第10話


 自炊をしない自分にとって休みの日の外出は特別なことではない。外にご飯を食べに行くから。


 腹に溜まりそうな菓子やカップラーメンの買い置きがあるにはあるが、それはそれ。気ままに一人飯を楽しむのが趣味と言えば趣味なのかもしれない。一人飯だ。ボッチなんちゃらではない。


 出来れば個室のある店がいい。とあるドラマが始まってからは揶揄されることも少なくなったが、それでも昨日の四人組みたいな人種もいない訳じゃないから。


 別に一人が恥ずかしいとかじゃなくね、単に落ち着いて食べられる環境がだね?


「だから衝立で仕切ったお好み焼き屋じゃなく、個室のあるお好み焼き屋に行こう」


「霊安局に行くんじゃないのニャ?」


 あ。


「勿論だとも。ただどうせ外出するんなら、ついでに食事も済ませようや、って話をしてるんだよ、うん。忘れてた訳じゃないよ、うん」


 外出イコール外食の生活を送っていたので、ついつい目的が食事に逸れてしまった。パブロフの犬ってやつだ。


 私服に着替えるというルーティーンをこなしたのが原因だ。外食行く時は私服だもんな。


 この歳になるとコーディネートが難しい。それなりのお値段がするお店だとジーパンにトレーナーじゃ厳しい視線に晒され、似たような格好の若者が列成すラーメン屋では笑われるという。


 しかしそれもコンビニや牛丼屋ならセーフになる許されるというのだから理不尽を感じてしまう。


 TPOって難しい。


 車の鍵を手にしたところで、やはりスラックスにジャケットで挑むべきだろうかという思いが浮かぶ。


「……行かないのニャ?」


「いや、行く行く。じゃあ行こうか」


 今から着替えるのも面倒なのでと、急かされるままに部屋を出た。


 まあいっか、大丈夫だろ。


 部屋の施錠を確認して猫とお出かけ。黒猫は助手席に乗り込んでのナビゲートだ。なんせ場所が分からない。しかもナビに表示されないというんだから仕方ない。


 口頭の指示出しも勿論だが、その長い尻尾で右だ左だと矢印を作ってくれる黒猫。


 芸が細かいね。


 微笑ましかったのも束の間、通りでサッカーをしている女子中学生が道を塞ぐ。住宅街だと偶に見る光景。家の前の通りは遊び場だという認識。


 まあ、気付いたらどいてくれるから別にいいが。


 しかしどうしたことか、今日は中々どいてくれない。クラクションを鳴らすべきかどうか迷っていると、ハッ?! と気がついた様子で慌てて脇に退いてくれた。


 そこを徐行で通り抜ける。気のせいかいつもより車との距離が近い…………。


 ハッ?!


「も、もしかして黒猫って俺以外にも見えるの?」


「見えるニャ」


「し、尻尾! 尻尾直して! 消して! 見えなくして! 直ぐ直ぐ、今直ぐ! ハリー!」


「分かったニャ」


 喋る分には車内なので問題ないが、お前それ何メートルあるんだよという尻尾で作った矢印はヤバい。


 チラリと覗き込んだバックミラーでは、女子中学生がスマホを取り出してこちらに向けているところだった。


 ギリセーフかな。


 いやアウトだけども。


 しかしうっかりしていた。


 割とあっさり黒猫が喋る事を受け入れていたので、その存在を当然のように思っていた。


 昨日見た餓鬼とやらも悪かった。なにせそういう存在は人の目に見えないと聞いたのだ。黒猫も、てっきりそちらにカテゴライズされるのかと……。確認を取っておくべきだった。


「見られたらマズかったかニャ?」


 少し申し訳なさそうな顔をする黒猫に微笑みを返す。


「まあ、マズいったらマズいな。最近はなんでも動画や写真に撮ってSNSに上げちゃうから。でも確認取らなかった俺も悪かったよ。ごめんな」


 今やそういう職業が成り立つ時代だから、悪目立ちするのは間違いない。


 平穏無事を願うおじさんとしては、あまり目立ちたくはない。昨日のような状況に出会でくわしたとして、あくまでもコッソリと対処したいだけなのだから。無理のない範囲で。


 手に負えなさそうなのは、通報するという手段もありだろう。そうなると、その公的機関の連絡先も手に入れておきたいところ。


 黒猫が知っているのではないかと話を振ろうとして、ふと気付いた。


「そう言えば、なんで場所とか分かるんだ?」


「大抵は地脈の上に建ててるニャ。そこに人間が手を入れてるからモノノケや式には案外分かるニャ。もし個人で受け継いでる場所だったとしても霊安局に連絡ぐらいとってくれる筈ニャ。それよりニャ」


「ん?」


「見られるのがマズいのなら、宿主の結界で姿を消せばいいニャ」


 ん?


「え、結界って、なんか攻撃を防ぐとか……そんなんじゃないの?」


「そうニャ。でも結界にも色々あるニャ。まじないから身を守る『護法結界』、わざわいを防ぐ『守護結界』、悪しき者から身を隠す『隠蔽結界』、そして初代様が造り出した全てを防ぐ『万能結界』、と他にも種類は様々ニャ」


「そんなにあるの? そんで、俺は『万能結界』以外何が使えんの?」


「全部使えるニャ」


「全部て」


 なんだよそのチート性能スペック。これって初代の術なんだよね? どんだけ凄かったんだよ初代。


 まあ流石に時代が違うので、その時代にあった結界が全部ってだけだろう。発展して廃れた結界とか、新しく生み出された結界とかあると思うけど。


 青以外の光り方とかするんだろうか…………。


「それで、結界を掛ければ姿が消せる、と……」


「消せるニャ」


「他の人から見えない?」


「見えないニャ」


「俺が俺に張っても他の人から見えない?」


「見えないニャ」


 ほほう。


「詳しく」


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