第13話 霊安局2 *三人称視点
長い黒髪の一部を金に染めた女性が霊安局の廊下を歩いている。
警察官に
「あー、報告書上げるのめんどいっスー。もうこの仕事辞めたいっスー。大体センパイも理不尽っスよねー。『書類作成も仕事だから一人でやってみろ』、って押し付けないで欲しいっスよねぇ?」
霊安局に戻ってきた凛は、報告書を上げる為に自部署に戻る最中のようだ。
「あー、世界ー、滅びてー、くれないー、かなー、あたしだけー、勘弁ー、って、さーちゃん何してんの? 休憩っスか?」
やや間延びした自作の歌を歌いながら通りすぎた部屋の中に、見知った顔があったので、体を戻して覗き込んだ。
扉が開け放たれたままの『休憩室』と銘打たれた部屋で、三番受付に入っていた女性、佐川が足を伸ばして休んでいた。
「ういー、凛っちお疲れ。今終業?」
「やー、これから報告書っス。あれ? さーちゃんも報告書?」
「いや、これは記録室のファイル」
「えー、なんでまた?」
「それが聞いてよ! あたしハの五番出しちゃったの!」
「あー、不穏な気配あり、要警戒?」
「それはイの二番。ハの五番は、攻撃確認、戦闘準備」
「あー、うんうんうんうん、だっただった! 受付やらなくなると忘れるちゃうんスよねー。 また発現者とかっスか?」
「ううん、呪い持ち。多分三十代ぐらいかな?」
「へー、解呪希望? あー、てことはそのファイル、パソコンに入ってない呪いのリスト?」
「そう、ふっる〜〜〜~い! 呪いのリスト。でも解呪希望じゃなくてさー。凛っちも見てみてよ。こんなん信じられないでしょー?」
開かれたファイルを読む為に凛が休憩室に入る。佐川に促されるままに、示された一文を読んでいた凛の眉がピクリと動く。それに佐川が気付くことはなかった。
凛は先程までと同じ調子で感想を述べる。
「やー、害ないとかマジっスか? なんのための呪いなの? しかも未だに呪いが続けるとか……執念凄そうっス」
「ねー? てかあたし最初『何言ってんのこのおじさん?』とか思ってたもん。言動が怪し過ぎでさぁ、そりゃハの五番も入ると思わない?」
「そうっスねー、そりゃしょうがねぇっス。……ところでここって名前とか所属とか、対象者のことを書くんじゃないっスか?」
凛がファイルに新しく書き込まれた一文を差して疑問の声を上げる。
それに佐川はパタパタと手を振って返す。
「いやー、別によくない? そんな時代遅れの呪いの対象者とか。しかも紙媒体にしか残ってないなんて誰も気にしないでしょ。なんか付属してる化け猫がムカついてさぁ。本来なら名前とか書くんだけどー、なんか変なことしか言わないから、じゃあそう記入してやるわっ! って、つい」
「少女に橫線が入って……『第六十四代目魔法おじさん』……って書いてあるんスけど。なんスかこれ。ワロス。超見てぇ」
流石に少しバツが悪いのか、佐川は目を逸らしながら紙コップに口をつける。
「まあ、大丈夫でしょ。…………見咎められなければ」
「そうっスね」
その後、軽い雑談をして佐川と別れた凛は、先程よりも苦味を増した表情で目的地に向かって再び廊下を歩いていた。
「やばいっス。さーちゃんって確か、市井に帰化した陰陽師からの末裔っス。術系統も最近の流行り寄りっス。……悪い子じゃないんスけどね~。特Aの呪術なんか既知の考え方で理解出来るもんじゃないってのに。…………あ~あ、どうしよう~」
目的の部屋に着いたにも拘わらず、入ることなく両手で髪をくしゃくしゃとかき混ぜていた凛だったが、ピタリと止まると一つ頷いた。
「あたし、関係ないっス。何も見てない聞いてないっス。だから言わないっス。家康さんもそう言ってるっス。ちわー」
「はい、こんばんは」
まさか返事が返ってくるとは思わず、扉を開けた姿勢のまま固まる凛。
「あ、
竜胆と呼ばれた四十代後半に見える男が、橫に四つ程繋げられたデスクの真ん中でパソコンに向かっていた。
少し草臥れた灰色のスーツ姿で、歳の割りにはフサフサした髪の毛だったが、白い部分の方が多く目立つ。振り向いたその顔は柔和に笑っているのだが、頬が痩けていて、苦労してそうに映る。
全体的に、気の良さそうな、いや気の弱そうな人に見える。
「そうなんだよ。ギリギリで書き直しを命じられた、って泣きつかれてね。監督してたんだけど、書類は明日の朝切りなのに深夜の緊急が入って、さっき出てったよ。仕方ないから代わりにね」
「そうなんスか。でもラッキーっス。添削してもらおうー」
「おいおい」
四列で十六台ものパソコンがあるのに、凛はわざわざ竜胆の隣に腰を降ろした。竜胆は苦笑いだ。
カタカタとキーボードを叩く音だけが、暫くの間続いた。
先に音が止まったのは、やはり先に始めていた方だった。後から来た方はそれに気付いて少し焦る。
「ちょーーっと、待っててほしいっス。あと十分」
「いいよ。それじゃあ、その間に別の報告も聞いとこうか。中間報告だ」
そう告げる竜胆も、告げられた凛も、目を合わせることはない。凛のキーボードを叩く音だけが続く。
「あー……、ちょーーーっと期待してたんスけどねー。ダメダメでしたー。泣きそうっス。賞与増やして下さい」
「僕の裁量じゃ無理だねぇ」
誰の話をしているのかボカして喋っているが、お互いに気にしていない。
「まず、なんか格好つけちゃってるんスよね。吸わないタバコ咥えたり、無愛想な俺カッコいい、的な? 多分なんらかの媒体なんでしょうけど、火をつけなかったり後生大事に持ち歩いてるとこ見るにバレバレですよバレバレ。奥の手持つ俺カッコいい、とか思ってそうで爆笑でした」
喋りながらも凛の手は止まらない。
「勤務態度はそんな感じなんですけど、霊力は高いもんあったっスね。術具なしに
「いやいや、この一件が終わるまで無理だねぇ」
「ハアー、これだから発現者って嫌っス。今んとこ梅の二級って感じっス」
「えぇ? ……そうかぁ。竹はあると思ったんだけどなぁ。実働に入れたかったなぁ」
「……かちょー、意外と鬼っスよね。死んじゃいますよ」
「あはは、半年もやってたら慣れるさ。若いんだから」
凛は『過労という意味合いで言ったわけじゃない』と思ったが、竜胆もそれを理解してて勘違いした発言をしているので、訂正しなかった。
この業界で長くやるということは、どこかが麻痺してしまうからだ。
柔和に笑っている竜胆も、本当に死んでしまうことが分かっていながら止めない凛も。
「実力はあると思うっスよ。ただ子供っぽさが抜けてないス。厨二っス。マジいてぇ」
「うん、期待しとこう。うん……………………でも、これは
淀みなく続いていたキーボードを叩く音がピタリと止まる。
凛が冷や汗を垂らしながら橫目で隣を見ると、竜胆は変わらず笑顔のままだった。
「どちらかと言えば、僕達は三尸虫の方なんじゃないかと思うんだけどねぇ?」
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