第12話
気のせいかお姉さんの表情が固くなったように思える。空気も重い。
言え。何か言うんだ。この事態を打開出来る何かを。
「違うんです」
うん、違う。そうじゃねえだろ。浮気の言い訳かよ。
「はあ……」
だよね。そうなるよね。
先程までは元気いっぱいの笑顔をくれていたのに、いまや苦笑いの佐川さんだ。
『こいつ大丈夫か?』言わんばかり。
ちょっと話が違うじゃないか! 騙したな?! 金運も恋愛運も上がって美女と札束のお風呂に入って『今でも信じられません』ってコメントしてたじゃないか?!
確かに美女は顔がひきつってたけど! コメントでは信じられないって言ってたけど!!
落ち着け。俺が昔購入した腕輪の成功体験コメントは今関係ないから。
ただ、受付の佐川さんの顔も引き攣っていて『信じられない』って感じが恐ろしく類似しているので思い浮かんだだけだ。
黒猫だ。黒猫がいるぞ。
話の信頼度を上げるには証猫がいる。なんでも『呪い』とやらに組み込まれている当人だ。いや当猫だ。これ以上の説得力はあるまい。
丁度タイミング良く通り掛かったりしないだろうかと、周囲をキョロキョロ。
「……あのぉ……」
ためらいがちに掛けられた声で泳がせていた視線を戻す。そこには困り顔の佐川さん。
ああ、お猫様。思えば扱いが酷かったかもしれない。
今度から高級な猫缶を常備致します。
暖かい寝床も新しくお作りしましょう。
だからこちらまでお越し頂けないですかね? 割と早く。キチガイ認定されて、煤けた背中を見せながら帰るおじさんが生まれる前に。
すると願いが届いたのか、ここ最近毎日見てる紫に光る魔方陣が現れる。
やった、キター!
ニヤリと笑う俺に、驚く佐川さん。
「態勢ハの五番!」
は?
元気が戻ったというには些か鋭すぎる声で叫ぶ佐川さん。同時に椅子を蹴立てて後ろに跳ぶと、何やら手にはトランプのようなカードを扇状に広げるというアクションまで付いてくる。
これはなんらかの勘違いが進行中の気配。つまりあれだ。
話せば分かる。
「なんニャ?」
「『結界』」
呑気な声を上げる黒猫も含み結界を展開する。誤解が生じているだけだと思いつつも、初代の言動やら前任者の任期を考えると備えておいて損はないと思う。というか安全を確保したかった。
周りの物々しさがヤバい。
「目標をロスト!」
そうだ。見えなくなるんだった。使い勝手わるっ。
「あのですね?」
「聞こえないニャ」
そうだった。見えないし、聞こえないという。無駄に高性能だな万能結界!
周りの騒ぎはドンドン広まっていく。武装する受付の方々。それに反応して自衛する方々。
受付の方は一様に、片手で警棒を、片手でカードを。
これに対抗するように備える周りは、杖を出す魔女っ娘に数珠を巨大化させる坊さん、燃え上がる火の鳥に縮むタヌキ、俺と同じぐらいの歳の紳士は大鎌を構えたり指先に光を灯したりと忙しい。
……さて、どうしようかな。
「月が、綺麗ですね……」
「聞こえないニャ」
うん、知ってる。だから言ってみたとこあるよね。俺の人生で言うことはないだろう台詞を。
「困るんですよね、ああいうことをされると!」
「はい、すいません」
場所は変わらず三番受付である。会話する相手も変わらずの佐川さんである。
事態の解決を見るには姿を現すしかないようなので、結界を解いてこれに当たった。黒猫のサポートもあり誤解は解けたようだったが、周りからの不信感をヒシヒシと感じる次第だ。
イタズラで火災警報器を鳴らしたようなものであると思えば、これも当然。
仕事をしていた受付の面々は勿論のこと、ご来訪中の方々にも白い眼を向けられる始末。
分かる。めちゃくちゃ迷惑だよね。ごめんなさい。
「いいですか? ここは話し合うか戦争するかといった場所なんです。来訪される方は、ぶっちゃけお客様でもなんでもありません。敵か、停戦中の敵です。私たちの業界は、なんせ法の外にあるわけですから。理解し難い発言をしたかと思えば周りを確認し、使途不明の魔方陣を作り出して笑うだなんて……正気なんですか?」
「はい、御指摘はごもっともで。わたくしめの不遜を恥じる次第でして、ええ」
しかもご来場された方はお客様ではなく、来訪者という扱いなんだとか。いや敵て。
これは外で言うところの、お客様感に引っ張られない為の措置で、丁寧に対応はしてくれるものの来訪者と受付の立場は対等であるとかなんとか。そのせいなのか、クレームなんかの処理は物理的なものであるらしい。物理的なクレーム処理ってなあに? 新鮮だわぁ。
こえーよ業界。引退するわ。
そんな業界だからか、俺にとっては黒猫を呼び出す為の単なる魔方陣だったのだが、佐川さんにとっては危ない召喚、もしくは攻撃性のあるものとして映ったらしく。
