第23話



 巫女さんてお前。


 なんだそりゃ。生前の趣味か? どんだけ女に飢えてんだよ。そもそも巫女さんって会おうと思って会えるもんなの? 正月の初詣すら行かない俺にはテレビの中だけの存在フィクションなんだけど?


 霊安局の受付はOLだった。夢なんてなかった。


「巫女さんから金を貰った?」


「貰ったニャ」


 これで勘弁してください、的なやつかな?


 いやアウトだよ。犯罪だよ。


「……ちょっと待って。最初から話してくれる?」


「わ、分かったニャ! はな、話すニャ! 話すから、包丁をこっちに向けないでほしいニャ?!」


「え、だって……もう、どうしたらいいか、わか、わか、ワカラナイ……」


「む、向けなかったらいいニャ! 向けないでほしいニャ!」


 オッケー。


 スイッと包丁を下に向ける。しかし黒猫の視線は包丁から離れない。


「なんだよ。俺がバラしてモツ鍋にするとでも思ってんのか?」


「そ、そこまで考えてなかったニャ……」


 どうやら黒猫は包丁が気になって話に集中出来ないらしい。


 仕方ない。


 俺は包丁をテーブルの上に離して置くと、黒猫に話の続きを促した。


「さあ、話せ」


「えーと、えーとニャ、神社に巫女さんが居て……」


「いや待て。最初から話せ」


「最初ニャ?」


「そう。ウノが終わった後から」


「初代様が出てきたニャ」


 そうそう、そこから。


「初代様は五行を用いて餓鬼を祓ったニャ。全部ニャ。ただ初代様的に満足がいかなかったらしく、他の妖を求めて移動を始めたニャ。初代様は車の運転に興奮してたニャ」


「俺の車が?!」


 ……って、いやいや。無事だったじゃん車。パッと見、キズもヘコミもなかったし。


「でも初代様は車の運転がヘタだったニャ。ずーっと後ろ向きにしか走らなかったニャ」


 それバックな。


「『なるほど。だからこの位置に銅鏡がっ!』とかなんとか、知ったかぶりしてたニャ。そして車の道に出たニャ。ニャンコも詳しいことは分からないけど、車の向きを合わせて走るのがルールだと教えたニャ。たまに向かい側から来る車を避けては、初代様が『むむ、今の輩は逆さに走っとる! るーる違反だ! 悪辣な!』とか怒ってたニャ」


 うん。それ対向車線な。交通量の少ない深夜で良かったな。


「初代様は結界をつけたまま走ってたニャ。餓鬼に見つからないようにする為だとニャンコは思ってたニャ。違ったニャ。じゃあ宿主の車を守る為かと聞いてみたニャ。違ったニャ。初代様は『魂力すげー増えてるから無駄遣いがしたかった』とか言ってたニャ。よくよく考えたら、初代様は結界の使い分けできるのに万能結界を張りっぱなしだったニャ」


 高額当選者の浪費のようだ。


「初代様は社を見つけたニャ。社は階段の上にあったニャ。『なんと段も登れぬとは? ぷすー! やはり人の脚には叶いませんなぁ!』と吐き捨てて、初代様は車から降りて飛行術を駆使して飛んだニャ」


 脚はどうした脚は。


「階段の上では、どこぞの巫女さんがぬえと戦ってたニャ。巫女さんの額から血が流れ、片足は変な方に向いてたニャ。初代様は言ったニャ。『胸がけしからん!』とニャ」


 お前がけしからんわ。


「直ぐさま助太刀しようと初代様が近付いたニャ。でも結界が張ってあって近付けなかったニャ。恐らく鵺を外に出さない為の結界ニャ。それを初代様があっさりと指刀で切ってしまったニャ。当然、鵺は気付いたニャ。鵺は言ったニャ。『バカメッ!』初代様が応えたニャ。『応ともさ!』巫女さんが慌てたニャ。『……させないっ!』巫女さんが投げた数珠が鵺の尻尾の蛇に当たったニャ。でも鵺の尻尾の蛇はこれを口で受け止めると噛み砕き、巫女さんを嘲笑ったニャ。巫女さんは青い顔で呆然としてたニャ」


 うんうん、ほんで? ほんでほんで? あるよね、続きが? なかったら全力でやっちゃってるからね。


 そん時は俺も殺るをえないよね?


「鵺が夜空に消える前に、初代様が五行を使うと、バラバラに散った数珠が大きく膨れて鵺の全身に巻き付き空から落としたニャ。再び飛び上がろうとする鵺にいかづちが走ったニャ。初代様ニャ。それから初代様は空から降りると『金剛力』を使って動けなくなった鵺を殴り始めたニャ。そこまでしなくても勝負は終わってたニャ。単に知らないおなごと話す話題がなかったからやったニャ。照れ隠しニャ」


 それで殴られる方は堪らんな。


「余すところなく殴ったせいか、鵺がボロボロになったニャ。初代様は返り血で真っ赤ニャ。手も真っ赤ニャ。ことようやくここに至って初代様は唖然とする巫女さんに話し掛けたニャ。『お、おおお怪我はありましゅんか?』とニャ。巫女さんが答えたニャ。『あ、全然大丈夫です』とニャ」


 あれ? 額から血が、足が変な方向に、あれ?


「巫女さんは社の裏の方に足を引きずって行ったニャ。初代様は『……うむ。術師なら相手に怪我を悟らせぬようにするもの。未だこやつがいる前で怪我を詳らかつまびらかにはせんよな! つまりてめーが悪い』とか言ってビシリと鵺を指差してたニャ」


 鵺逃げて! 超逃げて!


「初代様は鵺が封印されていた石を見つけたニャ。そこに鵺を再封印して依り代も岩に変更したニャ。これでよしと初代様は巫女さんを追ったニャ。ニャンコは止めたニャ」


 警察呼ばれるレベルだよ。そういうのもう犯罪なんだって教えてやれよ。


「社の裏には家があったニャ。そこから巫女さんが出てきたニャ。初代様はテンパったニャ。巫女さんは言ったニャ。『依頼を受けて来てくれた方ですねありがとうございますこれが依頼料となります些少ですがお納めください!』とニャ。早口だったニャ。押し付けられた封筒を初代様が受け取ると、巫女さんは家に帰ったニャ。しばらく初代様は待ったけど、再び巫女さんが出てくることはなかったニャ」


 ……なるほど。そういう理由か。ギリギリアウトっぽく聞こえるけど、仕事してるしなぁ。


 依頼とやらを受けた覚えはないが。


「初代様はトボトボと車に戻ったニャ。歩いてニャ。次に向かう元気がなかったのかニャンコに封筒の中を見せてきて『…………シャッキ、これ、なに…………?』って聞いてきたニャ。ニャンコはそれで物が買えることを教えたニャ」


 お、おう。続きがあったのか。


「初代様にコンビニを教えたニャ。大興奮で色々と物を買ってたニャ。レジで札束をバサッと出してたニャ。貨幣がよく分かってないニャ」


 ああ、それでお釣りをレシートごとコンビニ袋に入れて、封筒は折ってポケットに入れたのか。


 うーん、悪いことはしてないよな? いや逆走と撲殺はアウトだけども。


 いやでも、お金は受け取ったらダメなんじゃ……。


「一度行ってみるか……その社とやらに」


 まあ休日に、だけど。


「……ニャンコは助かったニャ?」


「え、なんで縄で縛られてんの? 趣味?」


 とりあえず執行猶予判定の黒猫を降ろしつつ、鍋を食べることにした。


 初代にとり憑かれたままだということをすっかり忘れて。


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