第32話



 ……………………出ない。


 スマホに表示された電話番号を確認の意味で見てみる。


 十五桁。


 間違いない。こんなふざけた番号は他にない。


 しかし霊安さんには繋がらない。


「使えねぇ…………」


 前から思っていたが、微妙に使えなくない? 霊安局。


 例え通報を入れたとしても、直ぐに対応してくれるわけじゃないし。権力ばっか強くて処理能力は低いし。物騒だし。


 どうするか……行ってみるか? あの市役所裏の物置に。


 ……いや、いいか。こんだけ騒ぎになってんだから対応してるだろ……たぶん。


「というか、今ってどのくらいの状況なの?」


 こう……食糧を片っ端から集めなきゃいけないぐらいの社会崩壊なのか、あくまでニュースで流れる程度の規模なのか、それとも地方紙の隅っこに載るレベルなのか。


 分からん。


「だからググろう」


 スマホから緊急のニュースや投稿掲示板を調べてみた。


 すると判明。


 小規模ながら散発的に各地で起こっているらしく、数多くの写真や動画が投稿されている。被害は大小まちまちのようだが。


 ただ送られた写真や動画には餓鬼が写っていない。なのでネットの反応も『なんて無能な釣り師』『のどかな田園ですねぇ』『何も映ってない』『俺も見た! ドラゴンがもしゃもしゃ食べてたやつね?』『いやいや今お外見てきたけどいなかったし』『いやいやいや! めっちゃいるし!』『頑張ったね。でも外はそんなに怖いところじゃないよ』『働けカス』と信じていいのか微妙なものばかり。


 とりあえず数日分の食糧を確保しつつ、舞台の終息を他人頼みで待つとしようか。しかしこれじゃあ早期解決は絶望的だよな……。


 霊安局的には、餓鬼って重要度高くないみたいだったし。後手後手の対応でも問題ないです的な?


 せめて年休の日数で対応出来る内に頼みたい。


 なら他の誰かに頼ろうか。しかし知っているのは二人だけ。


 ミューさんと初代だ。


 うち一人は却下だ。


 残ったのが希望だ。


「……スーツと仮面、車内に置いといて良かったなぁ……」


 まあクリーニングに出して、仕事の帰りに受け取ってそのままという、単にものぐさなだけだが。


「とりあえず黒猫を呼ぼうか。よし、カモン黒きお喋り! なんで一々尻尾伸ばすんだよ! 邪魔なんだよ!」


 適当こいて、ついでに文句も混ぜたのに、展開される紫の魔法陣。


「喚んだのニャ? ご飯ニャ?」


 くんのかよ。


「呼んだぞ。飯だ」


 サイドブレーキを外してギアをドライブに、アクセルを踏み込んで発車する。


「外でご飯ニャ?」


「いや、コンビニで買っていこう」


「どこか行くニャ?」


「神社にちょっと」


 答えながら更にアクセルを踏み込んで急加速。飛び出してきた餓鬼をハネる。


 手応えはまるでなく、ハネられた餓鬼もコロコロと転がり、ダメージを負っているようには見えない。


「あれ? 今、結構なスピードだったんだけど? めちゃくちゃタフにも程がねえか?」


 どこが雑魚なのか。


「結界を張ってるからニャ。結界は『守』に特化してるニャ。攻撃には向かないニャ」


「マジかよ」


 いざとなったら結界で体を覆って、結界パンチ的なので応戦しようと思っていた俺の計画が。


 ……役に立っているんだから、別にいいかな。


 国道に出るまでの横道で、チラリと横目で会社を確認したら、餓鬼を必死こいて撃退している人がいたので、そう思い直した。


 安全が一番だよ。


「うニャ〜? 餓鬼がいっぱいニャ。顕在化してるニャ」


「おう、それだ。霊安局と連絡とれなくてな。こういう時の対応とか分からんから、この前の神社に行って一応知らせとこうかと」


 ミューさんとか俺より遥かに業界人してるからさ。


 賞金首の殺害をノータイム返答できるぐらいに。


「依頼するニャ?」


「それはしない」


 なんかお金とか掛かりそうだし。会社にお祓い代金を請求しても払ってくれるわけないし。身銭を切って馬鹿をみるのが俺だけとか無い。そんなボランティアスピリッツに溢れちゃいない。


「まあ、知らせといた方が事態の解決が早くなるかもしれんってだけだな」


 何もしないよりかはマシだろ。


「初代様を呼ばないニャ?」


「嫌だよ。それこそ損すんのは俺だけじゃん」


 体が乗っ取られるんだよ? しかも責任は俺にあるんだよ?


