第9話



「最初は『結界術』が使えるかどうか調べるニャ」


「よろしくお願いします、黒猫先生」


 ニャンコ呼びは色々危ないからパスだ。


 十分に暖かくなった居間に移動しての授業だ。媚びへつらう為にコタツまで出した。ついでに座椅子まで完備。なのに黒猫はテーブルの上に座っている。


 冬仕様モデルチェンジだ。ミカンがあれば完璧だった。


 やる気の表れなのか、伸ばした尻尾で部屋をグルっと囲んでいる。縄張り意識の表れじゃないよね?


「よし、それじゃあ結界を張ってみるニャ」


 それでやれると思うてか?


「張り方が分かりません先生!」


「ならダメニャ」


「諦めんの早っ?! いやいや待て待て、確か知識は継承してないんだろ? とりあえずの手順とか、使い方の取っ掛かりとか、なんかないの?」


 現代人に結界を張ってみろで出来る訳ねえだろ。かめ○め波なら真似したことあるけど。


「手順ニャ? それは初代様のニャ? それとも普通のニャ?」


「普通ので」


 それか初代様以外で。


「普通のニャ。術具を用いて真言を唱えるニャ。早九字を切ってもいいけどニャ、そっちは簡易的なもので基本は退魔ニャ」


 やべえ。掘れば掘る程わからん単語が増えていくんだけど。


 いや待って。俺、子供の頃それ系の漫画読んでたじゃん。思い出せ。


 ……ピーン。


「真言って何? 早九字って何?」


 無理無理。何十年前だと思ってんだよ。


「真言はしゅニャ。発する言の葉に魂の力を注ぐ、これすなわち言霊ニャ。世に降ろす言霊は真ニャ。故に真言ニャ。早九字は力ある九つの呪ニャ。符なんかの術具を使わない代わりに、印を結んだり文字斬りを行うニャ」


「ちょっとスマホとってくる」


 脱衣所に置かれてある鍵やら財布やらと一緒に置いてある検索機を取りにコタツを出た。


 授業についていけない。塾に通えばいいのかね?


 定位置に置いてあるスマホをゲットして居間に戻る。席を立ったついでとばかりに、買い置きしてあったスナック菓子と炭酸飲料をテーブルの上にセット。


 長期戦になりそうだからだ。決して飽きたわけじゃない。


 スマホで先程の言葉をググってみた。画像なんかも出てくるが、理解度はイマイチ。


 真言、真実の言葉。


 だからなんだ? といった感じ。当然ながらどうやって真言を発するとかは載ってない。役に立たない検索機能よ。結界の張り方も知らないの?


 ただ早九字は調べると懐かしい気持ちにはなった。あ~、こんなんあったあった、あったなぁ、とかそんなん。


 実際やるのはマジ勘弁してほしいけどね。これやって何も出なかった時は死ねる。おじさんなんだよ。何ニ病になるのかね?


 つまり、猫の説明を纏めると、言霊で結界って言えば結界が張れる。言霊っていうのは言葉に魂力を込めると出せる。そういう理解でオーケー?


「いや良くない」


「フニャ?」


 もはや許可を取ることもなく炭酸を飲みつつ菓子を食べている黒猫が顔を上げる。


「魂力ってなんだよ。そもそも魂の力を注ぐってどういうこと? どこの筋肉使うんだよ! 腹か? 腹に力を入れて叫べばいいのか? 『結界』! って……おう、グレイト」


 叫んだ途端に蒼白い光が俺を覆う。境界線を引いたように体の表面に沿って発光している。


 簡単。今までの説明はなんだったのと言いたくなるぐらい簡単。


「そうニャ。それが『結界術』ニャ」


「お、俺にこんな力が…………!」


 とか手の平を見つめて言ってみる。お約束。


 でも確かに少し沸き立つものがあるよね。こんなん非日常に憧れるティーンエイジャーに渡したら、レベル上げとばかりにモノノケに突っ込んで逝くのが目に見えるようだ。無茶しやがって。


 問題はこれの防御力にある。


「それで、これはどの程度まで身を守ってくれんの?」


 一段落したとみて、俺も菓子に手を伸ばしながら訊いてみる。


「魂力が続く限りニャ。なんでも防ぐニャ」


 おい、猫、バカ、猫、てめー猫、このやろう。


「いやいや、なんでも防ぐわけねえだろ。核ミサイルや毒ガスも平気か?」


 息、出来ないから。もしかして能力や術が使えないのって、コヤツの説明不足から来てない?


「それは初代様考案の『万能結界』ニャ。なんでも防ぐニャ。でも魂力の消費が激しいニャ。早いとこ解くニャ」


 いや解くって。


「どうやんの? え? どうやったら引っ込……おう、便利だな結界」


 消費が激しいと聞いて、もしかしてミイラになったりしないよね? と不安になったが、引っ込めと念じただけであっさりと蒼白い光は消えてくれた。


 しかしあれだ。……万能はないでしょ万能は。


 なんだその『僕の考えた凄い呪文』みたいな名前は。病気なんじゃねえの初代。そして黒猫の説明を信じちゃった他の宿主とやらは、大層な能力名のせいで代数を増やしてしまうという結果に陥ったんじゃないのかね?


 比較対象が存在しないんじゃ話にならない。他の結界を見てみないことには万能どころか平均すら分からないんだが。


 第三者が必要だ。


 しかも公平で事情に精通している害のない善意の第三者が。出来れば人間で。


 どうしたものかとパリパリと菓子を食べているとピンときた。やはり食事は素晴らしい。


 ニャフっと可愛らしくゲップを吐き出す黒猫に向き直り訊いてみる。


「そういや国家機関みたいなのがあるんだよな? 警察みたいな国お抱えの組織が」


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