第40話
「お金が無いニャ?」
「人聞きの悪いこと言う猫だねぇ。働き口が無いのであって、金が尽きた訳じゃない。まだ瀬戸際ではない。まだ大丈夫だから。まだイケるから」
昼食後の一時。
テーブルの上で前肢をペロペロと舐めながら話を聞く黒猫。猫アピールか?
それとも俺をナメてるというアピールか?
お昼ご飯は明太子パスタ。アルデンテ。茹でるのに使った土鍋と取り分けた皿が二つ、まだテーブルの上に残っている。
……この無駄飯喰らいを処分したら、幾らか家計も助かるんじゃなかろうか?
費用じゃなく、材料的な意味で。
「……なんかゾクッとキタのニャ」
「冬も近いからなぁ」
勘のいい猫は嫌いだよ。
疑わしげに俺を見る黒猫にニコリ、最上級の笑顔を送る。
「…………宿主は働いてたニャ。仕事変えるのニャ?」
「いや、変えるっていうか……」
会社からの連絡が無いというか……。
経営しているグループは日本有数のところなので、安定と安泰がセットだと思って勤めていた我が社。
災害時の連絡網なんかもちゃんとある。
しかしそれに従って連絡をしてみたら、どこも不通というこの状況。
上司にも部下にも連絡が取れない。
思い切って本社に連絡を入れてみたのだが、あちらも大変なことになっているらしく、たらい回しの末に『こちらから連絡を入れるので自宅待機していて下さい』という使い回しメールを頂いた。
クビ宣告どころか、そのまま放り出されそうな雰囲気。
退職金どころか有給消化も怪しい事態。
それもこれも各地を賑わした汚染猿の被害だと言うのだからグゥの音も出ない。
大人しく待つこと十日。
未だ連絡は来ず。
ちょっとした休暇だと喜べる心境は既に遠く、ジリジリとした焦燥感から求人情報や転職サイトを覗いたりなんかしたり。
ちょっと調べるだけだから……。
それが黒猫の死因になってしまうなんて。
「因果なもんだよな?」
「宿主は会話を覚えた方がいいニャ」
おい畜生。
俺が食べ終えて置いてあったフォークを握ったのも仕方のない物言いだぞ?
腹具合を確かめる。
まだ大丈夫だからな? まだイケるからな?
「……まだ食べるのニャ?」
「どうしようか考えてる……」
蛍光灯からの光を反射して鈍く光るフォークと、何も映していないおじさんの瞳に、何かを感じとった黒猫が焦りながら話題を繋げる。
「お、お金ならこの前のがあるニャ! あれを返して貰えばいいニャ!」
この前?
「……あ〜。いや、あれは違うから。何度も言うけど勘違いだから」
正当な報酬でないのなら受け取れないのが社会。定められた法というやつなんだよ。そこで新しい言葉が生まれたりするんだけどね。献金やら寄付金やらだ。言わないけど。
「兎に角、欲しいのは働いて得た真っ当なお金なんだよ、わかる?」
「……ちゃんと祓ったのなら貰ってもいいと思うニャ。『祓い業』ってそういうもんニャ。現代では違うのニャ?」
「『ちゃんと』って言うのは、支払い証書が出て、税金を納められることなんだよ」
怪しさ満点の収入過ぎるだろ。二つの意味で。
「でも昔から『祓い』に税なんて取ってなかったニャ? たぶん、近代になってからもそうだったニャ。今は違うのニャ?」
「そりゃお前、占いなんかも税金が掛かるって言うし、自営業に分類されるんじゃないか? 収入を得たんなら所得を計算して確定申告しなきゃならんだろう」
「難しいことはわからないのニャ。でも宿主が言ってるのは『表』の仕事ニャ。祓魔呪業は代々が『裏』と決まってるニャ。基本的に表に出せない仕事のことを全部『裏』と呼んでるニャ。法は『表』ニャ。『裏』の仕事は法の内に入らないと思うニャ」
…………いやお前。
「霊安局とかあったじゃん? ああいう公的機関が存在するんだから、税金だって発生してるよ、きっと。たぶん。いや絶対」
「なら正式に『祓い』の仕事を受ければいいニャ。宿主は初代様の能力を十全に使いこなせるからニャー。パッパッと祓ってお金貰えばいいニャ」
正式にって……。
ふと思い出されるのが諭吉さん五十人だ。あれが一回の報酬だって言うのだから誘惑されそうになる。
しかしあれは命の値段。
どこの会社だろうと危険作業には手当てを付ける世の中。その額を考えれば、どれ程の危険が待ち受けているのか理解出来よう。
おじさんは安全を求めている。
安心、安全、安泰。
いつの時も安さが庶民の味方なのだ。
安易な考えはいかん。
大体、まともに使えるのって実は『万能結界』だけなんだけど……。
そう、そうなのだ。
そういえばまだ猫に話していなかったっけな?
おじさん的に重要度が低かったので忘れていた。
いつも頭にあるのは仕事だから。
次がご飯。休暇は仕事に含まれます。
いい機会なので説明を求めようかな?
「お……」
「今なら、あぶれた餓鬼の浄化なんかが依頼に出てるのニャ。税が気になるんなら霊安で受ければいいニャ。正式な依頼としてニャ。ボロ儲けニャ」
「詳しく」
頭の片隅に残っていた福澤先生が囁くもんだから、俺は聞きたかったことをまたも後回しにして、黒猫に『正式な依頼』とやらの説明を求めた。
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