第14話



 はあ……。


「あついニャ」


「それで済むとか、どうなってんだよお前のあしは」


 場所をお好み焼き屋に移しての会話である。油の引かれた鉄板の上に立った黒猫が、お好み焼きが焼けるのを興味深そうに眺めて放った一言だ。


 熱した鉄板の上での謝罪を求めてのことじゃない。自主的に乗っているだけだ。動物なんちゃらには含まないで欲しい。


 とりあえずの目的を果たした俺と黒猫は、どちらかと言えばおやつの時間に近い時刻に来店。遅めの昼御飯中である。


 ちゃんと電話番号の獲得と餓鬼の発見報告もしてきたよ。ただ、もう一回行きたいとは決して言えない場所だろう。


 霊安局。


 騒ぎを起こして喧嘩を売って、しかも良かれと思って行った餓鬼発見報告は、鼻で笑われる結果で終わった。


 そんなんどこにでも居るわ、というニュアンスの台詞を、丁寧かつネチネチを含んだ言い方に直されて受け取ることとなった。どうも前後で交わした黒猫との会話が良くなかったらしい。


 しかしこれには少しばかりホッとした。ありふれているらしいよ、餓鬼。


 出現頻度は野良犬ぐらいらしい。


 駆除もしているそうで。


「あんなんが実はいっぱいいるとか、世の中怖いよな」


「今はずいぶん減ったニャ。昔の京だったら、外に出れば大体視界に入ってきてたニャ」


「マジかよ。昔って半端ない」


 そりゃ初代みたいなんも生まれるわ。


 お好み焼きをクルリとひっくり返して、一緒に焼いていた焼きそばをつつく。


 取り皿に取り分けて黒猫用にと差し出してやる。


 希望した通り、個室のお好み焼き屋なので、猫はバッチリ放し飼いだ。入店に際しては、黒猫だけ結界で覆った次第。


 食わなきゃ食わないで構わないらしいのだが、他人と会話しながらのご飯という誘惑に負けた。


 学生であった時には思いもよらないことだよな。歳を重ねることで生まれる寂しさだ。髪の毛のことではない。


 ハグハグと互いに焼きそばを食べつつ会話を続ける。


「餓鬼は想念から生まれるニャ。食べ物いっぱいなら大丈夫ニャ。お腹いっぱいなら生まれないニャ」


「ふーん。つまり腹ペコだと、餓鬼が生まれると」


 なんじゃそりゃ。さっぱり理解出来ない現象なんだけど。


 じゃあ夕飯時とか餓鬼も大量生産されるの?


