第24話
どんなに気になることがあろうとも、優先しなきゃいけないことがある。
そう、仕事だ。
若かりし頃には、そんな事よりも大切な事があると胸に秘していた。
いわゆる愛だの恋だの友情だの。
そんな甘酸っぱくてフワフワした系だ。
人間として生まれたからには、今という時間を大切にしなければと思っていた頃が、おじさんにもあった。
しかしこれが社会に出てみると、人間として生きていく為には生活していかなくてはならないのだと悟った。
生活する為には働かなくてはならない。
働くには職に付き、仕事を貰わなくてはならない。
つまり生きていく為には仕事をしなきゃならない。
生きるという大前提の上で、愛だの恋だの友情だのがあるのだから、仕事が最前列に来るのは仕方のないことなのだ。
しかし一日は二十四時間しかなく、その大部分が仕事の為に占められるとなると、余計な事は考えられなくなる。
仕事だけになる。
一日の比重なんかを考えると、生活の為に仕事をしているのか、仕事の為に生活をしているのか分からなくなる。
……後者かなぁ?
だから今日も働いている。
そんな誤魔化しを思い浮かべつつ、赤信号待ちをしている車の中から、歩道を歩く高校生の男女を見送った。
手なんて繋いじゃって。嬉しそうに微笑んじゃって。
一日の仕事が終わり、車で帰るところだ。
つまり夜だよ? こんな時間まで何をしてたのか、おじさんに事細かに話してみなさい。ん? 何してたの? んん?
……なんて、脳が疲れているからこんなことを考えるのか。憑かれているからではないと思いたい。
帰り道、ふと何処かに神社に続く階段なんてないかなぁ、と窓の外を見回していたら視界に入ってきたのだ。休日に返金を考えているおじさんだ。黒猫に道案内をして貰おうと考えているのだが、先に場所が分かるんなら知っておきたい。恐らくは近場。
……でも正直に言うと、顔を合わせるのはやだなぁ、なんて思っていたり。
だってその巫女さんがこの顔を拒絶しているのは明らかだ。言動は兎も角、見てくれはおじさんだったのだから。せめて顔を隠してくれていたらなんて考えないでもない。
大体、拳が血塗れってどんだけ殴ったんだよ。冷静に考えたら、そりゃ引くわ。
俺がやったことじゃないのに、尻拭いは俺だという理不尽。
こんなとこまで社会の仕組みを引っ張ってこなくても……。
しかし事はお金の問題とあっては行かないという選択肢がない。きちんとしといた方がいい。既に二万は自腹で補填した。後は渡すだけ。
住所が分かれば送るという手段もあったのだが、黒猫に住所なぞ分かる訳もなく。それに送り返される可能性を考えれば、手渡しで事情なんかも説明しておいた方がいいだろう。
土曜日か、土曜日が潰れたら日曜日に。
おじさんの貴重な休日に。
「……なんで俺がこんなことしなくちゃいけねぇんだよ……」
誰しも呟いた事がある台詞が溢れる。俺だって幾度となくある。ていうか今がそれ。多分これからもある。
やるせない。
必死で土曜日を潰さない為に仕事を頑張っているというのに、既に土曜日は潰れる予定だというのだから、世の中ってのは上手く回っていやがる。
……はあ。
「着いた」
やってきたのは自宅ではない、焼鳥屋でもない、総合ショッピングモールって所だ。
色んなお店が軒を連ねる同所へは、偶に来ることはあってもよく来ることはない。ちょっと遠いのと、そのオシャレなお店の多さから客層が家族連れやティーンな奴らに固定されているせいだ。
ロンリーなおじさんは浮く。そりゃあもう、水に飛び込んだ油のように浮く。
それでもまだ本屋なんかでは大丈夫なのだが、意識高い系の洋食屋や女性の下着専門店なんかが詰めているフロアに入ろうもんなら、視線が刺さって刺さって致命傷だ。
お蔭で本屋へのルートなんかも決まっている。
死地がそこここに転がっている場所、それがショッピングモール。
そこに何をしに来たのかと言えば、菓子折りを買いにきた。
少しでも円滑に物事が進むように贈り物を送ろうと思うのだ。それに、まさか菓子折りを突き返されはすまい。菓子折りと一緒に封筒も返せばもれなく受け取ってくれるかもしれない。そんな策士。
ならば少しでもいい物をと専門店へと来た次第。
駐車場に車を駐めてショッピングモールの入口へ。
自宅であるアパート周辺と比べて抜群に明るい。ここだけ真昼のようだ。映画館も併設されていることから、二十四時間やっている店なんかもあるため人が途切れることなく訪れるという。
危うく人の波に流されたら子供は泣くこと必定。これに親切心でおじさんが近付けば、今度はおじさんが警察に泣かされるという負の連鎖が必定。
恐ろしいなショッピングモール。出来れば来たくなかったなショッピングモール。
そんなショッピングモールの案内板で、目的地を確認。
贈り物には消え物がいいと言う後輩くんの助言を信じて、有名洋菓子店へ。ただ「形ある物だと別れた時に辛いッスから」という追伸はいらなかった。黒歴史ですよ、と笑っていたが、本物の黒を持つ先人方に謝って貰いたい。中身ピンクの歴史を黒って呼ぶんじゃねえ。
余り行ったことない区画だ。右へウロウロ。左へウロウロ。
すると見えてきた有名洋菓子店。筆記体の英語とかカッコいいなって思う。人気の秘訣だろうか?
お隣は化粧品を扱うお店だ。
そしてそこに張り付く女子高生の群れ。
最初は二人でキャイキャイとショーウィンドウを見ていたのに、あっという間に七人に増えて道を塞ぐ有り様。
なんで横並びが好きなんだよ。四人はすれ違える道幅なのに。
最短距離を行っていた俺としては、道を空けて欲しい。
でもおじさんという存在に気付かれたくはない。おじさんが視界に入ればディスらずにはいられないのだから。
それが女子高生。
……仕方ない、道を変えようか。
少し遠回りな進路に切り換えようとした瞬間、女子高生集団の端の方で興味無さげにスマホを弄っていた子がこちらに気付いた。
咄嗟に視線を逸らし、それが不自然じゃないように目の前の店に入ってしまった情けない俺。まるで『最初からここが目的地でしたよー』と言わんばかり。
入店したのは、ジョークグッズやパーティーグッズを扱う雑貨屋さん。若者向け。
おじさんの人生で来たことないよ。
仕方なしに時間を潰すことにした。お客も俺以外いない。店員もやる気なさげにレジに座っている一人だけだ。
とりあえず色々触ってみる。
バラエティー番組なんかで見るショックペン。派手なカツラ。トリックトランプ。トラップガム。
手に取ると意外と興が乗る。面白いな。ビリビリするお土産を猫に買っていこうか。きっと飛び上がって喜んでくれる。
小物は手前に大物は奥に。
自然と足が奥へと向かう。
人体切断が出来るマジックグッズ、パーティー用の腕より大きな菓子、人が入れる大きさのシャボン玉を作れるセット。
「……売ってるんだなぁ」
子供の頃に憧れた、しかし手に入ることがなかった品々。
そんなのを売るお店があろうとは。
だからだろうか。
「ありがとうございましたー」
つい衝動買いをしてしまった。
子供心に欲しいと思っていた物を。
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