたのだろう。
ま〜だだよ。
せっかちな黒猫の気を紛らわせる為に、俺は簡単な昔話をした。
皿屋敷だ。
意味なんかない。パッと浮かんだのだ。黒猫は式神とやらなのだから怪談の方がいいかなという飼い主心だ。
少しばかり創作を入れた。黒猫は猫なので感情移入しやすいように、登場人物を猫にしてみた。
話し終えて、しばしの静寂に包まれたのは、終わり方をエンターテイメントにしたせいだろう。
…………。
一枚二枚と、俺はまた数え始めた。枚数を忘れてしまったのだ。他意はない。
黒猫が涙を流し始めた。
涙は鍋に落ちてダシと混ざってしまったが、心優しい飼い主の俺としては、こんな事で黒猫を怒ったりしない。むしろフォローを入れてやる。
「うわー、とっても、美味しそう……」
すると黒猫が号泣し始めた。きっと減ってしまったダシ汁の嵩ましをしているのだろう。いい猫だ。
慌てることはない。直ぐに溢れんばかりの嵩を取り戻すさ………。
そしてカウントが終わった。
半端だなぁ、とあちこち調べてみるとレシートが見つかった。一万二千円程のお買い上げ。残りのお釣はゴミを纏めていたコンビニ袋から見つかった。あぶねぇ! こんなとこに入れとくんじゃねぇよ!
まあ、色々とあったが、どうやら当初から居た諭吉さんは五十名のようだ。
ふふふ、そうか。
「さあ、裁判を始めよう」
ベリベリと黒猫のガムテープを剥がす。
「何か言い残すことは?」
「裁判じゃないニャ?!」
明日も仕事なんだよ。いいじゃん別に。どうせやることは変わらないんだから。省略という便利な言葉が僕らの武器なんだよ。巻きで頼むわ。
なんやかやとやっていたら、今日も残すところ一時間を切ろうかというのに、飯も風呂も終わっていない。
「だから処刑とか二分でいいかと……」
テヘペロ。
「しょ?! さ、裁判を求めるニャ!」
「判決死刑」
「してないニャ! 裁判してないニャ!」
「今したろ? 秒で。最近はそういう裁判が流行りなんだよ」
ほんとほんと。俺、嘘つかない。
真顔のままギーコーギーコーと包丁で縄を擦り始めたら、黒猫がニャーニャーと叫び出した。
「うるさい! ご飯が、食べれないでしょうがああああああああああああああ!」
「ニャンコがご飯ニャ?!」
クワッと叫んで、粗方ストレスも発散したので、この辺でいいかな?
さあ、話そうか。
「君は僕にこう言ったよね? 害はない、と。この呪いに、害は! ない! と。でも何らかの馬鹿にとり憑かれちゃったね?」
やだ不思議。
黒猫がフイっと視線を逸らしたので、もう少し切れ目を入れてみた。ガクリと一段下がる黒猫。
「う、嘘はついてないニャ?! 本当の本当に今まで害なんてなかったニャ! ただ初代様の能力を得るだけの……」
その初代様までくっついて来てんじゃねえか!
「おっまえ、いや俺か? 俺ぇ! なにやらかしたの?! なにやらかしちゃってくれてんの?! ねえ?! なんか朝起きたらポケットに現金が入ってたんだけどぉ?!」
「あ、それは大丈夫ニャ。もらっただけニャ」
「くださいっつって貰える金額じゃねえんだよおおおおおおおおおおおおお!」
「フニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」
……はっ。良かった俺は無事だ。包丁持ってるからストレスで自傷しちゃったのかと。
「ふう、驚いた」
「ニャンコの方が驚いてるニャ?! なんで尻尾の毛を削ぐニャ?! なんで削いだ毛をナベに入れるニャ?!」
「ははは、こいつぅ」
「あぶっ、切っ先を向けないでほしいニャ!」
再び包丁を脇に置いて座る。黒猫が脱線するので話が中々進まない。
「それで? どういう経緯で『例のあの金』を手に入れたのか吐きたまえ」
「……言ったら、降ろしてくれるニャ?」
「もちろんだとも」
サービスでお風呂にまで入れてあげちゃう。
「ちゃんと床にニャ。湯の中とかいうオチはダメニャ。無事を保証してほしいニャ」
「ちっ」
「なんで舌打ちが出るニャ?!」
ぐう。こいつの命と真相を天秤に掛けるなら、明らかに真相だが……。
おじさんは両方を欲しているのだ。
すなわち事態の解決と『呪い』の解決だ。
そんなこちらの心情を読んだように黒猫が話し掛けてくる。
「前も言ったニャ。ニャンコを殺しても『呪い』はなくならないニャ」
「何事も殺ってみないと分からないだろ?」
「分かるニャ?! ニャンコは関係ないニャ! 憑いてるのは初代様ニャ!」
……そうか。やっぱりあれが初代か。
「碌でもねえ奴だな」
「ろくでもないニャ」
実行力の高いコミュ障がイっちゃうとあんな感じになるのか。いや下手にコミュ力が高かったら、問題ももっと増えてただろう。
何せモノノケ実験とかやってた奴だ。それが人体へと踏み切っても何ら可笑しくない。
「くっ、きっと煮えたぎる湯につけて死ねば人間、生き残ればモノノケ、検体ゲットだぜ! とか言ってたに違いない……!」
なんて魔女裁判だ! 命をなんだと思ってやがる!
「……宿主の話かニャ?」
「俺は初代の話をしている」
だれが基地外だ! 中にいるわ! それが問題。
「ともかく金だ!」
凄い台詞。
「……お金を払えば助けてくれるニャ?」
「そうじゃない! 『例のあの金』だよ! 霊のあの金ぇえええ! これ、どうやって手に入れたの?! どう考えても非合法としか思えないんだけど?! 俺、庶民だよ? 平民。なのにどこの平民が一晩に五十万も稼ぐんだよ?!」
「そんなに凄い額なのかニャ?」
「こんなに毎晩稼げるんなら真面目に仕事する人間はいなくなるな」
「そんなこと言われてもニャー…………ほんとに貰っただけニャ」
「だから誰に?」
「巫女さんニャ」
はいギルティ。
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