第50話


 多少のアクシデントはあったが、とりあえず仕事に掛かれることになった翌日。


 白米、味噌汁、干物にお新香と健康的で美味しい食事を頂いた後の自室で、スーツに着替えたところ。


 仮面は被らないよ、そんな……不審者じゃあるまいし。


「……しかし美味しかったな」


 昨日の夕食も、さっきの朝食も。


「……ニャンコは猫まんまだったけどニャ」


 だって猫だもの。


 凄惨? な調理風景を除けば大変に美味しいお食事でした。これでなんで宿泊料金が安いのか?


 真実はいつも一つある。


 真実がグラサン掛けて笑ってる。


「さて、前日入りが仕事の基本だが……前前日は下調べするのが常識」


「そうなのニャ?」


「うん。最近の流行り」


 とりあえず霊安から貰った資料を広げて、お仕事内容の確認に行こう。


 まずは雇い主を調べようと思う。


「雇用条件がほんとに満たされてるかどうかとか、雇用側の評判、経費の有無、調べることはたくさんあるぞ」


「……ニャンコは長いこと歴代の宿主に憑いてるけど、そんなの調べてるの見たことないニャ」


「昔はインフラとか無かったし、前代は未成年っぽいからなぁ。仕方ないよ」


 よく見ておけよ? これが現代のスタンダードだから。


 資料に依ると、地元の名士らしい雇用主。


 有名だというのならありがたい。調べ易いに越したことはない。


 グラサンの傭兵に聞き取りしつつ、外回りに行こう。


 今回の依頼が年中行事なら、前回の仕事日を中心に周辺の異変を調べれば、仕事の安全度なんかも分かるだろうし。


 出掛ける旨をグラサンに伝えつつ、雇用主の評判なんかの探りを入れた。


「金持ちだな。詳しくは知らん。俺とは無縁の世界だからな」


 グラサンの返事は物足りなさよりも納得感の方が強かった。


 そらそうですよね。


 俺だって地元にあるデカい家ぐらいは知ってるし、問われれば有名メーカーの一つや二つぐらいは答えられる。


 しかしその内情は元より、生活圏すら分からないのが庶民の現状。


 世間体や体面ぐらいなら、ニュースで取り上げられることもあろうけど。


 ……そう考えると今回の仕事って意外と大きいのかも?


 大手から下請けに回される仕事なんて社会では当たり前過ぎて呼吸。


 しかし無職への焦りで、仕事のみに注意がいっていたために見落としていた事実。


 もしかすると最初のお仕事として不適格なのでは?


 そんな今更な不安。


 取ってきた仕事が大き過ぎて青くなる営業のようだ。


 フリーであるが故に責任が分散されないという未体験。


 これはおじさん…………やってしまったか?


 そう考えると報酬にも頷けそうで困るよね。


 明らかなキャパオーバー。


 最初は巫女さんのお手伝いとかで良かったのでは? むしろ巫女さんのお手伝いが良かった。そんな人生だった。


 とりあえず街に出てみる。とりあえずビール並みに始めるのが情報収集。何事も基礎が大事。


「帰りは夕方ぐらいだと思います」


「おう」


 持ってきた革靴に履き替えて、無愛想な返事一つで宿を発つ。


 黒猫を伴って、藍色スーツのおじさんが外回りだ。


 公園で休んでいたらリストラを勘違いされるかもしれない。


 幸いなことに近くに公園は無いようだが。


 さてどこに行こうかと逡巡することもなく、あらかじめ予定していた方向へ。


 なにせ東の方は青一色。


 海沿いに行ったところで黄昏れるしか選択肢がないので、駅方面へと足を伸ばすことにした。


 踏切があるので電車が通っていることに間違いはなく、基本的に駅周辺が栄えるのは世の常なので、おじさんの計画が完璧過ぎて困る。


 線路沿いの脇道を歩きながら、そのように黒猫に伝えた。


「……ニャンコには分からないニャ」


「お前はもう少し人間を学ぶべきだぞ?」


 ふう、やれやれだ。


 人通り皆無な線路であるため、黒猫との会話もスムーズ。


 傍目には独り言だか、見てる人もいないので良し。


「お、駅が見えて……」


「駅が見えて来たニャ」


 おじさんがぶった切った言葉尻を、黒猫が引き取る。


 アスファルトを破って伸びる雑草。苔むしたベンチ。無人の改札。木造で汚れた駅舎。


 こいつは、所謂……。


「無人駅ニャ」


 なんでそういう言葉は知ってるかなぁ。


「……完璧過ぎて、困るニャ」


 なんでその一言は余計だと気付かないのかなぁ。


 合間に挟まれた溜め息に殊更感情が煽られる。


 覚悟はいいか?


 俺は出来てる。


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魔法おじさん トール @mt-r

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