第33話
何が悪かったのか。
抱っこしても泣き、降ろしても泣き、黒猫を渡そうとしても泣き、チョコレートを握らせても泣き、ケーキを持たせても泣き。
しかも離さない。
それは無しでしょ。じゃあ泣きやんでくださいよ。お願いしますから。
結局、泣き止むまでリアちゃんの目線に合わせて屈み、ハンカチでずっと涙を拭くことになった。
結界を展開しているので人目にはつかなかったが、餓鬼が傍を通る度に驚き腕に抱きつくもんだから、スーツの腕部分にシミが全開だ。
はいポンポン。怖かったねー。悪かったねー。
背中を軽く叩きながらあやしていると、ようやく泣き声が静かになってきた。しゃくりあげに移行だ。
ここで追い打ちを掛けるべく、おじさん、動きます。
「大丈夫だよー。おじさんがいるからねー。ほら、猫さんもいるよー?」
おら、黒猫、穀潰し。てめーも加勢するんだよ。なに少し逃げてんの?
最近のコミュニケーションが良かったのか、俺のアイコンタクトを理解した黒猫がスルスルと尻尾を伸ばしてリアちゃんの頭を撫でる。やはり鍋の力は偉大だ。こんなに親睦を深めてくれるんだから。
ただ、もっと猫らしく、リアちゃんの足にすり寄るとかして欲しかった。どうみても妖怪です。すみません。
しかしそんな妖怪染みた行為でも嬉しかったのか、リアちゃんのしゃっくりが止まり尻尾を凝視し始めた。黒猫の尻尾がその視線を受けてビクリと震える。
もういいかな?
「リアちゃん大丈夫かい? おじさんの事覚えてるかなぁ?」
スルスルと縮んでいく尻尾を目で追いながら、リアちゃんが口を開く。
「まほーおいさん」
「そうだよー、魔法おじさんだよー。おじさんが来たからにはもう大丈夫だ。さあ、お家に帰ろうか」
離れてくれないのでリアちゃんを抱き上げて階段を登る。
結構キツいな。腰にくる。
だから二度三度は嫌だって言ったのに。
黒猫が少し遅れてついてくる。それをリアちゃんが俺の肩越しに眺める。
出来れば事情を説明して欲しいが、また泣かれても困る。ここはミューさんにお願いしよう。
餓鬼を蹴飛ばしながら階段を登る。直ぐにこちらを見失うので問題はない。なによりリアちゃんに大丈夫だと示さねばならない。また泣かれても困るし。
「おいさん、すごい!」
「はっはっはっ! 任せたまえ」
餓鬼にダメージは無いんだけどね。階段という地の利があるためゴロゴロと下まで転がっていく。まあ追っ払っているようには見えるだろう。
境内に到着する。こちらにも餓鬼はいるが会社程ではない。神社だからだろうか?
ふとデカい岩が気になったので視線を向けてみれば、やはりというかなんというか、餓鬼が噛みついている。
中の鵺は出たいとは思ってないかもしれないよ? それでも出す気なの?
ここで鵺に参戦されると色々とキャパオーバーだ。餓鬼に突破される前に結界を張るべきか?
それも杞憂だと直ぐに知れた。噛みついていた餓鬼がボロボロと土人形のように崩れていくからだ。後には何も残らない。これに負けまいと他の餓鬼が噛みつくも、再び同じことが繰り返される。
もしかしなくとも、あれのお蔭で餓鬼の数が少ないのかな? お前らの学習能力って高いの? 低いの?