言われてみると、俺も最初はその毒々しさにビビったじゃん。
馬鹿かよ、と。
その通りです、と。
そんな説教をされているわけで。
「次はありませんよ!」
「はい、分かりました。すみません」
『次は気をつけて?』とかではなく、『次は無い』そうだ。本当に胸にしておこう。
「……それで、ご用件の方は?」
笑顔のなくなった佐川さん。
やや突っ慳貪な態度に変わってしまったが致し方あるまい。説教してされてだったのだ。気まずくもなるよな。
早いとこ本題に入ろう。
「ええ、実は――――」
これこれこういう訳でと、黒猫との出会いをご説明だ。
カウンターで丸くなっている黒猫を横目にしての説明なので、説得力も当初よりは増しているだろう。なにより当人ならぬ当猫がその事実を認めているのだ。流石に一蹴はされまい。喋る猫って便利。
「はあ…………少しお待ち頂けますか?」
「お願いします」
事実確認の為に佐川さんが奥に引っ込んでいく。そんな呪いってあるの? と疑問が顔に出ていた。
本来の目的である結界のスタンダード確認は最早置いておくしかないよね。ここで再び結界を発動させて、お前本当に反省してんのかよと思われる訳にもいかないし。
今日のところは局の電話番号の確認と餓鬼の発見報告だけにしておこう。
とりあえず
こちとらそんな心持ちを決めているというのに、黒猫はあくびなんかしちゃってくれちゃってさ。はは、こいつ〜。
「暇ニャ」
「そうか。じゃあ遊んでやろう」
俺は黒猫のクネクネと動いている尻尾を掴むと、複雑に結び始めた。
「フニャッ?! やめてほしいニャ! こんがらがってるニャ!」
「ハハハ、バカ言うなよ。ちゃんとほどけないように結んでやるって」
「よけい悪いニャ?!」
飼い猫との心温まる触れ合いを続けていると、佐川さんが変色した古いファイルを持って戻ってきた。
その顔は未だに懐疑的なものの、ファイルの一文を開いて見せてくれる。
「信じられませんが……大分前の記録に、該当する呪いが見つかりました。本当にそういう呪いに掛かっているようですね……」
ほらぁ、ね?
「でも、この呪いって本当に存在したんですね。最後に当局で確認したのが三百年前で、当時でもサンプルの一つというか、記録だけ残した物が古いファイルにとりあえず残っているだけというか」
「そういえばそのくらいになるニャ。前来た時と大分変わってるニャ」
佐川さんの言葉に黒猫が反応する。
すげえスケールの話だよね。大分っていうか、局自体が無くなっていてもおかしくないレベル。
「えーと、もしかして、お祓いしてほしいとかでしょうか?」
え、出来るの?!
期待が顔に出たおじさんに、佐川さんが少し困ったような表情になる。
…………なんだろう? このぬか喜び感。なんかある?
「こちらの呪いはですね? 非常に眉唾な話なのですが、特Aクラスの管理対象となっておりまして……分りやすく申しあげますと、国家規模のお祓いプロジェクトになるそうなんですよ。だから、えー、ご予算が個人では払えないと言いますか、事実上は不可能と言いますか……」
国家規模。こんなバカっぽい呪いなのに?
思わずといった感じで必死に尻尾と戯れている黒猫を見る。
なに尻尾で遊んでんだよ。話聞けよ。
「ちょっと信じられませんよねー。つまりは祓えない呪いということになるんですよ。まあ、当時はって解釈がつくんですけど。ただ管理対象から除外されていないので……」
お祓いはやってくれない、と。
「良かったニャ」
ポツリと呟く黒猫に、佐川さんがピクリと反応する。
「そうねー。猫ちゃんは呪いの呪的メカニズムに組み込まれているみたいだから、祓われると消えちゃうものね。猫ちゃん的には良かったわよねー」
そうなの? え、つまりお祓いされると黒猫は死んじゃうの?
「違うニャ。お祓いなんかしても意味ないニャ。祓い屋が死ぬだけニャ。無駄死にニャ。
これに黒猫は佐川さんの方も見ずに平然と答えを返した。それが当たり前といった態度だ。
これにムッしたのが佐川さんだ。カチンという幻聴が聞こえてきそう。
「……それはどうかしら? 正直古くさい記録だし。なくなったと思われてた呪いの処理なんてする意味がなかっただけだと思うけど。それに今の呪いの技術や解呪方法は昔とは比べものにならないわ。まあ? そんな化石みたいな呪いに縛られている猫ちゃんには理解出来ないでしょうけど」
ヤバい空気だ。何やってんだよ猫ちゃん。なんでそんなに自分の尻尾に夢中なんだよ! かしてみろ! ほら解いてやっから!
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