 ドリンクバーで注いできた炭酸を飲みつつ考える。


 お腹が減ると出現するという餓鬼は、野良犬レベルの発見頻度。つまり滅多に見つけることが出来ない。やったね、ラッキー。


 ではなく。


 その低い出現率を考えると、並大抵の腹ペコでは現れないってことじゃないのかね? どの程度か分からないのがネックである。それが分かれば避けようもあると思うんだけど。


 悶々と考え事をしていた為に、箸の動きが止まっていたからか、それに気付いた黒猫が顔を上げてくる。


 ソースついてんぞ。


「どうしたニャ? やっぱり魔法少女が良かったニャ?」


「違う、そっちじゃない」


 そう、それも霊安局にもう一度行きたいと思わなくなった理由だよね。


 黒猫と受付のお姉さんのピリピリの影響か、呪いの対象者氏名を記入するという時に、黒猫が余計なことを言った。毎度お馴染み、魔法少女云々。


 これに、いい加減ムカッ腹が立っていたお姉さんがそのまま記入するという珍事に発展。


 おい、いいのかよ霊安局。


 慌てた俺は、それは前任が女性であったから魔法少女という呼称になっただけで、当代は男なんですよ、おじさんなんですよ、と強く求めた結果、訂正に成功。


 第六十四代目魔法おじさんを襲名。


 訂正は二本線だけという、なげやりな物だった。もはや笑顔もなかった為におじさんは退散した次第。


 まあ、魔法おじさんなら、ワンチャン、足の長いおじさんのカテゴリーに入るかもしれないし。


「な訳ねーだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!」


「フニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?!」


 なんだよ。ソースをお絞りで拭いてやっただけじゃないか。はは、大袈裟なやつめ。


「髭が、髭がムシレたニャ?! 痛いニャ、痛いニャアアア!」


「おいおい、毛を落とすんじゃないよ全く」


 猫の髭がお好み焼きに混ざらないように、黒猫を座席にペイする。 お絞りも一緒に投げつけることも忘れない。


 ついでに焼き上がったお好み焼きを仕上げる。ソースにマヨネーズ、かつお節、青のり、そして最後に切り分ける。


 黒猫用の皿に取り分けてやると、臭い釣られた黒猫が蘇る。髭は元通り。新陳代謝が半端ないなお前。


「うう、ひどい目にあったニャ」


「お前が悪魔じゃなかったら、俺も悪魔にならずに済んだ」


「アクマって大陸のモノノケニャ。ニャンコはヒノモト産ニャ」


 そうじゃない、そうじゃないだろ。比喩だよ比喩。分かんない? 大体、黒猫の態度が悪かった事を言ってるんだよ? なんかお前、受付のお姉さんに対する言動が辛くなかったか?


 これをそのまま黒猫に伝えてみた。ペットの躾って大事。


 モグモグとお好み焼きを食べる黒猫。猫にイカって食べさせて良かったんだろうか? ゴクリと飲み込んでから返事をしてくるので手遅れだ。


「当然ニャ。人間とかどうでもいいニャ。かってに増えて、ほっとけば減るニャ。気にする方がおかしいニャ」


 そうな。獣から見た人間とかはそうかもな。でも人間は生きていく限り面倒なコミュニケーションとかが必要なんだよ。愛想笑いもいるんだよ。人間関係を円滑に回す為の潤滑油なんだよ。


 受付の人だって最初は笑顔だっただろ?


「だからってあんまり怒らすなよ。あくまで教えて貰う立場なんだから」


 緊急時の連絡先とか、モノノケに対するあれこれを。


 お客様というよりは、配給を配る人と貰う人ぐらいの関係らしいからな。


 しかし黒猫は純粋に分からないと、首をクリっと傾げている。


「そんなに怒らせること言ってないニャ。なんで怒ったニャ?」


「そこはプライドを刺激したとしか……」


 ローテクに劣るハイテクみたいな言い方になったからじゃないだろうか。しかも比べられたのが十年や二十年じゃ利かないほど前の技術。


 刀で斬れなかったからと言って、高水圧レーザーを所詮は水だと鼻で笑っているような分からず屋とでも思われたんじゃないか?


 理路整然と説明しているのに、よく分からずに反論してくる奴への苛立ち。


 あると思います。


 千年前の呪いとか余裕、と今の技術を押す受付のお姉さん。


 過去に出た被害から無駄に死ぬだけだから止めとけと述べる黒猫。


 結局どうだったのかは、こちらの業界とやらの知識がない俺にとっては分からないところなのだが。


「まあ、もう行くこともないだろうし…………いっか」


「そうニャ」


 餓鬼がありふれたものだと知れた今、積極的に関わろうとは思わない、この業界。


 とりあえず結界が張れれば自衛は出来そうだし、余裕があれば被害に遭いそうな人にも掛けるという感じで。


 ちゃんと税金は払ってるんだし、ヤバかったら霊安局に連絡すればいいさ。


 お腹もくちくなったお蔭か、考えが纏まったので気が楽になった。


 食事を終え、精算も済ました。


「ありがとうございましたあああ!」


 唱和する送り出しの挨拶に押されて店を出る。


「あ、餓鬼」


「餓鬼ニャ」


 すると車に移動する途中で、植え込みに潜む一匹の小鬼を発見。本来なら、風が葉っぱでも揺らしたのかな、と勘違いでもしたんだろうな。


「本当にいっぱいいるんだな」


「いっぱいいるニャ」


 こちらを見つめる餓鬼を特に気にすることもなく、黒猫と共に車に乗った。


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