ならば構うまいと、これを無視して本殿の裏に回る。これでミューさんが正義スピリッツでも持っているのなら事態の解決も早いかもしれない。
俺は家で解決を待つよ。
「ごめんくださーい」
インターホンを鳴らして呼び掛ける。しかし駆けてくる足音はない。まあ足を怪我してるからな。
しばらく待ったが、誰も出て来ない。何故だ。
「いないよ」
直ぐ耳元でリアちゃんが疑問に答えてくれる。
「お姉さんは留守かな?」
「がっこー」
……がっくほぅお? そうだよ。平日だよ。学校じゃん。なんで気づかない。馬鹿かよ。巫女服が見たかった。無駄骨だよ。どうすんだよ。
いや待て。四歳児が家に一人とか危なくないか?
「今日は一人だったの?」
「おかーさんと、いた」
ああ、なんだ親御さんといるじゃん。
「お母さんは何処に行ったのかな?」
「かいもの」
「一緒に行かなかったの?」
「おもしんくない。だって、お野菜しか、かわないもん」
もしかして無人販売の野菜があるところか? 確かにあれは四歳児には面白いところじゃないだろう。ここから近いし、もしかして野菜を狙った餓鬼に襲われてるのかも。
じゃあ待つかな。帰ってくるのを。
流石に勝手に家にお邪魔するわけにも行かないので、本殿をぐるりともう半周。鳥居の前で待つことに。
ボーッと鳥居を見上げる。これはボロいけど被害がないみたいだ。他の被害も少ない。何故か分からんが餓鬼どもは鵺の封印されている岩に躍起になっている。
しばらくして動きがないことを不思議に思ったのか、リアちゃんがクイクイと服を引っ張ってくる。
「何かな?」
「……おいさん、こあい」
え、嘘?! おじさん怖いかな? むしろカッコいいでしょ? ピンチに颯爽と現れたし、仮面がイカすし。
しかしリアちゃんの視線は俺でなく、餓鬼を追っていた。
ああ、そっち? しかし俺にはあいつらを追い払う手段が、実はない。ここは平地だ。階段のようにはいかない。
どう説明したものかと頭を悩ませていると、リアちゃんが再びクイクイ。
「おいさん、たすけて」
大丈夫だって。とりあえず結界を張っておけば、被害はないんだから。
「おいさん、おかーさんを、
「……………………」
頭を、ぶん殴られたような気がした。
無理だ。
そもそも何処にいるのかも分からない。
そうだ、危ない。
直ぐそこに気づかない自分が。
言葉が出てこない。
助けて欲しいのはこっちで。
――――よく見ると、リアちゃんの手は、いや体は、声は、小刻みに震えている。
涙が目端に溜まっている。
我慢しているのだ。
怖くない、わけがない。
恐ろしくない、わけがない。
それでも耐えて。
助けて欲しいのは――――
目の前が歪んでいる気がした。
いつからだ? いつからこんな。
電話だ、通報で、義務が。
頭が痺れる。
どうすれば? どうしたら?
鼓動が激しく脈打つ。
立っていられないぐらいの酩酊感が。
それでも立ち続けるのは腕にリアちゃんが。
だって、どうしようもない。
探す? 会ったこともない他人を?
大体、俺は結界しか。
会社の奴らはどうなったろう。
耳まで心臓になったようにうるさい。
視界が歪む。頬を何かが伝う。
叫び出したい気分だ。走り出したい気分だ。落ち込むと同時に浮き立つ。
閉じ込めてた
恥ずかしいものだと蓋をした。
悔しいから知らない振りをした。
正義という使い古された言葉で蓋をして、偽善だからと見なかった。それでいいと歳を重ねて、終わっているからと逃げこんだ。
ああ、情けない。
ああ、恥ずかしい。
四歳児に言われなきゃ分からん自分が悔しくて張り裂けそうで暴れだしたい。
こんな時はどうしてたかな?
いつも……そうだ。
――――――――いつだって、立ち向かってきただろう?
その通りだ。
「…………ははははは……………ふぅーははははっは! わっはっはっ!!」
「おいさん?」
大丈夫。
「大丈夫だよ。――――シャッキ!」
背後でビクリと黒猫が震えたのが分かった。
「『解放』」
黒猫を闇が包んだ。
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