 なんというか……初代も本当に呪う相手を間違えてると思うんぁ。


 俺なんて既に終わっているのだから。


 ここは俺が! ……なんてやる気を見せるほど若くないのだ。特別な力を持った自分が理不尽と戦うなんてシチュエーションは、学生だから抱ける妄想なのだ。


 求めてないんだ。


 願ってないんだ。


 それでもまだ一回り若かったら、自分の能力を検証したりして何らかの役に立てたりしたかもしれない。


 更に一回り若かったら、授業中に襲いきたモノノケに対し皆を救う為にその能力を振るったかもしれない。


 しかし今はおじさん。


 それが全てだ。


 もはや終わっている人生設計を抱えて、それでも変化を求めることなく淡々と残りの命を消化するだけ。


 直ぐに思い浮かぶのは損か得か。


 ……ちょっと自分で自分が嫌になる。俺ってこんなんだったっけ?


 それが歳をとるということなら、なるほど。歳はとりたくないもんだなぁ。そんな感想が出てくる時点でおじさんなんだろうけど。


「おし、ついた。ちょっと待ってろ。飯買ってくるわ。なんかリクエストある?」


「おにぎりがいいニャ」


 コンビニの駐車場の端の方に車を停める。なんか会社と違って国道は平常運転だ。国道だけに。なんつって。


 歳はとりたくないなぁ。


 途中で結界を切って走行。後ろを走ってた車が驚いていたが、問題ない。


 そのまま走り続ける方が危ない。


 コンビニでがっつり乾麺や飲み物の類いにチョコレートなどの菓子も購入。財布が空になった。買い込み過ぎだろうか? いやでもパニック映画では食料は何より大事だし。


 食事を取りつつ着替えを済ませる。勿論、結界で見えないようにしてだ。真っ裸のおじさんを横に通り過ぎていく他のコンビニ客。


 野外での着替えは癖になりそうだぜ。


「変態ニャ」


「違う。緊急事態の為、仕方なくだ!」


「トイレで着替えて結界張って出てくれば良かったニャ」


「ほーら、黒猫くんご希望のおにぎりだよ。たーんとお食べ」


 お腹を空かしているペットにリクエスト通りの物を買ってきてあげる善良な主人の俺に、黒猫も歓喜だ。おにぎりの包装を丁寧に剥がしている姿なんて人間に見える。おい猫。


 自宅からじゃないので、直ぐに神社へ向かう階段に到着した。仮面を被り、結界を張って、ネクタイをビシリ! 革靴を履いて、車から出ると?


 どうも魔法おじさんです。


「さあ、行こうか」


「ひふにゃ」


 飲み込んでから喋れ。


「あああああああああああん! うえぇぇええええええ! ひっぐ、うわああぁぁあああああああああああああん!」


 さあ長い階段を登ろうかと見上げた先で、泣きながら駆け降りてくる幼女を発見。


 見覚えあるな。


 その後ろを飛び跳ねるようについてくるゴブ系。


 見覚えあるな。


「人見知りが激しい子だからなあ」


「たぶん違うニャ」


 分かってるよ。


 どうやら追われているようだが、階段をあんなに走ってこけないとか凄い。日頃から登り降りしているからだろうか?


「ふぐっ!」


「こけたニャ」


「結界」


 コロコロと転がりながら降りてくるリアちゃんに結界を展開。同じく結界を張ったおじさんが受け止める。


 お互いに結界を張り合っていれば見えるらしく、その焦点が合う。


 ニコリ。


「やあリアちゃん。こんにちは」


 もう大丈夫だよ。


「うわああぁぁああああああああああああああああああああああああああん!! あああああああああああああああああああああああああん!!」


 どういうことかな?


 とりあえず、おじさんにニコポは存在しないらしい。


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