第11話



 辿り着いた先は――――市役所だった。住民票の発行とかマイナンバー関連で来たことがある。


「え、ここ?」


「ここニャ」


 今や青く発光する黒猫が、その長い尻尾の先を市役所へ向けてビシッと指している。


 これに従って駐車場に車を停めるおじさん。しかし今日は土曜日。市役所の駐車場がチェーンで封鎖されている為、近隣のコンビニの駐車場を利用した次第だ。


 バタンと車のドアを閉めて市役所の様子見するも、当然ながらやっている気配はない。


 無駄足感が半端ない。


 いついつまでと、ここで立っているわけにもいかない。不審者の謗りを免れない事態となってしまうので。


「帰ろうか……」


 こういう時のお声掛けって、なんか寂しく響くよね。


「こっちニャ」


 しかし黒猫は気にすることなくチェーンを潜って市役所の駐車場に侵入してしまう。流石は猫だ。猫っぽいなぁ、おい。


「お、おい」


 これを気にするおじさんは、右見て左見て人影を確認。念の為、結界を自分に張って黒猫を追いかけるべくチェーンを跨いだ。


 青く発光するせいなのか、姿が見えなくなるどころか目立っているようにすら思える。


 本当に大丈夫なのだろうか?


 もしこれで捕まったりしたら『喋る黒猫に案内されて自分に宿る特別なパワーがどの程度ものか確認しにきた』との記述になってしまう。


 病気行きは待ったなしである。


「おい、待て、落ち着け、死ぬ」


 社会的に。


 流石は猫といったところなのか、俊敏に先に行く黒猫に追い付けない。通報を恐れて大きい声も出せない。


 正面入口も職員用の勝手口も通り過ぎて裏手に回る黒猫。何を思ったのか物置の側面にダイブした。


 すると粘性の高い泥沼に落ちるように、ズブリと黒猫が物置を通り抜けてしまう。猫が通り抜けた後の物置の側面は、ぐにゃぐにゃと水面のように波立った。


「え、ええー……」


 この三日で随分と不思議な目に会ってきたが、意外と隠されている不思議現象。しかしこれで今までよく隠し通せてきたなと思わないでもない。誰かが不意に触ることもあったんじゃないの、ここ?


「来ないニャ?」


 ヒョコっと戻ってきた黒猫は、まるで首だけが物置に貼り付いているようにも見える。


 随分な飾り付けもあったものだ。子供がトラウマになるレベル。


「いや、行くよ。行く行く、行きますよ」


 怖々と左足から物置に突入である。水にしては体に重く纏わり付く感覚。しかしベタつかないという不思議な触感からスルッと全身が抜けると、そこには広い吹き抜けの空間、ホテルのロビーのような場所が広がっていた。


 行き交う人の数はそれなりに多く見える。ああいや、人の数は半々と言ったところか。飛んでいる方の比率も含めてである。最近の女子高生って飛ぶんだな……。


「フニャアアア?! なんニャ?」


「あ、悪い……」


 黒い影が足に当たって跳ね返ったので、黒猫とぶつかったのかと下を見れば、尻尾が二つある縞猫にクラスチェンジしてるではないか。


 うちの猫じゃない猫が喋っている不思議。


 もしかしてこの業界じゃ不思議なことではないのかもしれない。猫のべしゃり。


「なにしてるニャ?」


 視線を少しズラすと、今度こそうちの黒猫がそこに座っていた。


「いや、いまぶつかって……猫が……ちょっと待っててくれる? 少し整理するから」


 心を。


「別にいいニャ。でも結界は解いといた方がいいニャ。見えないニャ」


 その発言に思いあたり縞猫を見ると、確かに微妙にズレたところに焦点を当てて不可思議そうな顔をしている。こちらの声も届いてない様子。迂回して足早に去っていく縞猫を見送ってから結界が解けますようにと念じると、俺と黒猫の発光が消えた。


 これで不意の衝突もあるまい。


 今一度広いロビーを見渡す。


 箒にまたがって飛んでいる中学生ぐらいの女の子もいれば、袈裟を着たお坊さんがスマホを弄っていたりもする。


 人間の二倍ぐらいの体格の狸が、頭上を飛んでいた火の鳥にぶつかってお互いに頭を下げている光景なんかも見られる。


 あっちからそっちと行き交う人には俺と同じようなおじさんも多く、そのおかげで少しばかりの落ち着きが戻ってきた。仲間仲間。


 受付は幾つもあるようで、それぞれ用件別に分かれているところなんかもお役所っぽい。案内板や順番待ちする為の発券機なんかもある。


 とりあえず周りの人を真似して順番待ちのレシートを発券機から引き抜く。四十三番だそうで。


 電光掲示板から番号が流れるところを見るに、あそこを確認していれば問題なさそうだ。


「今三十九番か。番号の後ろに流れる受付に行けばいいのか? …………ニャンコさん?」


 ここだったら堂々と話し掛けてもイタい人扱いはされまいと声を上げたのに、今度は返事がないことで恥ずかしい思いをするとは。


 ……どこいった?


 辺りを見渡しても黒猫を見つけられず、もしかしなくても迷子というか迷猫かな? おいおい、しっかりしてくれよ。


 フッと鼻から笑いが漏れたところで気付いた。


 迷子って俺やん。


 ここでの知識や地理がゼロなおじさんとしては、例えハグれたのが黒猫の方だとしても迷うのはこちらという理不尽。


「あ、すいません」


「おっと失礼」


 ボーっと立っているせいか立て続けに通行人にぶつかって邪魔になっている。近くに座って待てるところがあるんだからそっちで待てよ、といった非難混じりの視線も刺さる。


 これに直ぐさま移動を開始するも、ついでとばかりに見上げた電光掲示板では『四十二番』と流れていた。いかん、もう次じゃん。座ってる場合ちゃう。


 慌てて大体の受付口を確認。コの字型になったカウンターに、それぞれ一辺に六つの窓口がついている。窓口毎にパーティションで区切られ隣からは分からないようになっている仕様。


「えー、一から六があっち、七から、あ、来た。四十三……三番受付。だからあっちのあそこか」


 声に出して確認していると、座って待っているのであろう中学生の……男の子? 女の子? 非常にマニッシュな子にクスッと笑われてしまった。


 なんだよ、大切なんだぞ? 声出し確認。


 そそくさと三番受付に向かう。恥ずかしかったわけじゃないけど早く行かなきゃいかんでしょ? その、あれだ、放送で呼び出されてしまうだろ?


 三番受付のお姉さんは二十代前半ぐらいのショートカットでスレンダーな美人さんだった。元気系美女。


「こんにちは! 担当の佐川と申します。早速ですが、本日はどのようなご用件で?」


「はい、えーと」


 椅子に腰を落ち着けて、喋る内容を頭の中で纏める。


 他の人の結界を見せて貰う、自分の結界の程度の確認、局の連絡先、餓鬼を発見したと報告。


 目的が頭の中をダダ滑り。


 いや、落ち着けよ、思ったより近代的な不思議施設に気圧されてるぞ。イメージ的には神社の社務所程度を想像していたからな、霊安局。こういう時は最初から順序だてて話した方がいいのだ。


「えー、あのですね……実は最近、夜中に突然空中に魔方陣が現れて、その中から黒猫が出て来て言ったんですよ。今日から君は第六十四代目魔法少女だって」


「はい?」


 やべえ。助けて黒猫様。


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