第16話



 ……きっついなぁ。


 もうすぐ零時を迎える時刻、俺は会社の駐車場を自分の車へと歩いていた。


 一人抜けた穴を埋める為に、パソコン作業を後回しにしたツケが終業後に回ってきた。当然ながら誰も手伝ってくれず、一日分の仕事のあらましをやって後を夜勤に任せた。


 嫌そうに引き継いだチビメガネの顔が思い浮かぶ。もしかしたらまた明日へと引き継がれるかもしれない。


 明日、年休をとったライン工の一人に頼んでみると、出て来てくれると言ってくれたから、火曜日は大丈夫。しかし水曜日から金曜日はどうしよう。


 いなくなった派遣社員の親会社が新人を連れてくると言っていたが、いつくるんだよ。日付を言えよ。そんで直ぐに使い物になる奴とか少ないからね。どうしても暫く効率は落ちる。


 今から帰って飯を食べてお風呂に入って、朝は六時に出て…………。


 このまま会社で寝てしまおうかという考えが過る。


 ヤバい。


 それをしてはいけない。


 それをしてしまえば、色々と終わってしまう。


「大丈夫、よくあることだし。最悪、土曜日に臨出ってだけだから」


 疲れているんだ。疲れているから考えが無茶な方によってしまうんだ。


 落ち着いて、これからの予定を組もう。


 まず、コンビニによって弁当を買って帰る。この時間だ、あるもので腹を膨らまそう。それで零時三十分。即効でシャワーを浴びて十五分。食事して歯磨き、これで一時。ギリギリまで寝るとして、五時間は眠れる。


 年休要員を使えるから明日は欠員無しでやれる。クソチビメガネがどうせ仕事をしてないだろうから、明日で全部片付けてしまおう。


「よし、大丈夫!」


 ブツブツと呟きながら、ようやく車を停めた所にたどり着いた。


 早く来た社員は奥から駐車するように注意されている。その為、こんなに奥の方まで歩くことになったのだが、ルールを守っている奴は少ない。中間管理職ぐらい。


 車のロックを外して乗り込む。背もたれに体重を掛けて一息。キーを捻りエンジンを掛けてヘッドライトを点灯させる。


 すると照らされた地面から緑色の何かが光を避けるように逃げ出すのが見えた。


「……」


 マジゴブリン? マジゴブリン。


 めっちゃいるじゃん野良犬。山か? 山が原因か? 仕方ないだろ、工場なんて騒音の塊なんだから。山に建てるしかないんだから。


 駐車場も山を切り開いて土地を獲得しているので、周りは木ばかりだ。


「……黒猫召喚」


「なんニャ? ご飯ニャ?」


 なんか見慣れてきた紫の魔法陣から黒猫がこんにちは。毎回似たような第一声だな。


 何故呼んだのかって?


 怖かったんだよ。


 電灯が照らしてくれる上に人も大勢いる街中と違って、こんな人気のない暗いところで餓鬼を見つけると意外に怖い。


 しかもあいつら人間を食うって言うじゃない? 勘弁してほしい。


「……いやさ、帰りにコンビニ寄るから、どんな猫缶がいいかなって」


 しかしストレートにこれを告げるには抵抗のある年齢。建前で対応だ。


「ネコ缶ニャ〜? 無くても大丈夫ニャ。六十三代目も、きゃっとふーど、とか買ってきてたニャ。おいしくないニャ」


「意外とグルメだな」


 味覚が人間だもの黒猫。


 やはり話し相手がいると違う。一人より二人の方が恐怖も減るというもの。


 他に人もいなかったので、ハイビームに切り替えて駐車場を照らした。その矢先。


 照らされた森に、びっしりと浮かぶ赤い光。


 葉っぱや木々が緑色なので気付きにくかったが、光に反射した白目が何故か赤く発光しているのだと、ややあって理解した。


「………………」


「餓鬼ニャ」


 産毛が逆立つって本当にあるんだね。出来れば生涯経験したくなかった。


「ちょっと、多くない? なに? 森の中で繁殖したとかそんなゴブリクス?」


 全力でゴブってるな奴ら。


「顕在化してるニャ」


「建材?」


「実体をともなってるって意味ニャ。こちら側に降りてきてるニャ」


 …………他は兎も角、実体を伴ってるってのは分かるぞ。


 分かる。


 取り出したのはスマホ。登録したばかりの電話番号をチョイス。十五桁とか緊急時には間に合わない可能性もあると思う。嫌がらせか?


 ピポパピポポ。


『はい、こちら霊障祓魔保安局』


「すみません、えーと、その……じ、実体を伴ってる餓鬼が大量発生してて……?」


『今現在、現場に際しておられますか? あなたは発見者ご本人でしょうか? それはご依頼ですか? ご報告ですか?』


「え、あ、います。ほ、本人です。報告? です……かね?」


『ご報告ありがとうございます。携帯電話の位置情報を追跡して、こちらの方で調査、調伏、退魔と行います。危険が予想されますので現場周辺には立ち入らないようご注意してください』


「…………え? あの」


 聞き返そうにも、早々と切れた電話に呆然とする。


 なにこれ。想像と違う。


 注意も何も直中にいるんですけど?


「くるニャ」


 何が?


 顔を上げた俺が見たのは、山の中から続々と現れてはこちらに駆けてくる餓鬼の群れだった。


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